ラヴィニアは逃げられない

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33話

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 連行されていくフラム大公夫人とプリムローズを見届けるといつの間にか牢に入ったメルが興奮するブラッドラビットを平伏させていた。ギラリと赤く光る瞳と荒い鼻息から興奮は完全に収まってはいないが、メルが自分よりも強いと判断し襲い掛かって来ないと騎士達に指示を出しながらヴァシリオスが説明した。メルがいる牢の中に入ると呪文を唱えながらブラッドラビットに近付いていた。
 ブラッドラビットの下に巨体に見合う大きな魔法陣が展開され、一際強く光ると魔法陣は消えた。魔獣と契約を行う際に使われる魔法陣だと即見抜いたラヴィニアは無事に契約を交わしたメルに飛び付いた。


「メル!」
「ラヴィニア」


 難なく抱き止められ、段々と平常な呼吸をするようになったブラッドラビットを見やった。


「もう襲ってこない?」
「ああ。契約を交わした。これでこのブラッドラビットは俺の所有物になった。勝手に処分はもう出来ないよ」
「良かった。この子、最初に見た時からお腹が大きい気がするの」
「契約する時に分かったが妊娠している」


 お腹に宿る我が子を守ろうと気性が荒々しかったのかもしれない。シルバース家に戻ったら暫く庭で世話をしつつ、元いた村に戻すかは後日村人と話をしてからの決定となる。


「せめて、無事に出産するまでは面倒を見てあげたい」
「魔獣の世話に慣れていないラヴィニアにはさせられない。専門の飼育係を付けるから、世話の心配はいらない」


 お茶会の主催者であるフラム大公夫人やプリムローズは騎士達によって魔法監査室に運ばれたとメルに話すと遠くの方から騒ぐ声がした。気になって牢から出るとフラム大公とロディオンも騎士に拘束され連行されていく。二人の視線がラヴィニアやメル、ヴァシリオスに向けられると憤怒の表情に変貌させる。が、早く行けと言わんばかりにヴァシリオスが二人の顔を葉っぱ塗れにして騎士達に運ばせた。多分叫んでいる筈だが声は一切聞こえなかった。


「父上、ブラッドラビットの制御には成功した」
「なら、後の事は騎士達に任せて私達は帰るとしよう」

「待ちなさい!!」


 左手を上げ転移魔法を展開しかけたヴァシリオスを止めたのはプリシラ。その瞳はラヴィニアに向けられていた。


「姉様のせいでわたし達は大変な目に遭ったのに謝罪の一つもないの!?」
「謝罪?」
「そうよ! 姉様がメル様の婚約者でいたせいでわたしとお母様は酷い目に遭ったのに!」
「でも、私がシルバース家に行く時やメルがキングレイ家に来る時、毎回シルバース家に連れて行けと言ったりメルに纏わりついていたのはプリシラじゃない」
「だって姉様にメル様は勿体ないもん! わたしがメル様の婚約者になってあげる!」


 さっきラヴィニアがメルの婚約者のままでいるから大変な目に遭ったと言ったのは何処の誰だったか。眉を八の字にしてプリシラの言い分に困るラヴィニア。どう言い包めようか頭を悩ませると頬に手が触れた。
 メルだ。


「メル?」
「ラヴィニア、行こう。何を言っても話が通じない相手だっている。プリムローズがそうだっただろう?」
「そうだけど……」


 たとえ死んでしまっても悲しんでいる自分がいるとは思えなくても、プリシラや後妻は父が大事にしている家族。一人でも失えばきっと悲しむ。まともに親子関係を築いてこなかったと言えど、たった一人の血の繋がった親。
 子供としての情はまだある。


「メル様、わたし、メル様をずっとお慕いしておりました! 姉様ではなくわたしを――」
「君の場合はラヴィニアの婚約者が偶々俺だったからそう言うだけで、俺がラヴィニアの婚約者ではなかったら君は興味すら示さなかったよ」
「そ、そんなことは」
「ある。ラヴィニアの物を奪うのが好きなんだろう? 彼女の亡くなった母親の形見すら奪おうとしたと聞いた。他人の物を奪うのが好きな君をどう好きになれと?」
「あ……あんまりですっ、わたしは本当にメル様が好きなのに。だ、大体形見って言いますけどお父様が姉様の母親に買い与えた物ならそれはお父様の物で、お父様の物なら娘である私が貰って何がいけませんの」


