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昔を思い出していたのがいけなかったのか。俺は唐突にその渦中へと引き摺り込まれる事になった。
「もし、そこの貴方っ――!」
突然耳に入ってきた女性の声に、俺は振り向いた。そして、その女の姿を見て、俺はひっそりと息を呑むことになった。
「もしや、デイヴィッド様ではありませんか?」
彼女の珍しい髪の色が、20年以上も前の記憶を刺激した。
「私を覚えてはいませんか? 以前、この街で貴方様に命を救っていただいた――」
彼女はかつて、俺がすくい上げた少女の一人だった。悪魔は、人の闇につけ込み身体を乗っ取る事を得意とする。少女のほんの少しの心の揺れが、悪魔を引き寄せる事になった。
『おかあさんなんか死んじゃえ!』
あの悪魔は、思春期の少女に目を付けたのだった。
彼女を喰い物にした悪魔を祓い、魂を正常な状態に戻す事で命を救った。泣きながら両親と再会する所では、俺もつられて少しだけ泣いた。
「先代の、私の勇者様……」
「悪いが、俺はギルバートという名でね。デイヴィッドは知らんな」
「……え? そ、そうでしょうか……? 私も魔法を少しだけかじりまして――」
「ご婦人、それは他人の空似だろうさ。悪いな、本人でなくて」
いけ好かないと時折揶揄される笑みで女をチラリと見やってから、俺は逃げるようにその場を離れた。背後から呼び止めるような声をかけられたが、振り向くだけの余裕がなかった。
やはり俺はここに居てはいけない気がするのだ。きっと俺の過去の話は、何かしらの厄災を呼び寄せる。一層痛み出す右腕がそう語っているように思われた。
そのまま外で一服すると言って、俺は広場から離れた。
「ギルバート」
途中で案の定、俺よりも数倍立派な佇まいのリオンが追ってきた。
この場では大層ご婦人方に人気で、絶えず話しかけられていたような気がするのだが。彼はそれを振り切って、俺を追いかけてきたらしい。
さすがのリオンも、今回の接触は少々刺激が強すぎたのかもしれない。逃げの口実作りに使ってくれたのならばまぁ、それはそれで結構な事だと思った。
「どこいくの? 腕、痛むの?」
振り向く俺の手をとったリオンは、眉尻を下げながら言った。
「腕はずっと痛ぇよ……けど、そうじゃねぇんだ。お前あの時の悪魔、覚えてるか」
声を潜めながら静かに問えば、リオンは途端息を詰まらせた。俺の腕を掴む手に力が入ったのが何となく分かった。強張るリオンの表情から、その出来事が鮮明に思い出される事を理解する。
「この所、俺の軌跡を辿るように悪魔が出続けてる。ヤツが、ベリトが仕組んだと思うか?」
虐殺と拷問を司る赤い悪魔。口が随分と達者な悪魔の公爵は、魔王亡き後も不気味に動き続けている。
以前よりは控え目と言ってもよかったが、奴が今でも暗躍しているのを感じて仕方なかった。今回の件だってそうだ。
ここ数ヶ月に渡る悪魔達の引き起こした事件は、妙なものが多かった。
勇者に依頼が来るようなものばかりだ。どれもが上位の悪魔による犯行だった。上位悪魔達が結託し、それぞれが何かをしようと企んでいた。その事自体がそもそも妙なのだ。
上位悪魔は個々のプライドが高く、単独行動が常である。そんな悪魔達がなぜ結託をしたのか。そもそも、奴ら自身で結託などするものだろうか?
