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ある日の一日 ー 悠真 ー
しおりを挟む朝は、いつもと同じ音で始まった。
寮の廊下を歩く足音。
遠くで鳴るチャイム。
窓の外から聞こえる、鳥の声。
一 悠真は、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
ゆっくりと身体を起こし、静かに制服に袖を通す。
朝は得意でも苦手でもない。
ただ、決まった流れを崩したくない。
生徒会室へ向かう前、悠真は中庭に立ち寄る。
ここは授業が始まってしまえば、学園の中でも人の気配が薄く、背の高い木や低木もあり人目のつきにくい場所にベンチがある。
そこが1番落ち着く場所。
ベンチの影に、今日もいた。
「……おは、よう」
声をかけると、野良猫がゆっくりと顔を上げる。
白と茶色の混じった、小柄でおとなしい猫。
悠真がしゃがむと、逃げることもなく、ただ瞬きをした。
指先で、そっと背中を撫でる。
ごろごろ、と喉が鳴る。
——今日も、いる。
それだけで、胸の奥が
頬が少し緩む。
「………寒くなってきたな」
猫は意味も分からず、尾を揺らした。
そのとき、背後から足音がした。
「あれ?ゆまちゃんじゃない?」
振り返ると、金髪の頭。
京極 湊翔だった。
「……どうした」
「いや~、サボ……じゃなくて、ちょっと散歩」
いつもの軽い口調。
悠真は猫に視線を戻す。
「…猫ちゃん?」
静かに頷く。
「へえ~」
湊翔は、少し距離を置いて猫を見る。
普段なら、あまり動物に興味のない湊翔は「風邪ひかないようにね」などと言いながら立ち去っていく。
けれど今日は違った。
「……触ってもいい?」
その一言に、悠真は一瞬、瞬きをした。
「……逃げない、と思う」
「マジ? じゃあ」
湊翔は、悠真の隣に腰を下ろした。
そっと指を伸ばす。
猫は少しだけ耳を動かしたが、逃げなかった。
「……あ」
湊翔の指先が、柔らかい毛に触れる。
「……案外、可愛いんだね~」
その声は、いつもの軽さより少し低く、穏やかで
優しく笑う。
悠真は、驚いた。
——嫌がらない。
湊翔は動物に興味がない。
少なくとも、悠真はそう思っていた。
「……意外」
思わず、口に出た。
「なにが?」
「……湊翔が、撫でてる」
「失礼だな~」
そう言いながらも、手は止めない。
猫はすっかり気を許し、ゴロゴロと鳴きながら湊翔の手に擦り寄る。
「気を許してくれたのかな?」
湊翔は笑い、さらに優しく撫でる。
「なんかさ」
ふと、声が落ち着く。
「悠真が毎日ここ来る理由、ちょっと分かった気する」
悠真は、猫の喉を撫でながら答えた。
「……落ち着く」
「ふふっだよね」
短い言葉。
それ以上は、要らなかった。
風が吹き、木の葉が揺れる。
猫の体温が、手のひらに残る。
湊翔は、しばらくして立ち上がった。
「じゃ、俺行くわ」
「……うん」
「また来てもいい?」
悠真は、少しだけ考えてから頷いた。
「……いい」
湊翔は笑って、手を振った。
一人と一匹が残された中庭。
いつもと同じはずなのに、今日は少し違う。
悠真は、猫を撫でながら思う。
——誰かと並んで、同じものを見るのも、悪くない。
無表情のまま、けれど胸の奥に、静かな温度が残っていた。
その日、生徒会室で書類をまとめながら、
悠真はふと、中庭のことを思い出していた。
いつも通りの一日。
でも、確かに、少しだけ特別だった。
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