ラヴィニアは逃げられない

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29話

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 白髪はフラム大公、黄金の髪は夫人。両親のそれぞれの特徴を引き継いだプリムローズとロディオンは本当に皇帝との子なのか。疑問を呈したラヴィニアにあっさりとヴァシリオスは答えてくれた。


「あの二人の見目は大公夫人のお腹の中にいた時から既に大公夫妻に似るようにと変えられている」
「え!? そ、そんなことが可能なのですか?」
「少々下衆な魔法だが不可能じゃない。ある程度腕が立ち、医学知識が豊富な魔法使いならまあ可能だ」


 腹の子が皇帝との子だと夫人は最初から気付いていて、皇帝に泣き付き、皇帝はヴァシリオスに泣き付いたのだとか。自分でどうにかしろと手を振り払ったヴァシリオスは、その後皇帝と大公夫人が宰相と相談をして皇帝直属の医者にお腹の子の見目を変えさせたと語った。ヴァシリオスが詳細を知るのは後に味方に引き入れようと皇帝が全てを話したからだ。協力する気も周囲に言い触らす気もなかったヴァシリオスはずっと黙っていたが、今回のフラム大公家の暴挙は目に余るからと話すことにした。


「呆れるわ」


 実の兄が人妻と不倫していた挙句、子を二人も孕ませていたと知ったマリアベルの呆れと失望は計り知れない。昔から皇帝になるには腰抜けで大事な部分になるとヴァシリオスを頼る情けない兄だが家族にはとても優しかったと口にするマリアベルの声は、やはり呆れが大半だったものの、ほんの少し兄への心配が読み取れる。
 ロディオンとプリムローズを元の見目に戻す方法はないかとメルが疑問を出した。これ以上のフラム大公家の暴挙は御免なメルは二人と大公の親子関係を否定すれば、大公家はあっという間に崩壊すると指摘。


「それは最後の手段だ」とヴァシリオスは首を振った。


「大公家と皇帝の下らない事情で国を揺るがせるのは私とて御免被りたい。先ずは魔法騎士団の調査結果を待ちなさい。話はそれから進めよう」


 納得がいかないと不満満載なメルだが再度ヴァシリオスから確認されると頷くしかなかった。父親の微笑みの威圧をメルが躱せるのはまだまだ先になるだろう。

 手を叩いたマリアベルが「さあ、この話は一旦終わり。ラヴィニアちゃんいらっしゃい、貴女のお部屋を案内するわ」とラヴィニアを手招きする。シルバース家に泊まる時は大抵ラヴィニア仕様に変えられた客室を使っていた。今日からずっとシルバース家にいることになるのだからと、前々から準備していた部屋へ案内すると告げられた。
 メルが時々公爵家に戻っていたのはラヴィニアの部屋の準備をする為でもあった。ラヴィニア好みの内装にしたくてマリアベルが率先してやろうとしたのをメルが全部奪い取った。ラヴィニアのことになると相手が母であろうと独占欲を発揮するのがメルである。


「俺が案内しますよ。おいでラヴィニア」


 案の定、案内役もマリアベルに譲らないメルに手を取られたラヴィニアは引き摺られるようにして部屋へ向かう羽目に。


「メル、いいの?」
「いいんだ。俺がしたいのに母上は全く」
「部屋って何時から用意していたの? 同じ客室でも私は全然気にしないよ」
「気にして。ラヴィニアはシルバース公爵夫人になるんだ。早くから準備するに決まってる」
「でも私……」


 一度思い込みと勘違いでメルに別れを突き付けた。行方を眩ませた辺りで婚約継続は難しいと判断され準備等している暇はない。言い難くて途中で言葉を切るとメルの足が止まった。ラヴィニアの足も当然止まる。
 不安げにメルを見上げたら額にキスを落とされた。触れるだけの優しい口付け。


「ラヴィニアが姿を晦ませなくても結婚前にラヴィニアをシルバース家にいさせる気でいたんだ。準備はずっと前からしてた」
「メル……」


 一心に自分を愛してくれるメル。
 離れの宮で生活してからかなり独占欲と束縛が激しいと知るも嫌だという気持ちがなかった。
 メルとずっと一緒にいたい、側にいてほしい、何処にも行かないで。と心の声がずっと叫んでいた。
 自分から側を離れておいて勝手過ぎる気持ちだ。


