五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第314話:二人の軍師と、最善の線引き

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 アキオのあまりにも真っ直ぐで危険な賭け。
 その決断に妻たちは覚悟を決めた。だが、夫の無茶をただ黙って見過ごすような彼女たちではない。特にこの聖域の二人の「軍師」が、このまま黙っているはずがなかった。
 アキオが凛と、そしてシルヴィアとその覚悟を共有した、まさにその時。それまで静かに議論の行方を見守っていたクラウディアが、そっと、しかし凛とした声で口を開いた。
「アキオ様。その覚悟、わたくしも全力で支持いたします。ですが、そのあまりに大きなご決断を実行に移される前に、一つだけわたくしと凛からのご提案をお聞き届け願えませんでしょうか」
 クラウディアのその、いつもと違う真剣な眼差しにアキオは頷いた。
 凛がすっと一歩前に出る。彼女の手にはいつの間にか数枚の羊皮紙が握られていた。
「アキオ様。先ほど貴方様は『両国王に限定して』生命樹の秘密を打ち明けると仰いました。その『誠実さ』こそが貴方様の最大の武器であることは重々承知しております。ですが、その武器は時として我々の首を絞める諸刃の剣ともなり得ます」
 凛はそこで一度言葉を切った。
「そこでご提案です。秘密を打ち明ける対象をただ絞るのではなく、相手の『立場』と『役割』に応じて段階的に、そして戦略的に設定し直すべきです。それが我々がこの交渉で主導権を握り続けるための最低条件となります」
 凛は一枚目の羊皮紙をテーブルの上に広げた。そこには美しい文字で今回の交渉相手のリストが記されている。
「まず第一段階として、生命樹の最も核心的な秘密…すなわちアキオ様の『生命の祝福』の能力と、生命樹がそれに直接共鳴しているという最重要機密。これを打ち明けるのは『メイプルウッド国王陛下』と『エルドリア国王クリストフ陛下』。このお二人に限定するべきです」
「ああ、それは俺が言った通りだな」
 アキオの言葉に、凛は静かに首を横に振った。
「いえ、違います。重要なのはその『目的』です。なぜこのお二人に限定するのか。それは彼らがそれぞれの国の『最終意思決定者』であり、そして有事の際に軍を動かすことができる唯一の『最高司令官』だからです。この聖域の本当の力を知っていただくことで、彼らにこの地への軍事的な不可侵を魂のレベルで理解していただく。これが第一の目的です」
 凛は二枚目の羊皮紙を広げる。
「そして第二段階。こちらは『メイプルウッド王妃ソフィア陛下』に、この聖域のもう一つの側面をお伝えするというものです」
 隣で聞いていたクラウディアが、その意図を柔らかな、しかし説得力のある言葉で補足した。
「はい。国王陛下たちにこの聖域の『力』、すなわち『畏怖』を感じていただいた上で、ソフィア王妃陛下にはこの聖域の『慈悲』、すなわち『守るべき価値』を感じていただくのです。男性的な『支配欲』と女性的な『母性』。それぞれに的確に訴えかけることで、我々は両国王家から二重の安全保障を得ることができます」
「なるほど…。だが王妃様に、どうやってそれを伝えるんだ?」
 アキオの問いに、クラウディアは自信に満ちた美しい笑みを浮かべた。
「そのお役目はアキオ様、あなたではございません。そしてわたくしたちでもありませんわ」
 その言葉を引き継ぎ、凛が核心を告げた。
「そのお役目を最も効果的に果たせるのは、セレスティーナ様とレオノーラ様です」
 その名が出た瞬間、セレスティーナとレオノーラは驚いて顔を上げた。
 凛はその二人に向かって深く頭を下げる。
「エルドリアの元王女であり、今はアキオ様の妻としてこの聖域の『慈悲』…豊かな生活、病を癒やす奇跡、そして何よりも家族の温かさを、その身をもって体験し最も深く理解しているお二人。そのお二人の生きた『証言』として、ソフィア王妃に直接語っていただくのです。第三者からのどんな巧みな説明よりも、同じ『妻』であり国を思う『元王族』であり、そして子供を愛する『母』であるお二人の心からの言葉の方が、何百倍もソフィア王妃の魂を揺さぶるでしょう」
 そのあまりにも合理的で、そして人間の心理を的確に突いた提案。アキオはただ感嘆するしかなかった。セレスティーナとレオノーラも、自らにそのような重要な役割があったのかと目を見開いている。
 凛が最後の三枚目の羊皮紙を示す。
「そしてこれが最も重要な最後の線引きです。『嫡男』、そして『他の全ての者』。彼らには一切の情報を与えません。特に次代を担う王子たちにはです」
「なぜだ? いずれ国を継ぐんだ。知っておいた方が良いんじゃないのか?」
 アキオの素朴な疑問。それに対して凛はきっぱりと断言した。
「甘いです、アキオ様。情報とは力です。そして若者がその力を正しく扱えるとは限りません。今の国王陛下たちが我々との信頼関係の末に、この秘密をその胸に墓まで持っていくと覚悟を決めたとしても、その息子たちが同じ覚悟を持つとは限らない。むしろ若さゆえの野心や過信から、その力を利用しようと考えるかもしれない。未来に火種を残すべきではありません」
 それはどこまでも冷徹で、しかしこの聖域の百年先をも見据えた完璧な危機管理だった。
 アキオは深く息を吐いた。
「…分かった。凛、クラウディア。君たちの言う通りだ。俺はただ正直に全部を話せば良いと、それしか考えていなかった。だがその『誠実さ』をどう使うかで、意味が全く変わってくるんだな…」
 アキオは二人の軍師を改めて誇らしい思いで見つめた。
「ありがとう。君たちがいてくれて本当に良かった」
 その心からの言葉に、凛とクラウディアは顔を見合わせ、そして僅かに頬を赤らめながら、しかし満足げに微笑んだ。
「では交渉の方針は決まりましたわね」
 シルヴィアがその場の空気をまとめるように宣言した。
「明日は忙しくなりますわよ。凛、国王陛下たちとの『契約魔法』の最終準備を。クラウディア、国王陛下とソフィア王妃陛下それぞれにお会いする別々の場所と時間の調整をお願いします。セレスティーナ、レオノーラ、貴女たちはソフィア王妃に何をどう伝えるか、今夜のうちによく話し合っておきなさい。他の皆さんはわたくしと共に、アキオ様が交渉に集中できるよう全力でサポートいたします。よろしいですわね?」
「「「はい、シルヴィア様!」」」
 妻たちの心が一つになった。
 アキオの途方もない『誠実さ』という名の荒ぶる馬。それに凛とクラウディアという二人の天才的な騎手が完璧な手綱をつけた。
 聖域アキオの外交交渉チームが今、ここに完成した。
 明日の三国会談。その主導権は既にこの聖域の賢妻たちがその手に握りしめていた。
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