ラヴィニアは逃げられない

文字の大きさ
30 / 44

30話

しおりを挟む
 
 フラム大公家夫人主催のお茶会の開催日が分かった。五日後。本来はもう少し後になるのに夫人が早めた。招待状を送っている各家に報せを届けたとヴァシリオスが紅茶を嗜みながら告げる。今は朝の優雅な食事タイム。スコーンと数種類ジャム、クリームどれにしようか悩んでいたラヴィニアは招待されている中にキングレイ家も含まれていると言われやっぱりと内心抱いた。
 例のブラッドラビットはまだ無事だ。そして、ヴァシリオス曰く例のお茶会でお披露目するのは間違いない。見せしめの為に後妻とプリシラを生餌にするつもりだ。
 あの二人がいなくなってもラヴィニアは特段可哀想とも、悲しいとも抱かないが父はあの二人を愛している。いなくなれば悲しむ。

 朝食を終えてメルと部屋に戻った。


「ラヴィニア」
「んう」


 シルバース家の屋敷に戻ってからメルに抱かれていない。両親の目があるのとまだ結婚前だからと一緒の部屋では寝かせてもらえないからだ。
 唇に吸い付かれメルの気が済むまでキスをさせた。キスだけでメルが満足しないと知っている。ラヴィニアもメルに抱かれたいと思っているがお茶会が終わるまではキスだけで助かっていた。メルは翌日動けなくなるくらい抱き潰してくるだろうから。

 唇が離れるとぎゅっと抱き締められた。大好きなメルの腕の中は温かく幸福である。


「ラヴィニアは行きたい?」
「うん」
「なら、こうしよう」


 招待状はマリアベルにも届いており、参加する気は更々なかったものの、フラム大公家に入りブラッドラビットを救出するには参加は不可欠となった。
 メルの提案は、小動物に完全変身してマリアベルの鞄に入り込み後妻とプリシラが見せしめによって殺されかけた時に人間の姿に戻り、その場で二人を助けブラッドラビットを檻から出しメルが魔獣契約をするというもの。一度人間に襲われた魔獣は憎悪を抱き、その憎悪は決して消えない。魔獣を従わせるには魔獣契約以外ない。契約を交わすと大人しい性格になり、餌も魔力を与えるだけとなる。


「バレないよね?」
「バレないさ」
「招待客はブラッドラビットを見たら吃驚しそうよね」
「違法な魔獣狩は禁止されていても、娯楽の為に捕らえる馬鹿は後を絶たない。魔法騎士団の悩みの種さ」


 貴族というのは見栄をはりたがる。父もそう。ラヴィニアを嫌っているくせにメルの婚約者なのだからと容姿磨きと教養には力を入れられた。顔を合わせたら毎回嫌味を言うのを忘れずに。


「メル、教えてほしいの」
「どうしたの」
「私がいなくなった後のお父様を」
「聞いたって不快になるだけ」
「それでもいいの。教えて」
「……いいよ」


 ラヴィニアのお願いにメルは弱い。
 渋々ながらも語ってくれた。

 ――メルの話を聞き終えたラヴィニアは何度も瞼を開閉させ、話を飲み込むのに時間を要した。メルの話に出た父はラヴィニアの知る父とは程遠い。だから言ったんだ、と言いたげなメルに困った顔を見せた。


「偽者じゃないかしら」
「そうなら楽なんだけどね。残念ながら本者だよ」
「そう、なんだ。全然嬉しいって気持ちがないわ」
「当然さ。ずっとラヴィニアを冷遇し続け、後妻やプリシラに虐めを受ける君を見捨てていたのに、いざ君がいなくなると冷静さを失うなんて」


 どうかしていると吐き捨てたメルに頷く。
 今更愛していた、帰って来てくれと叫ばれても心に響かない。何故? という二文字が浮かぶだけ。


「ラヴィニアがいなくなったと知った侯爵はシルバース家だけじゃない、テレサ様の生家にも行ったみたいなんだ」
「そうなんだ……」
「ああ。テレサ様の生家の方は、後妻がラヴィニアを追い出したんだろうと激怒されて追い返したみたいだがな」
「そ、そっか」


 亡き母の生家には歳の離れた従弟がいる。滅多に会えないが会うと「おねえちゃん」と呼んで慕ってくれている。事態が落ち着いたら会いに行きたい。修道院以外にも行きたい場所が増えた。母の生家。


「いつか行こう。ラヴィニアを見たらきっと喜ぶから」
「うん」


 部屋に入ってすぐの抱擁とキスで座ってすらいなかったと思い出した二人は笑い合いながらソファーに腰掛けた。隙間なくぴったりとくっ付いて。


「そうだ。この後、ウエディングドレスの採寸をする。時間になったら使用人が呼びに来るよ」
「素敵なドレスになるといいね」
「なるさ。こればかりは母上から奪えなかった。母上が気合を入れて君のウエディングドレスのデザインを考えていた。きっと素敵なドレスになる」