「おいで」
「あ……」


 優しくて大好きなメルの側にいられるだけで幸せだった。自分じゃない他の誰かを好きでいても側にいられるならと我慢していたあの時と狂おしい愛情をぶつけられる今。どちらが良いかと訊ねられれば――今が良いと答える。
 不意にメルに手を引かれ、連れて行かれたのはシルバース家にあるメルの部屋。最後に来た時と何も変わっていない。

 部屋に入り、すぐに隣の寝室に入った。


「ま、待ってメル」


 メルに強く腰を抱かれ寝台に寝かせられた。組み敷いてくるメルを退かせようとしても上から両肩を押さえられ動きを封じられた。
 いつ誰が来るかも分からない状況で抱かれたくないラヴィニアが抵抗をしてもメルには通用しない。


「メルっ、んん」


 顔を近付けられ、唇を塞がれた。さっき額にキスをされた時と同じ触れるだけの口付け。舌を絡ませた快楽を引き出す濃厚なキスじゃない。触れ合うだけでそれ以上してくる気配がなく、段々と体から力を抜いたラヴィニアは頬を撫でるメルの手に自分の手を重ねた。


「メル……ん……」
「ラヴィニア……ずっと……君とこうしていたい。すぐにでもラヴィニアを抱きたい」
「駄目、だよ。あまり遅くなると誰か、来ちゃうよ」
「分かってる。だから今はキスだけにしてるんだ」


 重ねていた手を解き、メルの手でベッドに押さえられた。指と指を絡ませメルとキスを続けた。

 触れ合うだけの長いキスを終え、赤い顔のままメルを見上げた。


「メルに、お願いがあるの」
「修道院へ行きたい話?」
「ううん。修道院へは行きたいけど別の話よ」


 メルにキスをしてから例のお茶会がどうなるか調べたいと申した。きっとブラッドラビットが違法に捕獲されたと知られる前にお茶会強行の為開催日を早める恐れがありそうで、後妻やプリシラの身が危ない。


「あんなのをラヴィニアは心配するの?」
「私というより、お父様がきっと悲しむわ。私がいなくなって悲しむ理由は沢山考えても分からなかった。でもあの二人がいなくなったらお父様は一人ぼっちになってしまうわ」
「……」
「それにね、他の招待客に危害が及ばない保証はどこにもない。万が一ブラッドラビットが人間を傷付けたらその時点でブラッドラビットは駆除対象になってしまう」


 村人と共存し、静かに暮らしていたブラッドラビットが殺されるのはウサギ好きのラヴィニアからすると嫌で堪らない。探りを入れてほしいと根強くメルを説得して漸く受け入れてもらえた。
 上体を起こしてベッドの上に座ってメルを見上げた。


「ラヴィニアはお人好し過ぎる」
「違うわ。ブラッドラビットが心配なだけよ」
「なら、ブラッドラビットだけを助けてと言えばいい。そうしたら、仮令人が喰われても助ける方法を探す」
「ううん。誰かが傷付く前にブラッドラビットを助けたいの」
「分かってる」


 同じくウサギ好きのメルだってブラッドラビットが人間の自己満足の為に駆除されるのを回避したがっている。助けられるなら助けたい。
 お茶会の探りを入れるならヴァシリオスに相談するのが一番手っ取り早いと、最初にいた部屋に二人で戻ると夫妻はまだいた。


「ラヴィニアちゃん、お部屋見てくれた?」
「ごめんなさい……まだ見てないんです。公爵閣下にお願いがあって」


 ヴァシリオスにフラム大公夫人主催のお茶会に探りを入れてほしいと話し、理由も続きで語った。


「そうね。彼女とプリムローズならやりそうね」
「ブラッドラビットが人を食べてしまう前に救ってあげたくて」
「救っても問題が残るわよ? 一度捕らわれた魔獣は人間に憎悪を抱いて襲い掛かってくるの。例のブラッドラビットも例外ではないでしょう。ラヴィニアちゃんならどうする?」


 ある作戦があった。これに関してはメルが提案し、彼自身が実行すると宣言した。
 話を聞いたヴァシリオスは苦笑を漏らし、マリアベルは眉を八の字に曲げた。


「この変わった中身は誰に似たのかしら」
「まあ、私かな」
「貴方以外いないわ」
「少し大きいウサギを飼うだけと思えばいいさ」
「少し大きいね……」


 少しどころじゃない。クマ並に大きい巨大ウサギである。

 メルが提案したのは、ブラッドラビットに隷属の契約を取り付けシルバース家でペットとして飼うことであった。



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