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31話
しおりを挟む作戦通り、動物の完全変身の魔法により、何処をどう見ても完璧なネズミに化けたラヴィニアとメル。動物に変身する時、主に髪の毛の色と同じ色になってしまうも二人は普通のネズミと同じ灰色にした。もしも見つかった時、何処にでもいるネズミと勘違いしてくれるよう。マリアベルに化けたヴァシリオスの変身魔法も完璧だ。魔力調査をされても見抜けない鉄壁の妨害術式を編み込んだ変身魔法らしく、瞬時に組み込める器用さは流石としか言い様がない。鞄の中は二人が入るのを想定してもこもこの小さなクッションが入れられており、窮屈ではあるが全体が柔らかいので苦じゃない。
「よ、ようこそお越しくださいましたシルバース夫人」
「ええ」
「夫人も御覧になれば考えが変わりますわ」
「期待しているわ」
愛妻家とあって妻の口調を完璧に把握しているヴァシリオスには隙がない。話しているのはフラム大公夫人。側にプリムローズの声も聞こえるから、共に招待客を出迎えているのだ。
「……キングレイ侯爵令嬢もお呼びしたのに来ないだなんて」
「何故来ると思うのかしら?」
「キングレイ侯爵夫人やプリシラ嬢は来て頂いてるからです」
「あら。ラヴィニアちゃんは後妻とその娘との関係は最悪。顔を合わせない方がお互いの為ではなくて?」
「ま、まあ、家族が離れ離れになって可哀想ではありませんか」
夫を騙し、不貞を続ける大公夫人が言うと言葉は薄っぺらくなる。
会話も程々にし、切り上げるとヴァシリオスは案内されるがまま歩き出した。
「やっぱりお義母様とプリシラは来ているのね」
「大公夫人の様子だとまだブラッドラビットの件は出していなさそうだな」
「周りの様子からブラッドラビットをお披露目されるって多分誰も知らないと思うの」
「だろうな」
鞄の中に潜むラヴィニアとメルの会話を聞きつつ、引かれた椅子に腰掛けたヴァシリオスは周囲を見渡した。
「……庭園の真ん中に巨大な布に覆われた物がある。恐らくブラッドラビットを閉じ込めている檻かな」
小声でラヴィニアとメルにしか聞こえぬよう話した。気配を感じないのは魔法で眠らされているからと推測する。
扇子で口元を隠し、会話を続けた。
「公爵様、二人の姿はありますか?」
「ああ……布の近くの席だね。夫人やプリムローズ様に気に入られているからと尊大な態度な事だ」
「う……」
聞くだけで恥ずかしがるラヴィニアに気にしないよう告げ、給仕の運んだ飲み物に口を付けた。マリアベルの好きな葡萄ジュース。特に濃厚と有名な商品の物。限定的な時期、それもかなり数が限られている為購入するのは困難。魔法により保存期間は長くなったと言えど、確保しておくには技術と場所が必要となる。入手困難な葡萄ジュースを惜しげもなく振る舞う大公家の財力は相変わらずである。
次の月夫婦の記念日に贈ろうと贈り物リストに入れたヴァシリオスの耳に、とある男性の声がした。チラリと見やれば柔らかな黒髪を耳に掛け、翡翠色の瞳に憂いを浮かべる男性が見知った男といた。
「サミュエル」
「うん? ――シルバース夫人?」
鞄の中にいるラヴィニアが「あ、この声……」と気付いた。此方に来たサミュエルともう一人の男性もヴァシリオスは知っている。
「修道院は良いのかしら」
「副院長に任せたよ。甥っ子に付き合ってくれと頼まれたから」
「そうだったの。御機嫌よう、カトレット公爵令息」
「お久しぶりですシルバース夫人」
「この声も……」とラヴィニアは気付いたらしい。サミュエルと一緒にいるのが、修道院で世話をしてくれたハリーだと。
「……ハロルド?」
「メル、知ってたの?」
「公爵家の子供同士だからってよく鍛錬させられた。……修道院にいたのはハロルド?」
