傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

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 事件から十日後。王宮に足を運んだシーラデン伯爵は騎士の案内でベルティーニ公爵家と国王が待つ部屋へと案内された。敵国が襲撃するという情報を王家は前以て掴んでいて、魔法使い達とも緻密に連携を取って被害者は一人も出ない完璧な計画を立てたと聞いた。
 事前にローゼライトからラルスがアバーテ公爵家のヴィクトリアが好きだと、婚約を解消してやりたいと聞かなかったら伯爵も本当にローゼライトが死んだと思っただろう。事前に話してくれて良かった。
 部屋に着くと伯爵は「ロード=シーラデン、遅れてしまい申し訳ありません」と頭を下げ、指定された席に腰掛けた。


「構わんよ。それに遅れてはいない。私やベルティーニ公爵達が早く着いてしまったんだ」


 国王の言う通り、指定された時刻よりおよそ十分は早い。
 伯爵はチラリとラルスを盗み見た。顔色は悪く、以前見掛けた時より痩せている。目元には薄っすらと隈が浮かんでいた。


「伯爵……この度は……なんと言葉を掛けたらいいか……」
「ベルティーニ公爵。お気遣いは無用です。起こってしまった事は全て現実。ならば、私は受け入れるだけです」
「だが」
「ローゼライトはもういない。早速、婚約解消の手続きをしましょう」


 まだ何か言いたげなベルティーニ公爵の言葉を遮り、淡々と手続きを済ませようとする伯爵をじっと……ラルスが昏い瞳で見つめる。
 幼い頃、ローゼライトの額に傷を作ってしまったが為に婚約が結ばれた。ローゼライトも伯爵も婚約を結ばなくても良いとベルティーニ公爵に言うが、令嬢の額に傷を付けた償いをする為だとして譲らなかった。
 意図的じゃない。子供故に起こしてしまった事故。伯爵とて理解していた。

 文官から婚約解消の書類がシーラデン伯爵の前に置かれた。迷う素振りすら見せず伯爵は同意のサインをした。続いてベルティーニ公爵。気遣わし気に伯爵を見るも、冷静な佇まいのままの姿勢を見て言葉は発さず、サインをした。婚約解消の同意書を文官に渡すと国王の前に置かれた。

 これでローゼライトとラルスの婚約は正式に解消された。

 次はローゼライトの死亡届となる為、ベルティーニ公爵家はお役御免となった。席からベルティーニ公爵夫妻が立つとシーラデン伯爵も同時に立ち上がった。


「ベルティーニ公爵。長い間、ローゼライトがお世話になりました」
「いや……伯爵、貴殿はやはり無理をしているのではないか?」


 気丈に振る舞っているように見えるのだろうか。ローゼライトの本音を知らなければ、夫妻が立っても座ったまま微動だにしないラルスと同じになっていただろう。


「いえ。私はこの通りです。貴族の当主なら、どんな事態が起きようと冷静に対処しなくてはならない」
「……」


 たとえそれが身内の死であっても——。
 仮にローゼライトから話を聞いてなかったら、今のように冷静でいられただろうかと自問し、半分半分だと自答する。
 ベルティーニ公爵の目にはきっと、冷静さを装う事でローゼライトの死によって齎される悲しみから逃げていると見えるのだろうが、公爵はこれ以上は言わず、未だ座ったままのラルスに立つよう促した。
 ラルスは動こうとしない。再度公爵が呼んでも、である。


「ラルス様」


 伯爵に呼ばれたラルスは徐に顔を上げた。


「長い間、貴方をローゼライトに縛り付けてしまい申し訳ありませんでした」
「何を言って……」
「すぐには無理でしょうが次は貴方が愛する方と婚約される事を私は——」
「何を言っているのですか!」


 先程まで石の如く動かなかったラルスは次から次へと紡がれる言葉に激情を見せ、立ち上がるなりテーブルを拳で叩きつけた。怒りが込められた目で睨まれようとシーラデン伯爵の冷たい表情は変わらない。ラルスを落ち着かせながらも伯爵の言い分に不快感を露わにするベルティーニ公爵夫人に謝りつつ、ヴィクトリアについて切り出した。


「ヴィクトリアがなんだと言うのですか」
「……ローゼライトは、ラルス様が幼い頃からアバーテ公爵令嬢が好きだと知っていました」
「それは子供の頃の話です! 今はローゼライトを」
「ローゼライトは、夜会で貴方が友人達にアバーテ公爵令嬢が好きだと話しているのを聞きました」


 この場にいる者の視線が一斉にラルスへ刺さった。また激情を見せかけたラルスだが、心当たりを思い出したらしく一気に顔色を悪くした。冷や汗を流し、目を泳がせる姿に公爵夫人が声を上げた。


「ラルスっ、貴方本当に言ったの?」
「た……確かに言いました。だ、だけど、それは昔の話で」
「昔の話として友人方に話していたのですか?」
「そうです。昔は確かにヴィクトリアが好きでした。僕のせいでローゼライトの額に傷を作ってしまったから、ヴィクトリアと婚約が出来なくて落ち込んだのも本当です。だけど信じてください伯爵! 僕が今好きなのはローゼライトなんです」


