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気まずさを隠すようにリオンから手を取り上げ、俺はトバイアスの方へと身体を向けた。
瞬間、睨み付けるようなリオンの怖い顔を見たような気がしたが、俺は何も見なかった事にした。
「ど、どうした……?」
「ギルバート、アンタと話したい」
突然の申し出に驚きながらも、その視線から2人きりで、という意思を汲み取る。
こんな日に話しかけてくるなんて、きっと大事な話ではあるんだろう。俺はぐずるリオンをどうにかなだめると、トバイアスを連れて人気のない路地の方へと足を進めた。
「アンタの嫁は随分過激だな」
「おい止めろ」
「人の前に姿すら現さない聖獣をあそこまで手なづけるなんて、普通じゃあないよな?」
冗談の合間に俺の正体を問い詰めようとしてくるこの男に、油断ならないものを感じる。トウゴの事で頭がいっぱいで前が見えてなかった時とは大違いだ。その姿に彼のちょっとした成長を感じ、俺は自分でも意味の分からない喜びを感じていた。
もちろん、最後の意味深な言葉には何も返事を返さなかった。
「って冗談は兎も角としてだ。アンタ、右腕はどうしたんだ」
言われて自分の腕を見下ろす。そりゃあ気付くだろうな、なんて試しに右手の指を動かしてみたが、指先が微かにひくりと反応しただけだった。
「コイツはもう、動かねぇな。病みたいなモンだ」
「病ね……痛いんだろ、それ」
「まあ、そうだな」
会話はそこで途切れた。トバイアスとこうやって一対一で話す機会なんてのは今までなかったように思う。
俺の方がそうなるのを避けていたから、というのもあるが。
先程、真剣なリオンの眼差しから逃げる為にトバイアスを利用したように、俺はリオンを利用してトウゴやトバイアス達から逃げている。きっと本人達は露ほどにも思っていないだろうが。
その沈黙は、暫くの間続く事になった。チラリと横を見れば、険しい表情のトバイアスが見えた。国の今後を担う彼は、この状況をどう見ているだろうか。どこまで真実に近付けているのだろうか。少しだけ興味が湧いた。
「アンタはこの旅、どう思ってんだ?」
仏頂面で言ったトバイアスの質問は、随分と曖昧なものだった。何を聞きたいのかがいまいちよく分からない。
「どう思うかなんて……お前はどんな答えを期待してんだ?」
「どんなって」
質問に質問を返せばトバイアスは口籠もった。問いを投げかけた本人も、もしかすると何を聞きたいか分かっていないのかもしれない。黙ったまま、彼の言葉を待った。
「最近、違和感を感じる。見られてる気がする。他の連中は特に何も感じてないらしいが……アンタは、気付いてるのかと思って」
その言葉に素直に驚く。まさか、自分達以外に気付いている者がいただなんてと。
それが妙に嬉しくて、俺は自分の状況もそっちのけでトバイアスへは本気のアドバイスをくれてやる。
「それは、俺も感じてる。……見てる、って事はだ。今までの悪魔連中も全部、そいつの仕業だって話になる」
「! そんな悪魔がいるってのか」
「そうでないと辻褄が合わねぇだろ」
「……」
「過去にもいなかった訳じゃない」
「魔王、って事か?」
「それも一つだろうけど……その下の悪魔がいるじゃねぇか」
「魔王の配下、って事か? まだ生き残りが――……?」
そうやって、俺がトバイアスと珍しく話し込んでいた時の事だった。突然、そこに女の声が割って入ってきたのだ。
「あの、お話中のところすみせんっ! 私、どうしても諦めきれなくて」
声をかけてきたのは、先刻俺に話しかけてきた女だった。真っ直ぐに俺めがけて駆け寄ってきたかと思うと、彼女は俺の懐へと縋り付いてくる。
突然の事に目を剥くが、しかし女から感じられる不気味な気配に途端、背筋を悪寒が駆け抜けた。
「探しましたわ……私、今でも夢に見ますの」
「一体、……?」
女の様子は明らかにおかしかった。恍惚な表情をしているのに、まるで生気が感じられなかった。
それを目にしたトバイアスにも、警戒の色が混じり始める。
微かに混じる、彼女ではない何者かの気配にゾッとした。
