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リオンが自由になれと過去に願ったのも、リオンの契約を受け入れたのも俺自身だ。そういう一つ一つの選択が、こうして今の状況を作り上げている。
だからこそ、何も知らなかったいたいけなな聖獣が、人間の世界に潜り込んで様々な知識を得る機会を与えてしまった事に、ちょっとした罪悪感を抱いている。
何か、神聖な存在を汚してしまったような。自分のせいでリオンが、人間のドロドロとしたもの世界に囚われてしまっているかのような、そんな罪悪感があった。
あのまま、人間を憎んで貰っていた方が良かったのではないか、なんて。内心ではそう思えてならない。
だが、そんな俺に向かってリオンは言うのだ。
「僕はギルバートの役に立ちたいんだよ。だから、人間についてたくさん知ってなきゃいけないんだ」
その中に例え、知らなくても良かっただろう類いの知識が含まれているとは言え、それがこの純粋な聖獣の本心だろう事は疑いようがない。
キラキラとした眼差しで俺を見つめるリオンから、思わず視線を逸らしてしまう。
聖獣は元々、人間の立ち入れないような土地に生まれる生き物だ。だから人間と巡り会う事はまずないし、土地を護る聖獣が人間を追い払おうとするのは当然の事だった。
だが、リオンは人間に出会ってしまったのだ。偶然にも俺達に出会ってしまった。俺ばかりではない、人間達の暖かい心に触れてしまった。
一度触れ合ってしまった心は決して元には戻らない。
だからリオンは人から離れる事が出来なくなった。何百年と生き続ける優しい彼等は、きっと大切な人の死を何度も経験する。人のように哀しみ人のように笑う。
かつて人間と触れ合う事なかれ、と忠告したらしいリオンの祖先は、きっと人間に触れてしまったのだろう。だから、知るべきではなかったその感性に死ぬまで苦しんだに違いない。
確かに俺達は触れ合うべきではなかったのかもしれない。純真無垢な聖獣のその心に。
「ねぇギル……デイヴィッド、僕は貴方が愛おしくてたまらないんだよ」
泣きそうな声音だと思った。俯いたままの俺は、そんなリオンの姿を直視する事ができなかったけれど。
その声につられるように湧き上がってくる感情が、胸の中でのたうつようだった。愛しく思うのと、罪悪感と。
リオンの好意には前から気付いていた。あの日からずっと、この火炎の聖獣は全身で俺への好意を表していた。それを俺は、ずっと蔑ろにしてきたのだ。
こんなのは一時的なもので、俺から離れればすぐに元の土地を護る聖獣へと戻るだろう。俺はその気持ちを正直、見くびっていた。人間ですら数年も経てば忘れてしまうのだ。何百年と生きる聖獣が覚えていられるはずもない。そう決め込んだ。
だからきっとリオンのこれは、主従だなんてそんな生易しいものではないのだろう。その生涯を賭けた決意の表れ。俺はその気持ちをやはり、どうしても持て余してしまう。たかだかちっぽけな弱い人間なのだから。
「どうか、お側に置いてよ。リオンは貴方の一番になりたい」
呟くように言ったリオンはそのまま、ゆっくりと顔を近付けて。動けもしない俺の顔を両手で包んで持ち上げて、この唇へと口付けを落としたのだった。
途端、嗅ぎ覚えのある森の香りが俺の鼻を掠めた。
◇ ◇ ◇
それから四半刻ほど経った後。俺はその場でリオンの両頬をぐいと摘み上げていた。
「お前の決意は心に沁みたがな、調子に乗り過ぎだからなリオン」
「あーい……ごえんらはい……」
両手で思い切り強く引っ張り強い口調で言う。さすがのリオンも悪いと思っているのか、ちゃんと素直に謝ってくれた。
実のところ。リオンのあの口付けに、俺は危うくオとされる所だった。
一体どこであんな濃厚なのを習ってきたのか、とてつもなくいやらしいのをかましてくれた。誰かに仕込まれたのは一目瞭然で、それをこの身をもって知る事になろうとは。
子供たちのためにと女っ気のない生活をしてきたのが仇となったか。俺は危うく流されそうになった。
やけに上手い舌使いだとか、そこらの女よりもよっぽど美しい顔立ちとか、熱っぽい眼差しだとか。
元々雰囲気に流され易い事は自覚しているし、随分とご無沙汰だったのもあって。俺は恥ずかしながら、リオンの愛撫でちょっとばかし気持ちよくなってしまったのだ。絶対にそんなのは言わないけれども。
