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あの悪魔が灰となって消え失せるのと同時に、俺達の見ていた街の風景は揺らぎ、霧のように消えてしまった。
そして気付くと、俺達は何と、あの空き家の中に立っていた。なるほど、ここにいた時から悪魔の術中に嵌っていた訳であった。それに気付いて大きな溜め息が出る。
右目がこうなってからはずっとこんな調子だった。
時々、悪魔の気配が感じ取れない事があるのだ。巧妙に気配や力を隠す相手なら尚更で、それこそ高位の悪魔相手にどこまでやれるかなんて分からない。
こんな状態で一体、俺はどうやってあの悪魔を相手にするつもりなんだろうか。自分から退治するだの何だのと意気込んでおきながらのこの体たらく。俺は本当に昔から、度し難い程の馬鹿野郎だ。目も当てられない。
なんて、自省しながらそんな考えに陥っていると。ふと、俺の背中の方から声が聞こえた。
「ギルバート? ねえ、大丈夫なの?」
その声に俺はようやく思い出す。ずっと彼を担ぎ上げたままだったのだと。
慌てて床に下ろしてやると、未だ不安そうな彼、勇者たるトウゴの表情が見えるようになった。
割れた窓の外はもう真っ暗だ。それはこの廃屋の中だって同様で、きっと普通の人間には暗くて何も見えないほどだろう。
けれども、俺にはハッキリよく見えるのだ。昔から夜目の利く方ではあったが、ここまで見えすぎると魔王の呪いか何かのようにすら思えてくる。
考えすぎだとかつての仲間達は言ったけれど。あながちそれも間違いではないような気がしていた。
「おう。当然、何の攻撃も受けてねぇよ。お前も見てただろ?」
トウゴの問いには、なるべく普段通りに振る舞いながら言葉を返した。
「うん、見てた。……ギルバート、やっぱり強いんだね」
「……耄碌し出した人間にゃちと勿体無い言葉だな」
トウゴのその言葉にはどうしてだか、素直に言葉を返せなかった。自分の今の実力を思い知ったからなのか、それとも20年という歳月の残酷さに打ちひしがれているからなのか。自分でもよくは分からなかった。
「さて……ますます遅くなっちまったが、早く帰ろうぜ。お前の保護者達がきっと御立腹だろうよ」
トウゴの真っ直ぐな眼差しから逃げるように背を向け、家の入り口の方へと先に向かう。外に出る前に足を止めてトウゴを待つ。
彼は小走りで駆け寄ってきたかと思うと、そこで突然、トウゴは俺に向かって言った。
「ギルバート、無理してない?」
その言葉と真っ直ぐな視線に、思わず心臓が跳ねるのが分かった。
「辛そうに見える」
心配そうに下から覗き込んでくるキラキラとした眼差しに射抜かれ、まるで心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
その場から動く事ができなかった。
「もしかして右目? 眼帯の下に何か、ある……?」
驚く間も無く、そう言ったトウゴの手が、俺の目と鼻の先にまで伸びてきていた。
そんな彼の手に反応するように、ぞわぞわとした怖気が身体を駆け抜けていった。そして気が付くと俺は、無意識にその手を叩いて払い除けてしまっていた。
自分でそうしたのか、それとも身体が勝手に動いてそうしたのかすら分からなかった。ただひとつ分かるのは、俺自身が、彼のその手を払ってしまいたかったという所だ。
彼に、現役の勇者に今の俺の正体を暴かれるのは、少しだけ恐ろしい。
「ッ!」
「あ、ごめっ、ギルバート……俺、驚かせるつもりじゃあ……」
「……いや、俺こそ、悪かったな。……手ぇ大丈夫だったか?」
「うん。全然力なんて入ってなかった。……突然、ごめんなさい」
「いや、いい」
それっきり、俺もトウゴも喋らなかった。
宿への道を足早に進む中でも、トウゴはただ黙って付いて来た。
きっと今の事だって色々と聞きたかっただろうけれども、彼はそれっきり何も聞かなかった。俺の拒絶もきっと理解している。
俺の思っていた以上にトウゴはできた人間なんだろう。自分とはまるで違って。
そんな事を思いながら、俺は夜道を急いだ。
「トバイアス、待って、違うんだ! 聞いて、俺がギルバートに頼んで……」
そして、トウゴと共に宿へ戻った途端、俺は激昂したトバイアスに詰め寄られる事になった。心優しきトウゴは止めに入ったが、俺よりも更に体格の良いトバイアスには到底敵わない。それどころかまさに、焼石に水状態だった。