「う、うん。院長の知り合いだって」
「そうか……院長はハロルドの母親の兄だ。修道院にいた理由はともかく、知り合いなのは当然だな」
カトレット公爵はヴァシリオスには及ばないものの、優秀な騎士として帝国に仕えている。その息子ハロルドも騎士の職務に当たる傍ら、カトレット公爵の下で次期当主として研鑽の日々を送る。
ヴァシリオスは扇子で口元を隠したまま、少々元気のないハロルドを見やった。
「カトレット公爵令息の元気があまりないようですが」
「ああ、ご心配なく。ちょっと前に失恋しちゃってね。好きになった女の子に告白しようとしたタイミングでお別れになってしまって」
「可哀想に。素敵な令嬢は沢山いますわ。何方かご紹介しましょうか?」
「いえ……僕は……彼女を忘れられません」
「あら、健気ね」
「もしかして、ハリーが修道院にいたのは失恋しちゃったから……?」
「そういう事で良いんじゃないか」
見るからに落ち込んだ様子のハロルドの肩を叩き、他の場所へ連れて行ったサミュエルを見送った。
「ふふ……可哀想に」
可哀想と言いながら、声色に同情の念は一切含まれていない。無感情な笑いに鞄の中にいる二人は背筋が凍った。特に真意を知るメルは半眼で睨んでくる。
「お前に理由があるんだぞ、メル」
「……ハロルドなら、選り取り見取りでしょう」
「恋心というのは厄介な代物さ。自分で抑えようとしても完璧な制御は不可能なのさ。私だってそうさ」
帝国一の夫婦だと羨望されているが、出会った当初のマリアベルは皇女らしくプライド高く他者から常に一線を引いていた。線の向こう側に足を踏み入れるまでの苦労を考えると子供の恋愛は子供らしく可愛げがあり、見ていて微笑ましい。
「ところで何か食べるか?」
「どうやって食べろと」
「クラッカーがある。鞄の中に入れれば食べられるだろう」
「遠慮します。終わって、人型に戻ってから食べます」
「滅多にないネズミの食べ方を体験したらいいものを」
「気が向いたら」
等と言いながら素早くクラッカーを鞄の中に放り込んだ。父上! と可愛いネズミが怒ってくる。
「――皆様、本日の茶会にご出席下さりありがとうございます」
暫し待っていると招待客の出迎えを終えたフラム大公夫人とプリムローズが巨大な布の前に立ち挨拶を始めた。
「本日は皆様に素敵な娯楽をご提供しますわ。特別にキングレイ侯爵夫人達には特等席に招待しますわ」
「特等席、ねえ」
歓喜した後妻とプリシラは大公家の使用人に案内されるがまま布の側へ行った。
……密かに夫人とプリムローズの口端が釣り上がった。
「さあ! 此方ですわ!」
数人の使用人が一斉に布を取り払った。
隠されていた物が露になった時、会場内は騒然とした。
巨大な布の下は剛鉄で製造された檻。中には複数の拘束により平伏しているブラッドラビット。腰を抜かす後妻とプリシラを使用人達が檻の中に入れた。
「やれやれ、こうも早く動く事になるとはね」
悲鳴を上げ檻から出ようと魔法の使用を試みる後妻とプリシラだが、檻全体に魔法封じの結界が施されており使用不可。
「何の真似ですか大公夫人!!」
「嫌よ殺される!! 此処から出して!!」
叫ぶ二人を大公夫人は冷たく吐き捨てた。
「私の可愛いプリムは、何度も貴女の娘に傷付けられてきたの。メル様と相思相愛のプリムローズを差し置き、たかが口約束で成立した婚約にしがみついてずっとプリムローズを不幸にしてきた。貴女達にはプリムローズを不幸にした代償を払って頂きます」
……ヴァシリオスが化けていると言えど、茶会にはマリアベルがいるというのに。マリアベルの参加が頭から抜け落ちているのではと発言にさすがのヴァシリオスも苦笑をせざるを得なかった。
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