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4.紫水晶の誓い
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「姫、バイオレット姫! お気を確かに!」
ゆっくりとまぶたを開けば、目の前には焦った顔の今世のモラドがいた。慌てて左手を見れば、当然のような顔をして紫水晶の指輪は彼女の薬指におさまっている。さすが黒の魔女が授けた魔導具だと感心してしまった。心が通じ合ったなら、年齢や指の太さなどに関係なく指にはめられるようになっていたのだろう。ぶかぶかの指輪を見て、モラドが何を思ったのかを想像すると胸が痛んだ。
「……モラド、あなたのことを疑ってごめんなさいね」
「姫?」
「ねえ、もうビビって呼んでくれないの?」
「……まさか」
今は誰にも許していないかつての愛称を舌の上で転がしてみる。久しぶりに味わう甘さにうっとりとしながら、モラドの胸に頬をすり寄せた。池の水で身体が濡れていたからだろうか、そっと外したマントをかけられた。いつの間にかモラドが嗚咽を漏らしている。
「わたくしとヴィオラは、先ほどまで知らずの森にいたのよ。なんて言っても、きっと信じてもらえないのでしょうね」
肩をすくめて見せたバイオレットだったが、彼女の肩を抱きモラドが頭を振った。
「信じます。信じますとも。かつて自分は、黒の魔女さまに助けを求めたことがあるのです。あなたが知らずの森の番人さまにお会いしたと聞いて、どうして疑うことができましょうか」
そうだったわねと、バイオレットは淡く微笑んだ。あの大国の王は度し難い変態だったが、黒の魔女もなかなか一筋縄ではいかない御仁だったなと少しばかり呆れつつ。
「どうして、教えてくれなかったの? 自分には前世の記憶があるって」
「申し訳ありません。配慮したつもりが逆に心配をおかけしてしまい……」
もともと王族にしては丁寧な話し方をしていると思っていたが、とうとう今世のモラドの話し方はかつての護衛時代のものに戻ってしまっている。いっそのこと初めから昔のモラドの口調のままだったなら、もっと早めに彼にも前世の記憶があることに気が付いたのではないかとバイオレットは唇をとがらせた。
「ですが、自分と姫の立場を考えますと……」
「今は身分的に何の問題もないでしょう?」
「年齢をお考え下さい」
「多少の年齢差が何か問題でも?」
「大ありです。今世の姫はいまだ成人前。記憶があるかどうかわからない姫に、こちらの妄想とも執念ともわからぬ血なまぐさい話をするわけにも参りません。何より最初にお会いした頃は、自分はあからさまに姫に嫌われておりましたからね。あれ以上しつこくするわけにもいかないでしょう」
バイオレットは頬を膨らませて不満の意を示してみせた。どうにも精神年齢よりも、現在の身体の実年齢に引っ張られているようで、たびたび行動が淑女らしくなくなってしまう。前世で死ぬ間際に「もう恋なんてしない」と誓った弊害でこんな歳の差が生まれてしまったのだろうか。どうせならモラドと同年代で出会いたかったものだ。
「今世では婚約者同士。ということは、既成事実さえ作ってしまえば」
「姫、もう少しの辛抱です。婚儀まで今しばらくお待ちくださいますよう」
「あらそう。それならわたくしは全力で誘惑するけれど、モラドは頑張って我慢すればいいんじゃない?」
「なんとご無体な」
蠱惑的な微笑みを浮かべて、バイオレットがモラドに頬を寄せる。モラドがたじろいだところで、ヴィオラが天から降ってきた。すぽんとふたりの間に着地したヴィオラが、ご機嫌そうに尻尾を振る。口角を上げて、特大の笑顔をふたりにわふんと振りまいた。
『バイオレットが先に帰っちゃったから、聖獣さまがここに送ってくれた!』
「『置いていかれた。ひどい。ずるい』と騒いでいたでしょう。全部、こちらにも聞こえていたわよ」
『だって、バイオレットが置いていくから』
「ちゃんと元に戻れるから安心するようにって、聖獣さまも代理人さまも言っていたじゃない」
『だからって、ちっとも心配しないでモラドといちゃいちゃしようとするなんてずるい』
「ヴィオラがモラドと仲直りするようにって言っていたの、忘れたの?」
『それはそうだけれど!』
「……ヴィオラの言葉がわかる……」
『聖獣さまからのおわびだって。今世はいっぱいおしゃべりしようね!』
「ええ、そうね。みんなでたくさんお話しましょう」
甘い雰囲気が霧散したことに胸を撫でおろすかつての護衛騎士と、若干むくれつつ笑い出す姫君。そしてふたりに挟まれて、今も昔もご機嫌そうなもふもふした犬。やっと取り戻した。今度こそみんなで幸せになれる。ヴィオラを抱っこしたバイオレットは、モラドにもたれかかりずっと探していた温もりを堪能した。