「おい貴様! こんな時間まで一体……トウゴに何をしようとしていた⁉︎」
トバイアスはズンズンと大股で近付いてきて、俺の胸倉に掴みかかってこようとする。普段ならばその程度の癇癪など、笑って受け流したのだろうけれども。
しかし、今の俺にはこんなのに構っている余裕なんてのは毛程もなかった。
だからこそ俺は、こんなに人が居る前で、掴みかかってきたあの巨体を床に乱暴に転がしてしまうなんて暴挙に出てしまったのだ。
「事と次第によってはお前を――んなぁッ⁉︎」
「は?」
「え、なにそれ……トバイアスを、あんな簡単にって」
「ッ、おい、クソッ、テメェ待ちやが――」
だからこそ、転がったまま吠えまくる彼らを放って、俺は逃げるようにあてがわれた部屋へと戻ったのだった。
負け犬なのは一体、どちらであろうか。
一人になれた事にホッとして、扉の前でズルズルとしゃがみ込む。
正直なところ、あのトウゴに見透かされた事にそれなりのショックを受けているらしかった。
あのような穢れなき青年に、今の自分も過去の自分も見られるのが耐えられないような気がしていた。他の誰でもない、現在の勇者である彼に否定されるのが怖くなってしまった。
先代の勇者でありながら呪を受け、片田舎に引き篭もっていたそんな男。勇者だった姿など見る影もない今の自分が勇者だと知ったら、彼は何を思うのだろうか。
考えても仕方のない事なのに考えずにはいられなかった。村にいた頃なんかは子供達の世話で手一杯でじっくりと考える暇もなかったというのに。
そう思うとますます子供達が恋しくなった。あんな事さえなければ、魔女との契約が破棄さえされなければ、自分はずっと老いて死ぬまで幸福な夢の中で生きる事ができたのではないか。そう考えると、今更ながらにひどく口惜しく感じられた。
その後はずっと子供達との思い出に浸り、思っていたよりも穏やかな気持ちで床につくことができた。
自分の生きる意味はあの時からずっと変わらない。最後の最後、それが思い出せただけでそう悪くない一日だと思えたのだった。
クソ生意気な騎士達の事は忘れ、彼らとの会話を思い出しながら、俺はそっと目を閉じた。
そして気付くと、俺達は何と、あの空き家の中に立っていた。なるほど、ここにいた時から悪魔の術中に嵌っていた訳であった。それに気付いて大きな溜め息が出る。
右目がこうなってからはずっとこんな調子だった。
時々、悪魔の気配が感じ取れない事があるのだ。巧妙に気配や力を隠す相手なら尚更で、それこそ高位の悪魔相手にどこまでやれるかなんて分からない。
こんな状態で一体、俺はどうやってあの悪魔を相手にするつもりなんだろうか。自分から退治するだの何だのと意気込んでおきながらのこの体たらく。俺は本当に昔から、度し難い程の馬鹿野郎だ。目も当てられない。
なんて、自省しながらそんな考えに陥っていると。ふと、俺の背中の方から声が聞こえた。
「ギルバート? ねえ、大丈夫なの?」
その声に俺はようやく思い出す。ずっと彼を担ぎ上げたままだったのだと。
慌てて床に下ろしてやると、未だ不安そうな彼、勇者たるトウゴの表情が見えるようになった。
割れた窓の外はもう真っ暗だ。それはこの廃屋の中だって同様で、きっと普通の人間には暗くて何も見えないほどだろう。
けれども、俺にはハッキリよく見えるのだ。昔から夜目の利く方ではあったが、ここまで見えすぎると魔王の呪いか何かのようにすら思えてくる。
考えすぎだとかつての仲間達は言ったけれど。あながちそれも間違いではないような気がしていた。
「おう。当然、何の攻撃も受けてねぇよ。お前も見てただろ?」
トウゴの問いには、なるべく普段通りに振る舞いながら言葉を返した。
「うん、見てた。……ギルバート、やっぱり強いんだね」
「……耄碌し出した人間にゃちと勿体無い言葉だな」
トウゴのその言葉にはどうしてだか、素直に言葉を返せなかった。自分の今の実力を思い知ったからなのか、それとも20年という歳月の残酷さに打ちひしがれているからなのか。自分でもよくは分からなかった。
「さて……ますます遅くなっちまったが、早く帰ろうぜ。お前の保護者達がきっと御立腹だろうよ」
トウゴの真っ直ぐな眼差しから逃げるように背を向け、家の入り口の方へと先に向かう。外に出る前に足を止めてトウゴを待つ。