「色々言いたい事はあるんだからな、リオン? 朝からナニする気だったんだよ……疲れたわ……お前、こんなおっさんに何する気だったんだよ……俺ァもう卒業なんだからな……」
頭を抱えながらそう言えば。すかさずリオンから反発の声が上がる。その顔を見ずとも、今のリオンが不服そうな顔をしているだろうと容易に想像できた。
「え? 何それーっ、リオン意味わっかんなーい。僕はね、ギルバートにキモチイイ事してあげたかったんだよ?」
「俺はそれにツッコミを入れなきゃいけねぇのか? そもそも、野朗同士がチチクリ合っても――」
「僕人間じゃないからそんなの知らないもーん。僕のは上手だからっていっぱい褒めてもらったし。ギルバートには絶対悦んでもらえるんだもん」
「……もう、それはいい。卒業だっつったろ……おいリオン、兎も角今後は今みたいの禁止だからな。またオイタしたら流石に承知しねぇからな」
「オイタってなにさもう! 僕わかんないもーん! 知らないもーん! ギルバートの馬鹿ぁ!」
その時突然、ポンッと音を立てて子供の姿になったリオンは。ぷうっと頬を膨らませ、まるで駄々っ子のように叫び声を上げながら、部屋から飛び出して行ってしまったのだった。
そして、そのまま宿中を走り回り、大声でバカバカと俺の名前を連呼するものだから。大慌てで俺が引き取りに行ったというのはまた、別の話なのである。
「ギルバート……朝からすごい大変だったみたいだね? 俺もリオンの叫び声聞いたよ」
確保したリオンを肩に担いで歩いていたところで、俺はトウゴに声をかけられた。
本当にな、と俺がその言葉に返事を返そうとすると、すかさず不機嫌なリオンからの邪魔が入る
「ギルバートに話しかけちゃだめ! ギルバートは僕とお話しするの!」
どうやら成体になったのは身体だけのようだ。頭はまるっきり子供の頃のまま。人間基準で考えてはいけないと激しく思うのである。ただのフリ、と言う可能性もあるけど。
「もうな、朝からコイツ、些細な事で怒りやがって……イタズラも程々にしてもらわねぇと倒れるからな」
「うん……あの、俺に手伝える事があったら言ってよね」
「もぉおぉぉー! ダメだってぇぇぇ!」
「ちょっとお前、黙っとけよ」
「んんんんー!」
この時の俺は全く気付いていなかった。
年甲斐もなくただただ浮かれてしまっていたのだ。この後自分達の身に、何が起こるかを考えもせずに。
だからこそ、何も知らなかったいたいけなな聖獣が、人間の世界に潜り込んで様々な知識を得る機会を与えてしまった事に、ちょっとした罪悪感を抱いている。
何か、神聖な存在を汚してしまったような。自分のせいでリオンが、人間のドロドロとしたもの世界に囚われてしまっているかのような、そんな罪悪感があった。
あのまま、人間を憎んで貰っていた方が良かったのではないか、なんて。内心ではそう思えてならない。
だが、そんな俺に向かってリオンは言うのだ。
「僕はギルバートの役に立ちたいんだよ。だから、人間についてたくさん知ってなきゃいけないんだ」
その中に例え、知らなくても良かっただろう類いの知識が含まれているとは言え、それがこの純粋な聖獣の本心だろう事は疑いようがない。
キラキラとした眼差しで俺を見つめるリオンから、思わず視線を逸らしてしまう。
聖獣は元々、人間の立ち入れないような土地に生まれる生き物だ。だから人間と巡り会う事はまずないし、土地を護る聖獣が人間を追い払おうとするのは当然の事だった。
だが、リオンは人間に出会ってしまったのだ。偶然にも俺達に出会ってしまった。俺ばかりではない、人間達の暖かい心に触れてしまった。
一度触れ合ってしまった心は決して元には戻らない。
だからリオンは人から離れる事が出来なくなった。何百年と生き続ける優しい彼等は、きっと大切な人の死を何度も経験する。人のように哀しみ人のように笑う。
かつて人間と触れ合う事なかれ、と忠告したらしいリオンの祖先は、きっと人間に触れてしまったのだろう。だから、知るべきではなかったその感性に死ぬまで苦しんだに違いない。
確かに俺達は触れ合うべきではなかったのかもしれない。純真無垢な聖獣のその心に。
「ねぇギル……デイヴィッド、僕は貴方が愛おしくてたまらないんだよ」
泣きそうな声音だと思った。俯いたままの俺は、そんなリオンの姿を直視する事ができなかったけれど。
その声につられるように湧き上がってくる感情が、胸の中でのたうつようだった。愛しく思うのと、罪悪感と。