ゆっくりとまぶたを開けば、目の前には焦った顔の今世のモラドがいた。慌てて左手を見れば、当然のような顔をして紫水晶の指輪は彼女の薬指におさまっている。さすが黒の魔女が授けた魔導具だと感心してしまった。心が通じ合ったなら、年齢や指の太さなどに関係なく指にはめられるようになっていたのだろう。ぶかぶかの指輪を見て、モラドが何を思ったのかを想像すると胸が痛んだ。
「……モラド、あなたのことを疑ってごめんなさいね」
「姫?」
「ねえ、もうビビって呼んでくれないの?」
「……まさか」
今は誰にも許していないかつての愛称を舌の上で転がしてみる。久しぶりに味わう甘さにうっとりとしながら、モラドの胸に頬をすり寄せた。池の水で身体が濡れていたからだろうか、そっと外したマントをかけられた。いつの間にかモラドが嗚咽を漏らしている。
「わたくしとヴィオラは、先ほどまで知らずの森にいたのよ。なんて言っても、きっと信じてもらえないのでしょうね」
肩をすくめて見せたバイオレットだったが、彼女の肩を抱きモラドが頭を振った。
「信じます。信じますとも。かつて自分は、黒の魔女さまに助けを求めたことがあるのです。あなたが知らずの森の番人さまにお会いしたと聞いて、どうして疑うことができましょうか」
そうだったわねと、バイオレットは淡く微笑んだ。あの大国の王は度し難い変態だったが、黒の魔女もなかなか一筋縄ではいかない御仁だったなと少しばかり呆れつつ。
「どうして、教えてくれなかったの? 自分には前世の記憶があるって」
「申し訳ありません。配慮したつもりが逆に心配をおかけしてしまい……」
もともと王族にしては丁寧な話し方をしていると思っていたが、とうとう今世のモラドの話し方はかつての護衛時代のものに戻ってしまっている。いっそのこと初めから昔のモラドの口調のままだったなら、もっと早めに彼にも前世の記憶があることに気が付いたのではないかとバイオレットは唇をとがらせた。
「ですが、自分と姫の立場を考えますと……」
「今は身分的に何の問題もないでしょう?」
「年齢をお考え下さい」
「多少の年齢差が何か問題でも?」
「大ありです。今世の姫はいまだ成人前。記憶があるかどうかわからない姫に、こちらの妄想とも執念ともわからぬ血なまぐさい話をするわけにも参りません。何より最初にお会いした頃は、自分はあからさまに姫に嫌われておりましたからね。あれ以上しつこくするわけにもいかないでしょう」
バイオレットは頬を膨らませて不満の意を示してみせた。どうにも精神年齢よりも、現在の身体の実年齢に引っ張られているようで、たびたび行動が淑女らしくなくなってしまう。前世で死ぬ間際に「もう恋なんてしない」と誓った弊害でこんな歳の差が生まれてしまったのだろうか。どうせならモラドと同年代で出会いたかったものだ。
「今世では婚約者同士。ということは、既成事実さえ作ってしまえば」
「姫、もう少しの辛抱です。婚儀まで今しばらくお待ちくださいますよう」
「あらそう。それならわたくしは全力で誘惑するけれど、モラドは頑張って我慢すればいいんじゃない?」
「なんとご無体な」
蠱惑的な微笑みを浮かべて、バイオレットがモラドに頬を寄せる。モラドがたじろいだところで、ヴィオラが天から降ってきた。すぽんとふたりの間に着地したヴィオラが、ご機嫌そうに尻尾を振る。口角を上げて、特大の笑顔をふたりにわふんと振りまいた。
『バイオレットが先に帰っちゃったから、聖獣さまがここに送ってくれた!』
「『置いていかれた。ひどい。ずるい』と騒いでいたでしょう。全部、こちらにも聞こえていたわよ」
『だって、バイオレットが置いていくから』
「ちゃんと元に戻れるから安心するようにって、聖獣さまも代理人さまも言っていたじゃない」
『だからって、ちっとも心配しないでモラドといちゃいちゃしようとするなんてずるい』
「ヴィオラがモラドと仲直りするようにって言っていたの、忘れたの?」
『それはそうだけれど!』
「……ヴィオラの言葉がわかる……」
『聖獣さまからのおわびだって。今世はいっぱいおしゃべりしようね!』
「ええ、そうね。みんなでたくさんお話しましょう」
甘い雰囲気が霧散したことに胸を撫でおろすかつての護衛騎士と、若干むくれつつ笑い出す姫君。そしてふたりに挟まれて、今も昔もご機嫌そうなもふもふした犬。やっと取り戻した。今度こそみんなで幸せになれる。ヴィオラを抱っこしたバイオレットは、モラドにもたれかかりずっと探していた温もりを堪能した。
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