 あんまりだと言いたいのはこっちだ。ふう、と溜め息を吐いたラヴィニアは例えを出した。ラヴィニアが後妻の物を欲しがった時、駄目だと言ったら父の買い与えた物で父の物だからラヴィニアには貰う権利があると。
 するとプリシラは顔を真っ赤に染め上げ否定した。愛されてもいないラヴィニアがプリシラの母の物を何故貰うのだと。
 先程自分の言った言葉との矛盾を指摘するが父に愛されている自分には権利があって、愛されていないラヴィニアには権利がないと主張された。
 側にいるヴァシリオスは乾いた笑みを見せ、そっと息を吐いた。


「話が通じない相手をするのは疲れるだろう? よく分かっただろうメル」
「はあ……」


 似たような相手はプリムローズやロディオンがいた。疲れの度合いはどちらも同じ。自分の意見だけを通そうとし、他人の意見は全く耳を傾けない彼等の共通点はどれも我が独特に強烈に強いという点のみ。
 これ以上話しても時間の無駄だと切り捨てたヴァシリオスが牢から此方に向かってきた後妻やまだ喚くプリシラの顔を葉っぱで覆った。うるさい声はこれで無くなり、二人をキングレイ家に送り届けるよう騎士に託すと転移魔法で三人シルバース家に戻った。

 フラム大公邸からシルバース公爵邸に一瞬で戻る感覚は不思議で、水溜まりを飛び越えた時と同じ。眩しい光に目を瞑ったラヴィニアはメルに呼ばれて目を開けた。眼前に広がるのはシルバース邸。
 帝国一の魔法騎士に掛かれば高難易度に位置する転移魔法も簡単に扱えてしまう。怖い人だと抱きつつも、すごい人なんだと見ているとメルがヴァシリオスの方へ向いた。


「父上、フラム大公邸に置いてきたブラッドラビットは?」
「後で此処に運ぶよう指示してある」
「なら、後は獣医師を手配すればいいか……」
「魔獣にも詳しい獣医師を教えてやろう」


 お腹に子を宿しているなら、動物や魔獣幅広く診察する獣医師が必須。ヴァシリオスの知人にその獣医師がいるのだとか。
 邸内に戻るとマリアベルが出迎えた。


「お帰りなさい。どうだった?」
「全部終わったよ。後は、フラム大公家の面々を魔法監査室に入れてロディオン殿とプリムローズ様に掛けられた魔法を解くだけだ」
「あら、それにしては何だか機嫌が悪いわね。他にも何かあったのではないの?」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが大馬鹿だと知って、皇帝とフラム大公家には表舞台から退場してもらおうと決めてね」
「お兄様は何を?」


 恐らくヴァシリオスが何を言いたいのかラヴィニアもメルも感じ取った。茶会の場でプリムローズが発した皇太子交代の件について説明するとマリアベルは盛大に呆れ果て額に手を当てた。


「お兄様……そこまで馬鹿だったなんて。いえ、間違いなくプリムローズの癇癪を収める目的で言っただけだと思うけど」
「だろうね。まあ、一度放った言葉は無かった事にはならない」
「お陰でエドアルトに敵視されている理由がやっと分かりましたよ」


 皇帝と母が兄妹というのもあり、幼少期からエドアルトと交流があってもメルはその頃からラヴィニアに夢中でどうとも思っていなかった。
 疲れただろうと公爵夫妻に気遣われたラヴィニアは一旦部屋に戻った。ふう、と息を吐くと一緒に入っていたらしいメルに気付かず驚いた。


「わっ」
「声は掛けたよ」
「ごめん。ちょっと考え事をしていたの」
「キングレイ家の事?」
「それもあるけど、ロディオン様とプリムローズ様が皇帝陛下の子だってバレたらどうなるのかなって」
「父上は皇帝を失脚させる気満々だからな……血の繋がった家族同士、島流しにするのが妥当だろう」


 一番我が子を可愛がっていたフラム大公が事実を知った時、どんな反応をするのかヴァシリオスが愉しみにしているとメルは言わなかった。寧ろ、これが目的で今回フラム大公家の面々を魔法監査室送りに決めたと言っても過言ではない。

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