俺はそこで素早く、悪魔祓いの呪文を小声で口に出して唱えた。
「あの時の王子様が、再び目の前に現れたのなら私は、私は必ず」
《お前の居るべき場所へ戻れ。――バルベリト》
「ぎっ……ああああああぁぁああああああッ‼︎」
最後の仕上げに女の耳元でその悪魔の名前を言ってやると、女は途端に大きな悲鳴を上げながら背をのけ反った。
後ろに倒れ込みそうになる彼女の背を支え、ゆっくりと地面に座らせる。その時点で女にほとんど意識はなく、邪気払いの祝詞を唱えながら、彼女から悪魔との繋がりを完全に断とうとした。
だが。
『待ちわびたよ』
突然、女の口から出たその言葉に息を呑んだ。それは彼女の声などではなかった。聞き覚えのある、ゆったりとした口調の男の声だった。
そして、その言葉を最後に、悪魔の気配はすっかり消え失せてしまった。
俺は凍り付いたように、しばらくそのまま動く事が出来なかった。
「おいっ、今の悪魔は一体……」
そんなトバイアスの声にようやく我に返る。ハッとして彼に目をやると、ひどく険しい顔をした表情が目に入ってきた。
俺は未だにその衝撃が抜け切らず、回らない頭のまま女の介抱を始めた。その場に横たえ、邪気払いの言葉を口ずさんだ。
「おい、聞いてんのか? ギルバート!」
答えない俺に焦れたのか、トバイアスは強い口調でそう言った。
「ああ、悪いな。……上位の悪魔だ。逃げられた」
「……何故、あの悪魔の名前がすぐに分かった? アンタはあの悪魔を知ってるのか?」
その言葉に、逃がさないというような強い意志を感じる。だが。
「何度でも聞くぞ。……アンタは一体何者だ? タダの案内人じゃないだろ。今の事だって――」
何度目かにそう聞かれても、俺の答えは変わらなかった。
ただ、俺が望もうが望むまいが、あの悪魔による接触は避けられなかったのだろうと思う。今の言葉ではっきりとした。
右腕をろくに使えない俺の代わりに、トバイアスは女を抱えてこの場を離れていった。何も答えなかった俺を怪しがっていたけれども、それ以上は何も聞かなかった。
この接触を待ち望んでいたのは、どちらだったろうか。
瞬間、睨み付けるようなリオンの怖い顔を見たような気がしたが、俺は何も見なかった事にした。
「ど、どうした……?」
「ギルバート、アンタと話したい」
突然の申し出に驚きながらも、その視線から2人きりで、という意思を汲み取る。
こんな日に話しかけてくるなんて、きっと大事な話ではあるんだろう。俺はぐずるリオンをどうにかなだめると、トバイアスを連れて人気のない路地の方へと足を進めた。
「アンタの嫁は随分過激だな」
「おい止めろ」
「人の前に姿すら現さない聖獣をあそこまで手なづけるなんて、普通じゃあないよな?」
冗談の合間に俺の正体を問い詰めようとしてくるこの男に、油断ならないものを感じる。トウゴの事で頭がいっぱいで前が見えてなかった時とは大違いだ。その姿に彼のちょっとした成長を感じ、俺は自分でも意味の分からない喜びを感じていた。
もちろん、最後の意味深な言葉には何も返事を返さなかった。
「って冗談は兎も角としてだ。アンタ、右腕はどうしたんだ」
言われて自分の腕を見下ろす。そりゃあ気付くだろうな、なんて試しに右手の指を動かしてみたが、指先が微かにひくりと反応しただけだった。
「コイツはもう、動かねぇな。病みたいなモンだ」
「病ね……痛いんだろ、それ」
「まあ、そうだな」
会話はそこで途切れた。トバイアスとこうやって一対一で話す機会なんてのは今までなかったように思う。
俺の方がそうなるのを避けていたから、というのもあるが。
先程、真剣なリオンの眼差しから逃げる為にトバイアスを利用したように、俺はリオンを利用してトウゴやトバイアス達から逃げている。きっと本人達は露ほどにも思っていないだろうが。
その沈黙は、暫くの間続く事になった。チラリと横を見れば、険しい表情のトバイアスが見えた。国の今後を担う彼は、この状況をどう見ているだろうか。どこまで真実に近付けているのだろうか。少しだけ興味が湧いた。
「アンタはこの旅、どう思ってんだ?」