リオンの好意には前から気付いていた。あの日からずっと、この火炎の聖獣は全身で俺への好意を表していた。それを俺は、ずっと蔑ろにしてきたのだ。
こんなのは一時的なもので、俺から離れればすぐに元の土地を護る聖獣へと戻るだろう。俺はその気持ちを正直、見くびっていた。人間ですら数年も経てば忘れてしまうのだ。何百年と生きる聖獣が覚えていられるはずもない。そう決め込んだ。
だからきっとリオンのこれは、主従だなんてそんな生易しいものではないのだろう。その生涯を賭けた決意の表れ。俺はその気持ちをやはり、どうしても持て余してしまう。たかだかちっぽけな弱い人間なのだから。
「どうか、お側に置いてよ。リオンは貴方の一番になりたい」
呟くように言ったリオンはそのまま、ゆっくりと顔を近付けて。動けもしない俺の顔を両手で包んで持ち上げて、この唇へと口付けを落としたのだった。
途端、嗅ぎ覚えのある森の香りが俺の鼻を掠めた。
◇ ◇ ◇
それから四半刻ほど経った後。俺はその場でリオンの両頬をぐいと摘み上げていた。
「お前の決意は心に沁みたがな、調子に乗り過ぎだからなリオン」
「あーい……ごえんらはい……」
両手で思い切り強く引っ張り強い口調で言う。さすがのリオンも悪いと思っているのか、ちゃんと素直に謝ってくれた。
実のところ。リオンのあの口付けに、俺は危うくオとされる所だった。
一体どこであんな濃厚なのを習ってきたのか、とてつもなくいやらしいのをかましてくれた。誰かに仕込まれたのは一目瞭然で、それをこの身をもって知る事になろうとは。
子供たちのためにと女っ気のない生活をしてきたのが仇となったか。俺は危うく流されそうになった。
やけに上手い舌使いだとか、そこらの女よりもよっぽど美しい顔立ちとか、熱っぽい眼差しだとか。
元々雰囲気に流され易い事は自覚しているし、随分とご無沙汰だったのもあって。俺は恥ずかしながら、リオンの愛撫でちょっとばかし気持ちよくなってしまったのだ。絶対にそんなのは言わないけれども。
「色々言いたい事はあるんだからな、リオン? 朝からナニする気だったんだよ……疲れたわ……お前、こんなおっさんに何する気だったんだよ……俺ァもう卒業なんだからな……」
頭を抱えながらそう言えば。すかさずリオンから反発の声が上がる。その顔を見ずとも、今のリオンが不服そうな顔をしているだろうと容易に想像できた。
「え? 何それーっ、リオン意味わっかんなーい。僕はね、ギルバートにキモチイイ事してあげたかったんだよ?」
「俺はそれにツッコミを入れなきゃいけねぇのか? そもそも、野朗同士がチチクリ合っても――」
「僕人間じゃないからそんなの知らないもーん。僕のは上手だからっていっぱい褒めてもらったし。ギルバートには絶対悦んでもらえるんだもん」
「……もう、それはいい。卒業だっつったろ……おいリオン、兎も角今後は今みたいの禁止だからな。またオイタしたら流石に承知しねぇからな」
「オイタってなにさもう! 僕わかんないもーん! 知らないもーん! ギルバートの馬鹿ぁ!」
その時突然、ポンッと音を立てて子供の姿になったリオンは。ぷうっと頬を膨らませ、まるで駄々っ子のように叫び声を上げながら、部屋から飛び出して行ってしまったのだった。
そして、そのまま宿中を走り回り、大声でバカバカと俺の名前を連呼するものだから。大慌てで俺が引き取りに行ったというのはまた、別の話なのである。
「ギルバート……朝からすごい大変だったみたいだね? 俺もリオンの叫び声聞いたよ」
確保したリオンを肩に担いで歩いていたところで、俺はトウゴに声をかけられた。
本当にな、と俺がその言葉に返事を返そうとすると、すかさず不機嫌なリオンからの邪魔が入る
「ギルバートに話しかけちゃだめ! ギルバートは僕とお話しするの!」
どうやら成体になったのは身体だけのようだ。頭はまるっきり子供の頃のまま。人間基準で考えてはいけないと激しく思うのである。ただのフリ、と言う可能性もあるけど。
「もうな、朝からコイツ、些細な事で怒りやがって……イタズラも程々にしてもらわねぇと倒れるからな」
「うん……あの、俺に手伝える事があったら言ってよね」
「もぉおぉぉー! ダメだってぇぇぇ!」
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