五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第313話:誠実という名の、最も危険な賭け

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 メイプルウッド国王が放った、穏やかでしかし刃のように鋭い提案が晩餐室の温かい空気を切り裂いた。
 誰もが言葉を失う。リリアーナとシャルロッテはその提案が持つ真の意味を瞬時に理解し表情をこわばらせた。イザベラは父の言葉に喜びと、それ以上の戸惑いを浮かべている。
 全ての視線がアキオと、そして名指しされたシルヴィアに突き刺さった。
 その張り詰めた沈黙を破ったのは、正妻シルヴィアの鈴を転がすような優雅な声だった。
「まあ国王陛下、わたくしのような未熟者にイザベラ様の教育係をだなんて…。身に余る光栄なお申し出ですこと」
 彼女は完璧な淑女の笑みを浮かべ、少しも動揺を見せない。
「ですが、それはわたくし一人の考えでお受けしてよいものか分かりかねますわ。イザベラ様はアキオ様の、そしてわたくしたち家族全員の大切な宝物となるお方。この家のことは全て家族で話し合って決めるのが私共の流儀でございますの」
 シルヴィアはそこで優雅に立ち上がった。
「今宵はもうお開きといたしましょう。素晴らしいお料理と楽しい会話、心より感謝いたしますわ。お部屋でゆっくりとお休みくださいませ」
 それは誰にも文句を言わせない完璧な、そして有無を言わさぬ幕引きの宣言だった。
 s-s-s-s-s-s
 深夜。来客たちがそれぞれの部屋へと戻った後、新・中央館のアキオの私室には彼の妻たちが全員顔を揃えていた。
 議題はもちろん一つ。
「…あのじいさん、食えねえなあ!」
 最初に口火を切ったのは我慢しきれないといった様子のキナだった。
「娘を思う親心みてえな顔しやがって。要はイザベラって嬢ちゃんを他の候補より先に公式な『嫁』にしちまおうって魂胆だろ!」
 そのストレートな物言いに第六夫人クラウディアが困ったように、しかし的確に分析を付け加えた。
「ええ、キナさんの仰る通りですわ。表面上は娘を思う『親心』。一日も早くこの素晴らしい環境に馴染んでほしいという愛情表現。そのお気持ちに嘘はないでしょう。だからこそ今回の提案は非常に厄介なのです。無下に断ればこちらがただの心の狭い意地悪な人間になってしまいますから」
 クラウディアの分析に第五夫人・凛が冷徹な、しかし的確な事実を重ねる。
「その通りです。あの親心は見事な『政治的な鎧』として機能しています。この提案を受け入れればイザベラ様は事実上の『正妻見習い』という、他の候補者とは比較にならない特別な地位を得る。リリアーナ様とシャルロッテ様に対する明確な『牽制』です。しかも断りづらい極めて高度な一手ですわ」
 妻たちの的確な分析を聞きながらアキオは何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
 皆が言っていることは正しい。国王は自らの国益のために最善の一手を打ってきた。こちらも政治的に最善の一手で応じるべきなのだろう。
 だが、その腹の中の探り合いや騙し合いのようなやり取りが、アキオにはどうしても我慢ならなかった。
「…俺はこういう駆け引きは好かん」
 アキオの低い声に妻たちが一斉に彼を見つめる。
「それに、いつまでも生命樹のことで嘘やごまかしを吐き続けるのも誠実じゃない。俺は信じたい。メイプルウッド国王もクリストフ陛下もこの聖域の本当の価値を理解してくれたと。そしてこれから本当に手を取り合っていく仲間になれると」
 アキオはそこで意を決したように立ち上がった。そして凛の元へとまっすぐに歩み寄る。
「凛、相談がある」
 彼は凛の肩にそっと手を置くと、その瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「俺は腹を割って話したい。この聖域の力の源泉である生命樹の本当の秘密を、全て両国王に打ち明ける」
「なっ…! アキオ様、それはあまりに危険です!」
 凛が血相を変えて反対する。
「聖域の最大の機密を、いかに王とはいえ他国の者に…! それは我らの心臓を自ら差し出すようなものですわ!」
「危険は承知の上だ」
 アキオの意志は揺るがなかった。
「だがこれから三国で手を取り合っていくんだろう? 腹の中を探り合ったままの上っ面だけの同盟なんて、いざという時に何の役にも立たん。俺は腹を割って信頼を勝ち取りたい。それが俺のやり方だ」
 アキオはそこで凛にしか聞こえないほどの小声でその条件を告げた。
「…両国王限定だ。絶対に誰にも漏らさないと魔法による絶対の『契約』を交わす。王妃様にも、そして双方の嫡男にすらだ。その条件ならどうだ?」
 そのあまりにも大胆でアキオらしい真っ直ぐな提案。
 凛はしばらくアキオの瞳をじっと見つめていた。そしてやがて深く深いため息をつくと、その表情をいつもの冷静沈着な秘書官の顔へと戻した。
「…アキオ様のその途方もない『誠実さ』が最大の武器であり、そして最大の弱点であること、わたくしが一番存じ上げております」
 凛は眼鏡の位置をくいと直した。
「ご覚悟、分かりました。ですがその『契約』の文面はわたくしに一任していただけますね? 神々でさえも破ることのできない、一切の抜け道がない完璧なものをご用意いたします」
「…ああ、頼む」
 アキオが力強く頷くと、そのやり取りを静かに見守っていたシルヴィアがふふっと微笑んだ。
「あらあら、また途方もないことをお考えになって。…ですがそれこそが皆が貴方を愛し信じる理由ですものね」
 シルヴィアは立ち上がるとアキオの隣に立ち、その腕をそっと自らの胸に抱いた。
「分かりましたわあなた。その無茶で馬鹿正直で、そして誰よりも尊い『誠実さ』。わたくしたちアキオの家族が全力で支えましょう」
 その言葉はこの場にいる全ての妻たちの総意だった。
 国王の巧妙な政治的な一手。それに対してアキオが選んだのは政治的な駆け引きではない。自らの全てをさらけ出すという、最も危険でそして最も誠実な賭けだった。
 翌日、二人の王はアキオから聖域の最も深い場所へと招かれることになる。
 誰も予想しなかったアキオのその真の切り札。それを目の当たりにすることになるのを、彼らはまだ知らない。
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