仏頂面で言ったトバイアスの質問は、随分と曖昧なものだった。何を聞きたいのかがいまいちよく分からない。
「どう思うかなんて……お前はどんな答えを期待してんだ?」
「どんなって」
質問に質問を返せばトバイアスは口籠もった。問いを投げかけた本人も、もしかすると何を聞きたいか分かっていないのかもしれない。黙ったまま、彼の言葉を待った。
「最近、違和感を感じる。見られてる気がする。他の連中は特に何も感じてないらしいが……アンタは、気付いてるのかと思って」
その言葉に素直に驚く。まさか、自分達以外に気付いている者がいただなんてと。
それが妙に嬉しくて、俺は自分の状況もそっちのけでトバイアスへは本気のアドバイスをくれてやる。
「それは、俺も感じてる。……見てる、って事はだ。今までの悪魔連中も全部、そいつの仕業だって話になる」
「! そんな悪魔がいるってのか」
「そうでないと辻褄が合わねぇだろ」
「……」
「過去にもいなかった訳じゃない」
「魔王、って事か?」
「それも一つだろうけど……その下の悪魔がいるじゃねぇか」
「魔王の配下、って事か? まだ生き残りが――……?」
そうやって、俺がトバイアスと珍しく話し込んでいた時の事だった。突然、そこに女の声が割って入ってきたのだ。
「あの、お話中のところすみせんっ! 私、どうしても諦めきれなくて」
声をかけてきたのは、先刻俺に話しかけてきた女だった。真っ直ぐに俺めがけて駆け寄ってきたかと思うと、彼女は俺の懐へと縋り付いてくる。
突然の事に目を剥くが、しかし女から感じられる不気味な気配に途端、背筋を悪寒が駆け抜けた。
「探しましたわ……私、今でも夢に見ますの」
「一体、……?」
女の様子は明らかにおかしかった。恍惚な表情をしているのに、まるで生気が感じられなかった。
それを目にしたトバイアスにも、警戒の色が混じり始める。
微かに混じる、彼女ではない何者かの気配にゾッとした。
俺はそこで素早く、悪魔祓いの呪文を小声で口に出して唱えた。
「あの時の王子様が、再び目の前に現れたのなら私は、私は必ず」
《お前の居るべき場所へ戻れ。――バルベリト》
「ぎっ……ああああああぁぁああああああッ‼︎」
最後の仕上げに女の耳元でその悪魔の名前を言ってやると、女は途端に大きな悲鳴を上げながら背をのけ反った。
後ろに倒れ込みそうになる彼女の背を支え、ゆっくりと地面に座らせる。その時点で女にほとんど意識はなく、邪気払いの祝詞を唱えながら、彼女から悪魔との繋がりを完全に断とうとした。
だが。
『待ちわびたよ』
突然、女の口から出たその言葉に息を呑んだ。それは彼女の声などではなかった。聞き覚えのある、ゆったりとした口調の男の声だった。
そして、その言葉を最後に、悪魔の気配はすっかり消え失せてしまった。
俺は凍り付いたように、しばらくそのまま動く事が出来なかった。
「おいっ、今の悪魔は一体……」
そんなトバイアスの声にようやく我に返る。ハッとして彼に目をやると、ひどく険しい顔をした表情が目に入ってきた。
俺は未だにその衝撃が抜け切らず、回らない頭のまま女の介抱を始めた。その場に横たえ、邪気払いの言葉を口ずさんだ。
「おい、聞いてんのか? ギルバート!」
答えない俺に焦れたのか、トバイアスは強い口調でそう言った。
「ああ、悪いな。……上位の悪魔だ。逃げられた」
「……何故、あの悪魔の名前がすぐに分かった? アンタはあの悪魔を知ってるのか?」
その言葉に、逃がさないというような強い意志を感じる。だが。
「何度でも聞くぞ。……アンタは一体何者だ? タダの案内人じゃないだろ。今の事だって――」
何度目かにそう聞かれても、俺の答えは変わらなかった。
ただ、俺が望もうが望むまいが、あの悪魔による接触は避けられなかったのだろうと思う。今の言葉ではっきりとした。
右腕をろくに使えない俺の代わりに、トバイアスは女を抱えてこの場を離れていった。何も答えなかった俺を怪しがっていたけれども、それ以上は何も聞かなかった。
この接触を待ち望んでいたのは、どちらだったろうか。
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