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30話
しおりを挟むフラム大公家夫人主催のお茶会の開催日が分かった。五日後。本来はもう少し後になるのに夫人が早めた。招待状を送っている各家に報せを届けたとヴァシリオスが紅茶を嗜みながら告げる。今は朝の優雅な食事タイム。スコーンと数種類ジャム、クリームどれにしようか悩んでいたラヴィニアは招待されている中にキングレイ家も含まれていると言われやっぱりと内心抱いた。
例のブラッドラビットはまだ無事だ。そして、ヴァシリオス曰く例のお茶会でお披露目するのは間違いない。見せしめの為に後妻とプリシラを生餌にするつもりだ。
あの二人がいなくなってもラヴィニアは特段可哀想とも、悲しいとも抱かないが父はあの二人を愛している。いなくなれば悲しむ。
朝食を終えてメルと部屋に戻った。
「ラヴィニア」
「んう」
シルバース家の屋敷に戻ってからメルに抱かれていない。両親の目があるのとまだ結婚前だからと一緒の部屋では寝かせてもらえないからだ。
唇に吸い付かれメルの気が済むまでキスをさせた。キスだけでメルが満足しないと知っている。ラヴィニアもメルに抱かれたいと思っているがお茶会が終わるまではキスだけで助かっていた。メルは翌日動けなくなるくらい抱き潰してくるだろうから。
唇が離れるとぎゅっと抱き締められた。大好きなメルの腕の中は温かく幸福である。
「ラヴィニアは行きたい?」
「うん」
「なら、こうしよう」
招待状はマリアベルにも届いており、参加する気は更々なかったものの、フラム大公家に入りブラッドラビットを救出するには参加は不可欠となった。
メルの提案は、小動物に完全変身してマリアベルの鞄に入り込み後妻とプリシラが見せしめによって殺されかけた時に人間の姿に戻り、その場で二人を助けブラッドラビットを檻から出しメルが魔獣契約をするというもの。一度人間に襲われた魔獣は憎悪を抱き、その憎悪は決して消えない。魔獣を従わせるには魔獣契約以外ない。契約を交わすと大人しい性格になり、餌も魔力を与えるだけとなる。
「バレないよね?」
「バレないさ」
「招待客はブラッドラビットを見たら吃驚しそうよね」
「違法な魔獣狩は禁止されていても、娯楽の為に捕らえる馬鹿は後を絶たない。魔法騎士団の悩みの種さ」
貴族というのは見栄をはりたがる。父もそう。ラヴィニアを嫌っているくせにメルの婚約者なのだからと容姿磨きと教養には力を入れられた。顔を合わせたら毎回嫌味を言うのを忘れずに。
「メル、教えてほしいの」
「どうしたの」
「私がいなくなった後のお父様を」
「聞いたって不快になるだけ」
「それでもいいの。教えて」
「……いいよ」
ラヴィニアのお願いにメルは弱い。
渋々ながらも語ってくれた。
――メルの話を聞き終えたラヴィニアは何度も瞼を開閉させ、話を飲み込むのに時間を要した。メルの話に出た父はラヴィニアの知る父とは程遠い。だから言ったんだ、と言いたげなメルに困った顔を見せた。
「偽者じゃないかしら」
「そうなら楽なんだけどね。残念ながら本者だよ」
「そう、なんだ。全然嬉しいって気持ちがないわ」
「当然さ。ずっとラヴィニアを冷遇し続け、後妻やプリシラに虐めを受ける君を見捨てていたのに、いざ君がいなくなると冷静さを失うなんて」
どうかしていると吐き捨てたメルに頷く。
今更愛していた、帰って来てくれと叫ばれても心に響かない。何故? という二文字が浮かぶだけ。
「ラヴィニアがいなくなったと知った侯爵はシルバース家だけじゃない、テレサ様の生家にも行ったみたいなんだ」
「そうなんだ……」
「ああ。テレサ様の生家の方は、後妻がラヴィニアを追い出したんだろうと激怒されて追い返したみたいだがな」
「そ、そっか」
亡き母の生家には歳の離れた従弟がいる。滅多に会えないが会うと「おねえちゃん」と呼んで慕ってくれている。事態が落ち着いたら会いに行きたい。修道院以外にも行きたい場所が増えた。母の生家。
「いつか行こう。ラヴィニアを見たらきっと喜ぶから」
「うん」
部屋に入ってすぐの抱擁とキスで座ってすらいなかったと思い出した二人は笑い合いながらソファーに腰掛けた。隙間なくぴったりとくっ付いて。
「そうだ。この後、ウエディングドレスの採寸をする。時間になったら使用人が呼びに来るよ」