彼は小走りで駆け寄ってきたかと思うと、そこで突然、トウゴは俺に向かって言った。
「ギルバート、無理してない?」
その言葉と真っ直ぐな視線に、思わず心臓が跳ねるのが分かった。
「辛そうに見える」
心配そうに下から覗き込んでくるキラキラとした眼差しに射抜かれ、まるで心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
その場から動く事ができなかった。
「もしかして右目? 眼帯の下に何か、ある……?」
驚く間も無く、そう言ったトウゴの手が、俺の目と鼻の先にまで伸びてきていた。
そんな彼の手に反応するように、ぞわぞわとした怖気が身体を駆け抜けていった。そして気が付くと俺は、無意識にその手を叩いて払い除けてしまっていた。
自分でそうしたのか、それとも身体が勝手に動いてそうしたのかすら分からなかった。ただひとつ分かるのは、俺自身が、彼のその手を払ってしまいたかったという所だ。
彼に、現役の勇者に今の俺の正体を暴かれるのは、少しだけ恐ろしい。
「ッ!」
「あ、ごめっ、ギルバート……俺、驚かせるつもりじゃあ……」
「……いや、俺こそ、悪かったな。……手ぇ大丈夫だったか?」
「うん。全然力なんて入ってなかった。……突然、ごめんなさい」
「いや、いい」
それっきり、俺もトウゴも喋らなかった。
宿への道を足早に進む中でも、トウゴはただ黙って付いて来た。
きっと今の事だって色々と聞きたかっただろうけれども、彼はそれっきり何も聞かなかった。俺の拒絶もきっと理解している。
俺の思っていた以上にトウゴはできた人間なんだろう。自分とはまるで違って。
そんな事を思いながら、俺は夜道を急いだ。
「トバイアス、待って、違うんだ! 聞いて、俺がギルバートに頼んで……」
そして、トウゴと共に宿へ戻った途端、俺は激昂したトバイアスに詰め寄られる事になった。心優しきトウゴは止めに入ったが、俺よりも更に体格の良いトバイアスには到底敵わない。それどころかまさに、焼石に水状態だった。
「おい貴様! こんな時間まで一体……トウゴに何をしようとしていた⁉︎」
トバイアスはズンズンと大股で近付いてきて、俺の胸倉に掴みかかってこようとする。普段ならばその程度の癇癪など、笑って受け流したのだろうけれども。
しかし、今の俺にはこんなのに構っている余裕なんてのは毛程もなかった。
だからこそ俺は、こんなに人が居る前で、掴みかかってきたあの巨体を床に乱暴に転がしてしまうなんて暴挙に出てしまったのだ。
「事と次第によってはお前を――んなぁッ⁉︎」
「は?」
「え、なにそれ……トバイアスを、あんな簡単にって」
「ッ、おい、クソッ、テメェ待ちやが――」
だからこそ、転がったまま吠えまくる彼らを放って、俺は逃げるようにあてがわれた部屋へと戻ったのだった。
負け犬なのは一体、どちらであろうか。
一人になれた事にホッとして、扉の前でズルズルとしゃがみ込む。
正直なところ、あのトウゴに見透かされた事にそれなりのショックを受けているらしかった。
あのような穢れなき青年に、今の自分も過去の自分も見られるのが耐えられないような気がしていた。他の誰でもない、現在の勇者である彼に否定されるのが怖くなってしまった。
先代の勇者でありながら呪を受け、片田舎に引き篭もっていたそんな男。勇者だった姿など見る影もない今の自分が勇者だと知ったら、彼は何を思うのだろうか。
考えても仕方のない事なのに考えずにはいられなかった。村にいた頃なんかは子供達の世話で手一杯でじっくりと考える暇もなかったというのに。
そう思うとますます子供達が恋しくなった。あんな事さえなければ、魔女との契約が破棄さえされなければ、自分はずっと老いて死ぬまで幸福な夢の中で生きる事ができたのではないか。そう考えると、今更ながらにひどく口惜しく感じられた。
その後はずっと子供達との思い出に浸り、思っていたよりも穏やかな気持ちで床につくことができた。
自分の生きる意味はあの時からずっと変わらない。最後の最後、それが思い出せただけでそう悪くない一日だと思えたのだった。
クソ生意気な騎士達の事は忘れ、彼らとの会話を思い出しながら、俺はそっと目を閉じた。
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