 ラヴィニア側の親族はテレサの生家だけ。後妻やプリシラはメルの婚約者をずっとラヴィニアからプリシラに変えたがっており、父も愛らしいプリシラの方が婚約者に向いていると毎回口にしていた。キングレイ家の親戚等の交流もラヴィニアにはない。お前には必要ない、と昔から父に言われ続けた。

 親子らしい事を何一つしてこなかった。

 大人の男性との思い出、となると母方祖父となる。シルバース公爵たるヴァシリオスの場合は、多忙で屋敷を空けているのが殆どで会っても挨拶くらいしかする時間がなかった。時折、四人テーブルを囲っても会話の進行役は全てマリアベルが担っていた。

 帝国では花嫁になる女性に贈られる宝石を花婿が選ぶのが風習となっており、メルも例外なくラヴィニアに贈る宝石を見つけている。当日まで楽しみにしておいてとメルが言うから、ラヴィニアはその日を心待ちにした。


「ラヴィニア、ずっと一緒だ」
「うん。一緒よ、メル」
「ああ。……あいつに君は渡さない」
「?」


 何かを発したメルだが声が小さくて聞き取れなかった。怪訝な声で呼んでも「何でもないよ」とはぐらかされ、額にキスを落とされた。

  

  

 ——五日後、フラム大公家のお茶会に参加するべく、マリアベルと共に馬車に乗り込んだラヴィニアとメル。向かいに座るマリアベルがいつもより妖艶で妖しく、危険な香りを纏っている。それほど大公夫人とプリムローズに憤っているのか。大公家が目前になるとラヴィニアとメルはネズミに完全変身してマリアベルの鞄に入る予定。

 唐突にマリアベルが笑みを零した。目を丸くする二人だが……見る見るうちに瞠目した。マリアベルの姿からヴァシリオスに変化した。


「なんだメル。気付いてなかったのか」
「いつもより上機嫌だなとは思っていましたよ」
「マリアベルには悪いが私が行くことにした。その分、真実を暴露する時は思う存分皇帝を殴ってくれていい事にしたんだ」


 愛妻家と名高いシルバース公爵が危険と分かり切っている場所に妻を無言で送る筈がなかった。
 動物の完全変身よりも他人の変身が難しい。魔法の実力に関して目の前の男より強い者は帝国に存在しない。


「あの、シルバース公爵様」
「何かな」
「皇太子殿下がプリムローズ様を婚約者にしなかったのは、異母兄弟だと殿下はご存知だったからですか?」
「あの大馬鹿が言ったんだ。プリムローズ様を皇太子妃候補に入れるとエドアルト殿下が言った時にね、お前の異母妹だから無理だと」
「……」


 溺愛している割にプリムローズを婚約者にしなかったエドアルトへの疑問が消えた。しなかったのではなく、出来なかったのだと。

 母以外の女性との間に子供がいると——それも溺愛するプリムローズだと——知ったエドアルトの衝撃は計り知れないだろう。


「母上と血の繋がった兄妹とは思えませんね」
「そう言ってやるな。先代の皇帝と皇后が遅くに生まれた男の子ということで甘やかしてしまったんだ。その一年後にマリアベルが生まれた。世継ぎとなる皇子を大切にするのはどこの国も同じ。出来が良いか悪いかは別としてね」


 幼少期から交流のあるヴァシリオス曰く、大人になっても優柔不断で情けない部分は変わらず、皇帝の補佐官になってくれと泣いて頼まれた時は一言で退けた。


「秘密の恋人同士という関係に溺れて後に引けない状況になり、助けを求められた時は溜め息しか出なかった。フラム夫人もそう。陛下と離れられないなら、愛妾にでもなれば良かったものを」
「陛下との関係を続けながらフラム大公夫人にもなりたかったのでは?」
「そうだろうね。欲深い女性だから、彼女は」


 引っ掛かりのあるヴァシリオスの台詞を訊ねると、夫人は昔ヴァシリオスに体の関係を持ち掛けた。幼い頃からマリアベル一筋の彼はあっさりと一蹴。次期皇帝だけでなく、次期公爵とも愛人関係を結びたかったのだ。


「呆れたな……」
「はは。プリムローズ様の行動力豊かなのは母親に似たんだろう。

 ——ああ、話していると着いたな」


 ヴァシリオスの言葉に釣られラヴィニア達は窓を見た。フラム大公家の屋敷を横切っている最中であった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...