俺はそうは思わない。悪魔と何年も戦ったことのある俺だからこそ分かる。連中は人のように結び付く事などしない。
唯一その可能性があるとすれば、上位悪魔を従わせる更なる上位種の存在だ。
奴らを統率するモノが居る。それはきっと、あの赤い悪魔のしわざで間違いはないと思う。あの時の戦いで、最上位種の悪魔はほぼ駆逐した。残るは、あの悪魔だけなのだ。
「……臭いよ。あちこちあの悪魔のニオイばかりで僕、嫌なんだ。だからお願いだよギルバート、ずっと側に居てよ……独りにしないで。どこかに行かないで」
「!」
そんな哀しそうな顔をされて、動揺しないはずが無い。リオンの弱音を聞いてしまって俺はもう、それ以上は何も問えなかった。
リオンに植え付けられた恐怖は、それはもう計り知れない。こうやって20年経った後ですら尾を引くのだ。何年も鎖に繋がれた幼少期。聖獣とはいえ、人格に与える影響が大きくない訳がなかった。
「悪いな……辛い事を思い出させて。もういい、何も言うな」
自分より少しばかり高い位置にあるリオンの頬をポンポンと撫でながら言うと、その手を取られる。何かと思えば、リオンは下を向いたまま違うと言った。
「……そうじゃないよ」
「ん?」
「僕、ギルバートが連れてかれちゃうのが嫌」
今度はまっすぐに俺を見て、リオンはそう言った。その目には迷いも怯えもない。
それで俺は気付かされた。この事件で動揺したのは、リオンではなかったのだ。俺の方だった。
「言ったでしょ、僕は貴方の力になりに来たって。だから、絶対あんなヤツの所には行かせない。今度は僕が護るんだから」
先の言葉は決して、リオンの弱音なんかではなかったようだ。
「大丈夫だよ、安心して。僕はギルバートの為ならどこまでも追いかけてゆけるから。ギルバートは……デイヴィッドは独りじゃないよ」
手に取った俺の手を頬ずりしながらのそれは、まるで恋人に言うような優しい声音だった。聞いているこっちが恥ずかしくなる。俺は、そんなにも寂しそうに見えただろうか。
ジョゼフと同じ、国の公認魔法使いの礼装をしたリオンは、いつも以上に神神しく、そして頼もしくも見えた。
そのまましばらく、俺とリオンは見つめ合った。
その沈黙を破ったのは、俺の背後から聞こえた聞き覚えのある声だった。
「お取り込み中の所悪いんだが」
飛び上がるように振り向けば、そこにはトバイアスがひどく気まずそうな顔をして立っていたのだった。
「もし、そこの貴方っ――!」
突然耳に入ってきた女性の声に、俺は振り向いた。そして、その女の姿を見て、俺はひっそりと息を呑むことになった。
「もしや、デイヴィッド様ではありませんか?」
彼女の珍しい髪の色が、20年以上も前の記憶を刺激した。
「私を覚えてはいませんか? 以前、この街で貴方様に命を救っていただいた――」
彼女はかつて、俺がすくい上げた少女の一人だった。悪魔は、人の闇につけ込み身体を乗っ取る事を得意とする。少女のほんの少しの心の揺れが、悪魔を引き寄せる事になった。
『おかあさんなんか死んじゃえ!』
あの悪魔は、思春期の少女に目を付けたのだった。
彼女を喰い物にした悪魔を祓い、魂を正常な状態に戻す事で命を救った。泣きながら両親と再会する所では、俺もつられて少しだけ泣いた。
「先代の、私の勇者様……」
「悪いが、俺はギルバートという名でね。デイヴィッドは知らんな」
「……え? そ、そうでしょうか……? 私も魔法を少しだけかじりまして――」
「ご婦人、それは他人の空似だろうさ。悪いな、本人でなくて」
いけ好かないと時折揶揄される笑みで女をチラリと見やってから、俺は逃げるようにその場を離れた。背後から呼び止めるような声をかけられたが、振り向くだけの余裕がなかった。
やはり俺はここに居てはいけない気がするのだ。きっと俺の過去の話は、何かしらの厄災を呼び寄せる。一層痛み出す右腕がそう語っているように思われた。
そのまま外で一服すると言って、俺は広場から離れた。
「ギルバート」
途中で案の定、俺よりも数倍立派な佇まいのリオンが追ってきた。