 心に訴えかける瞳と言葉から嘘は感じられないが……首を振った。否定を示している。


「ローゼライトがラルス様の好きな相手がヴィクトリア様だと思っていた時点で何も伝わっていない」
「……ローゼライトからいつも距離を感じていました。以前、演劇を観賞した後、ヴィクトリアと会った時気付いたらローゼライトは先に帰っていて……。ローゼライトは僕がヴィクトリアを好きだと思っていたから距離を取っていたのですか……?」


 次々に心当たりを思い出していくラルスは地に膝を付けた。呆然とするラルスから何とも言えない表情をしているベルティーニ公爵に視線を移した。


「ラルス様とアバーテ公爵令嬢が婚約予定だったのは知っていたから、私はローゼライトとの婚約に反対したのです。治療代並びに慰謝料を払っていただいただけで私もローゼライトもそれで良かった」
「そんな訳にはいかなかった。貴族のご令嬢の顔に傷を作ってしまったんだ。傷のある令嬢に良縁は見込めないと私も貴殿もよく知っているだろう」


 責任感の強さからベルティーニ公爵は、当初予定していたラルスとヴィクトリアの婚約予定を消してローゼライトと婚約させた。腕白な子供が冷静沈着な紳士へと成長させたと言えば聞こえはいいが、額の傷のせいでラルスの人生を縛り付ける結果へと成り果てた。


「今回の事件がなくてもいずれは二人の婚約を解消させたいと思っていました。ローゼライトも同意でした」
「……」


 ラルスからは何もない。そのまま、公爵に立たされなんとか一人で歩けるラルスはふらふらとした足取りで部屋を出た。

 公爵夫妻も同じく。

 部屋に残ったのは国王と文官、シーラデン伯爵のみ。


「伯爵……」


 一度も会話に入らなかった国王の声は、次の言葉は何にするかと強い迷いを感じられた。


「陛下。良いのです。ローゼライトも望んでいました」
「だとしても……ラルスはローゼライト嬢を好いていたと思うぞ」
「伝わらなければ意味などありません」
「……それとヴィクトリアは既に婚約者が決まっている。どの道、ラルスがヴィクトリアと婚約する事はない」
「そうでしたか」


 夜会の後に婚約発表のパーティーを開く予定で事件があったのとローゼライトが犠牲者となった為、元々ローゼライトとラルスを招待したかったヴィクトリアは悲しみの淵にいるラルスを気遣って披露は延期となった。事件の後にすぐのパーティーも不謹慎という理由もある。


「伯爵。此方が死亡届です」


 文官が一枚の書類を伯爵の前に置いた。ローゼライトの死亡届だ。これを書けばローゼライトは死者となる。ペンを持ち、死亡者の欄にペン先を置く。後は手を動かしRoseliteと書く。簡単な作業だ。なのに、手が書くのを拒否している。


「伯爵?」


 実際のローゼライトは生きている。

 死者となるのを望んだのはローゼライト。

 生きているローゼライトを死者にするのを今になって躊躇いが生まれた。訝しむ国王の視線を受け、ペンを置いた伯爵は席から離れ国王の側へ寄って内密の話があると申し出た。

  

 ——シーラデン伯爵邸にて、書庫室で必要な資料を探すフレアは目当ての本を見つけると手に取り、側に控える執事に渡した。残り三冊はどれにしようかと背表紙を眺めながら、襲撃事件の翌日父から聞かされた話を思い出していた。
 襲撃事件で犠牲となったのはローゼライト一人。十年もの間、義姉弟として過ごしたのだ、とっくの昔からフレアにとってローゼライトは大切な姉でローゼライトにとっても弟となっていた。二度とローゼライトと会えないのだと泣きながら屋敷に戻り、後から戻った父に呼ばれた。翌朝、大切な話があるからちゃんと食堂に来るようにと。
 ローゼライトの話なのは明白。その日の夜はローゼライトとの思い出が走馬灯の如く駆け巡り、ほぼ一睡も出来なかった。朝になると父に言われた通り気力を振り絞って食堂の席に着いた。実の娘が亡くなったというのに父はいつも通りだった。


「父上は……悲しくないのですか」
「ローゼライトのことか?」
「それ以外ないでは——」
「ローゼは死んでいない。死を偽装したんだ」
「え……?」


 するりと出された台詞を理解しようと必死に思考を巡らせるフレア。
 爆発に巻き込まれて死んだローゼライトは生きている? 偽装した?
 生きていて良かったと言いたいのに、最後に言われた偽装という二文字が引っ掛かる。

 激昂しかけたフレアは一旦自分を落ち着かせようと深呼吸をし、大丈夫というところで父の声に耳を傾けた。


「ローゼライトは生きている。今はダヴィデ殿のところで魔法使いの修行をしている」


 フレアもよく知っている最強の魔法使いの名前が出てくるということは、彼が手を貸したのかと疑問を持ち、父に確認すれば頷かれた。額に傷を付けてしまったが為に好きな人がいるのにも関わらず、婚約をしないといけなくなったラルスをいい加減解放してやりたいローゼライトの気持ちを汲み、ダヴィデが手を貸した。


「生きていると知って安心はしたけど……」


 屋敷内でも事実を知るのは一部のみ。領地にいる伯爵夫人には既に父が報せている。
 実際、ラルスはローゼライトをどう思っていたんだろう……。



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