五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
271 / 387

第271話:北への旅路、そして生命の暴走

しおりを挟む
 アキオたちが、聖域の未来を左右する、新たな外交の旅へと出発してから、数時間が経過した。アキオの町から、ヴァルト子爵領へと続く道。その道を、二台の魔導車が、力強く、そして静かに進んでいた。

 先頭を走るのは、アキオ自らが操縦する、重量物運搬用の『力王』。その助手席には、筆頭秘書官である凛が座り、地図と睨めっこしながら、常に最適なルートを計算している。
「アキオ様、この先の丘を越えれば、ヴァルト子爵領の監視所が見えてくるはずです。到着予定時刻は、当初の計画より、およそ2時間早いペースですわ」
「おう、さすが『力王』だな。悪路もものともしねえ。…凛、疲れてないか?」
「いいえ、大丈夫です。アキオ様の隣は、一番落ち着きますから」
 凛は、そう言って、穏やかに微笑んだ。後部座席では、護衛の要であるキナが、窓の外の気配に鋭く意識を張り巡らせている。車内には、程よい緊張感と、任務への集中力が満ちていた。

 一方、その後ろを続くのは、最新型の魔導ワゴン『天馬』。こちらは、女性たちのための、快適で優雅な空間となっていた。
「まあ、クラウディア。貴女の淹れるお茶は、本当に素晴らしいですわね。王都のどんな茶会よりも、心が落ち着きます」
 シルヴィアが、大きなガラス窓から流れる景色を眺めながら、うっとりと目を細める。
「お褒めにずかり、光栄ですわ、シルヴィア様。ですが、この茶葉も、アウロラ様の祝福を受けた土地で育った、特別なものですから」
 クラウディアは、優雅な仕草でお茶を注ぎながら、アウロラに微笑みかけた。アウロラは「うむ。わらわは、ただ、そこにあるべき生命の力を、少しだけ引き出してやっただけじゃ」と、悪戯っぽく笑う。三人の才媛と聖女が織りなす会話は、まるで高貴なサロンのようだった。彼女たちは、これから始まるであろう、困難な外交交渉を前に、穏やかな時間の中で、互いの絆を確かめ合っていた。

 一行は、その日の昼過ぎ、ヴァルト子爵領の都へと到着した。
 城門の前では、アレクサンダー子爵が、妻のリーゼロッテ夫人と共に、一行の到着を今か今かと待ちわびていた。
「アキオ殿! よくぞ、ご無事で!」
「子爵、久しぶりだな。約束の品を、持ってきたぞ」
 アキオは、子爵に、真新しい魔導ワゴン『天馬』の鍵を渡した。子爵は、その優美で、そして力強い『天馬』の姿に、感嘆の声を漏らす。
「おお…! これが、我が領地の新しい力に…! アキオ殿、感謝の言葉もない。このご恩は、必ずや…」
 しかし、その子爵の表情は、喜び一色というわけではなく、どこか晴れない、深刻な悩みの色が浮かんでいた。
「…だが、アキオ殿。君に、その『天馬』で、すぐに見てもらいたい場所があるのだ。君からいただいた、あの『森の主』の祝福が、今、我々の手に負えない事態を引き起こしていてな…」

 子爵の案内で、一行は街道の建設現場を視察した。そこは、かつて「森の主」が薙ぎ払った、広大な道の、森へと入る入り口だった。
 舗装工事は、森の入り口で、ぷっつりと途絶えていた。その先には、不気味な静けさではなく、むしろ、生命力に満ち溢れすぎた、異常な光景が広がっていた。
 子爵領の者たちが懸命に敷き詰めたはずの石畳は、その隙間から、あり得ないほどの太さと勢いで成長した、巨大な木の根によって、無残にひび割れ、持ち上げられている。道端の草花は、一日にして咲き、そして枯れるほどの、異常な速度で生命を循環させており、地面そのものが、まるで呼吸をするかのように、ゆっくりと脈動しているかのようだった。
「ここが、かつて『森の主』が、君の力で樹木へと変わった場所だ。あの日以来、この森は、豊かになる一方なのだが、その生命力が強すぎて、道が、道として成立しないのだ。敷いても、敷いても、森が、道を飲み込んでしまう…」
 子爵の、悲痛な声が響く。

 その光景を前に、アキオの妻たちは、それぞれの専門分野から、即座にその本質を見抜いていた。
「…なるほどな。こいつは、ただの魔物の仕業じゃねえ。森そのものが、生きてやがる」キナが、野性の勘でつぶやく。
「ええ。物理的な力で道を造ろうとしても、これでは、いたちごっこですわ。力の根源を、どうにかしなければ…」凛とクラウディアも、同じ結論に達する。
 そして、シルヴィアとアウロラが、その答えを口にした。
「アキオ…これは、貴方の『生命の祝福』が、あの森の主の魂と結びつき、制御を失って暴走している状態ですわ。悪意はない。ただ、純粋な生命力が、この地から溢れ出してしまっているのです」

 アキオは、理解した。これは、外部の脅威ではない。自らが、かつて善意で行った行いの、予期せぬ結果なのだと。力でねじ伏せるのではない。この、溢れ出す生命力と「共存」し、それを「制御」し、道として成立させるという、全く新しい、そしてアキオにしか解決できない、技術的・魔術的な課題。
「…なるほどな。こいつは、骨が折れそうだ。だが、俺が始めたことだ。俺が終わらせてやる」
 アキオは、その「生ける道」を前に、棟梁として、そして聖域の主として、不敵な笑みを浮かべる。それは、この聖域の未来を左右する、壮大な儀式の、幕開けを告げるものだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。 しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて…… テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...