この場では大層ご婦人方に人気で、絶えず話しかけられていたような気がするのだが。彼はそれを振り切って、俺を追いかけてきたらしい。
さすがのリオンも、今回の接触は少々刺激が強すぎたのかもしれない。逃げの口実作りに使ってくれたのならばまぁ、それはそれで結構な事だと思った。
「どこいくの? 腕、痛むの?」
振り向く俺の手をとったリオンは、眉尻を下げながら言った。
「腕はずっと痛ぇよ……けど、そうじゃねぇんだ。お前あの時の悪魔、覚えてるか」
声を潜めながら静かに問えば、リオンは途端息を詰まらせた。俺の腕を掴む手に力が入ったのが何となく分かった。強張るリオンの表情から、その出来事が鮮明に思い出される事を理解する。
「この所、俺の軌跡を辿るように悪魔が出続けてる。ヤツが、ベリトが仕組んだと思うか?」
虐殺と拷問を司る赤い悪魔。口が随分と達者な悪魔の公爵は、魔王亡き後も不気味に動き続けている。
以前よりは控え目と言ってもよかったが、奴が今でも暗躍しているのを感じて仕方なかった。今回の件だってそうだ。
ここ数ヶ月に渡る悪魔達の引き起こした事件は、妙なものが多かった。
勇者に依頼が来るようなものばかりだ。どれもが上位の悪魔による犯行だった。上位悪魔達が結託し、それぞれが何かをしようと企んでいた。その事自体がそもそも妙なのだ。
上位悪魔は個々のプライドが高く、単独行動が常である。そんな悪魔達がなぜ結託をしたのか。そもそも、奴ら自身で結託などするものだろうか?
俺はそうは思わない。悪魔と何年も戦ったことのある俺だからこそ分かる。連中は人のように結び付く事などしない。
唯一その可能性があるとすれば、上位悪魔を従わせる更なる上位種の存在だ。
奴らを統率するモノが居る。それはきっと、あの赤い悪魔のしわざで間違いはないと思う。あの時の戦いで、最上位種の悪魔はほぼ駆逐した。残るは、あの悪魔だけなのだ。
「……臭いよ。あちこちあの悪魔のニオイばかりで僕、嫌なんだ。だからお願いだよギルバート、ずっと側に居てよ……独りにしないで。どこかに行かないで」
「!」
そんな哀しそうな顔をされて、動揺しないはずが無い。リオンの弱音を聞いてしまって俺はもう、それ以上は何も問えなかった。
リオンに植え付けられた恐怖は、それはもう計り知れない。こうやって20年経った後ですら尾を引くのだ。何年も鎖に繋がれた幼少期。聖獣とはいえ、人格に与える影響が大きくない訳がなかった。
「悪いな……辛い事を思い出させて。もういい、何も言うな」
自分より少しばかり高い位置にあるリオンの頬をポンポンと撫でながら言うと、その手を取られる。何かと思えば、リオンは下を向いたまま違うと言った。
「……そうじゃないよ」
「ん?」
「僕、ギルバートが連れてかれちゃうのが嫌」
今度はまっすぐに俺を見て、リオンはそう言った。その目には迷いも怯えもない。
それで俺は気付かされた。この事件で動揺したのは、リオンではなかったのだ。俺の方だった。
「言ったでしょ、僕は貴方の力になりに来たって。だから、絶対あんなヤツの所には行かせない。今度は僕が護るんだから」
先の言葉は決して、リオンの弱音なんかではなかったようだ。
「大丈夫だよ、安心して。僕はギルバートの為ならどこまでも追いかけてゆけるから。ギルバートは……デイヴィッドは独りじゃないよ」
手に取った俺の手を頬ずりしながらのそれは、まるで恋人に言うような優しい声音だった。聞いているこっちが恥ずかしくなる。俺は、そんなにも寂しそうに見えただろうか。
ジョゼフと同じ、国の公認魔法使いの礼装をしたリオンは、いつも以上に神神しく、そして頼もしくも見えた。
そのまましばらく、俺とリオンは見つめ合った。
その沈黙を破ったのは、俺の背後から聞こえた聞き覚えのある声だった。
「お取り込み中の所悪いんだが」
飛び上がるように振り向けば、そこにはトバイアスがひどく気まずそうな顔をして立っていたのだった。
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