「素敵なドレスになるといいね」
「なるさ。こればかりは母上から奪えなかった。母上が気合を入れて君のウエディングドレスのデザインを考えていた。きっと素敵なドレスになる」
ラヴィニア側の親族はテレサの生家だけ。後妻やプリシラはメルの婚約者をずっとラヴィニアからプリシラに変えたがっており、父も愛らしいプリシラの方が婚約者に向いていると毎回口にしていた。キングレイ家の親戚等の交流もラヴィニアにはない。お前には必要ない、と昔から父に言われ続けた。
親子らしい事を何一つしてこなかった。
大人の男性との思い出、となると母方祖父となる。シルバース公爵たるヴァシリオスの場合は、多忙で屋敷を空けているのが殆どで会っても挨拶くらいしかする時間がなかった。時折、四人テーブルを囲っても会話の進行役は全てマリアベルが担っていた。
帝国では花嫁になる女性に贈られる宝石を花婿が選ぶのが風習となっており、メルも例外なくラヴィニアに贈る宝石を見つけている。当日まで楽しみにしておいてとメルが言うから、ラヴィニアはその日を心待ちにした。
「ラヴィニア、ずっと一緒だ」
「うん。一緒よ、メル」
「ああ。……あいつに君は渡さない」
「?」
何かを発したメルだが声が小さくて聞き取れなかった。怪訝な声で呼んでも「何でもないよ」とはぐらかされ、額にキスを落とされた。
——五日後、フラム大公家のお茶会に参加するべく、マリアベルと共に馬車に乗り込んだラヴィニアとメル。向かいに座るマリアベルがいつもより妖艶で妖しく、危険な香りを纏っている。それほど大公夫人とプリムローズに憤っているのか。大公家が目前になるとラヴィニアとメルはネズミに完全変身してマリアベルの鞄に入る予定。
唐突にマリアベルが笑みを零した。目を丸くする二人だが……見る見るうちに瞠目した。マリアベルの姿からヴァシリオスに変化した。
「なんだメル。気付いてなかったのか」
「いつもより上機嫌だなとは思っていましたよ」
「マリアベルには悪いが私が行くことにした。その分、真実を暴露する時は思う存分皇帝を殴ってくれていい事にしたんだ」
愛妻家と名高いシルバース公爵が危険と分かり切っている場所に妻を無言で送る筈がなかった。
動物の完全変身よりも他人の変身が難しい。魔法の実力に関して目の前の男より強い者は帝国に存在しない。
「あの、シルバース公爵様」
「何かな」
「皇太子殿下がプリムローズ様を婚約者にしなかったのは、異母兄弟だと殿下はご存知だったからですか?」
「あの大馬鹿が言ったんだ。プリムローズ様を皇太子妃候補に入れるとエドアルト殿下が言った時にね、お前の異母妹だから無理だと」
「……」
溺愛している割にプリムローズを婚約者にしなかったエドアルトへの疑問が消えた。しなかったのではなく、出来なかったのだと。
母以外の女性との間に子供がいると——それも溺愛するプリムローズだと——知ったエドアルトの衝撃は計り知れないだろう。
「母上と血の繋がった兄妹とは思えませんね」
「そう言ってやるな。先代の皇帝と皇后が遅くに生まれた男の子ということで甘やかしてしまったんだ。その一年後にマリアベルが生まれた。世継ぎとなる皇子を大切にするのはどこの国も同じ。出来が良いか悪いかは別としてね」
幼少期から交流のあるヴァシリオス曰く、大人になっても優柔不断で情けない部分は変わらず、皇帝の補佐官になってくれと泣いて頼まれた時は一言で退けた。
「秘密の恋人同士という関係に溺れて後に引けない状況になり、助けを求められた時は溜め息しか出なかった。フラム夫人もそう。陛下と離れられないなら、愛妾にでもなれば良かったものを」
「陛下との関係を続けながらフラム大公夫人にもなりたかったのでは?」
「そうだろうね。欲深い女性だから、彼女は」
引っ掛かりのあるヴァシリオスの台詞を訊ねると、夫人は昔ヴァシリオスに体の関係を持ち掛けた。幼い頃からマリアベル一筋の彼はあっさりと一蹴。次期皇帝だけでなく、次期公爵とも愛人関係を結びたかったのだ。
「呆れたな……」
「はは。プリムローズ様の行動力豊かなのは母親に似たんだろう。
——ああ、話していると着いたな」
ヴァシリオスの言葉に釣られラヴィニア達は窓を見た。フラム大公家の屋敷を横切っている最中であった。
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