CODE:HEXA

青出 風太

文字の大きさ
104 / 128
File 4

薄青と記憶 33

しおりを挟む
10月29日 15:32

―リエール―

「……以上が工作員殺しについて上がってきた報告の内容です」

 リエールはタブレットをそっと閉じる。助手席に座るライースは顎に手を当て、考え込んでいるようだ。

 今、2人はコンビニの駐車場に車を止め、仕事の合間を縫うようにしてつかの間の休息を取っていた。そんなときでも仕事から離れられないというのは真面目というべきか、不憫というべきか。

 しばらくしてライースは口を開いた。

「ラファール。……突風ですか。工作員殺しはどうやら我々の組織に相当の恨みがある人物であるというのは間違いないようですね」

 ラファールとはフランス語で「突風」を意味する言葉だ。まとめられた報告書には工作員殺しはそう呼ばれていたと記載があった。

「突風、ですからね。」

 組織の面々は数人の例外を除いて基本的に花の名前や茎や幹といった植物の部位をコードネームとしている。

 それを承知の上で、組織を吹き飛ばし、散らそうという強い意志が込められている名前としか思えない。

「恵冬だと思いますか?リエール」

「……恵冬なら」

 リエールは記憶を辿って恵冬の姿を甦らせる。リエールから見た彼女はいつも表情豊かでどちらかと言えば落ち着きがなく、先生オクタにベッタリの生徒だった。

 歳の割に全体的な能力が高く、嫌いなことはテキトーにさぼったり、要点をすぐにつかんだりと要領のいい子どもで、今になって思えば視野が広く、周囲がよく見えていたように思える。

 人一倍頭が回り、周囲にちょっかいをかける事が多く、高飛車な性格。だからこそ必要以上にトラブルを引き寄せていた。

 彼女は普通にしていたつもりなのかも知れないが、周囲から見れば人を煽り、小馬鹿にした態度を崩さないいけ好かない小娘でしかなかった。

 子どもらしい子どもと言われればそれまでだが。

 そんな彼女が死んだと聞いた時は耳を疑ったが、死体を目の前にして、それを否定することはできなかった。

(恵冬は生きているのか?……組織を憎んでいるとして、その理由は一体――)

 現在、恵冬の存在についてはほとんどデータが残っていない。

 組織では工作員の教育期間中から記録を残しており、その時からアルファベットと4桁の数字を組み合わせた識別用のコードが用いられている。

 しかし、その期間中は顔などの外見の分かるデータがなく、文面のみの資料となっていて、記載事内容についての規定はない。正式に採用されるときになって初めて写真などのデータがつけられるのが通例となっている。

 正式に採用されるための試験を生還しなければ工作員として、人として認められず、データは更新されることもなくなる。つまり、恵冬のデータは司令部が管理するシステムの中で試験の直前の無機質な文字として眠り続けているのだ。

 記載が少なく、実際に会ったことのあるリエールからすれば彼女について何も書かれていないと感じるそんなデータ。今となっては掘り返す人間などいない。

「恵冬ならつけかねないとは思いますが、断定するにはまだ――」

 リエールはメガネを直しながら、報告書の内容を頭の中で振り返る。現時点で判明している事実は少ない――

・銃とナイフを扱っている。

・銃の種類は不明。装填数は10発前後。

・二十代前半から半ばくらいの女性。

・オクタの生徒であるヘキサを圧倒する実力者である。

・ラファールというコードネームで呼ばれている。




 組織でも上位の強さを持つ六花を抑えられるのだから、敵は相当の実力者と考えて然るべきだろう。

 恵冬を育てたオクタはあらゆる武器の扱いに習熟していたが、彼が最も信頼している武器はグロックとナイフ。つまり銃とナイフだ。

 恵冬は彼から戦い方と武器についての知識を教え込まれている。あらゆる武器の扱いについての実践的な使用法をマスターしていたが、オクタ同様、銃とナイフを得意としていた。

"生きているのなら"恵冬も当然候補に上がる。

 しかし、一度死んでいると決定付けたものを易々と変える事はできない。それ相応の証拠が必要になる。

 だからこそ、ライースとリエールはその疑惑が生まれてからというもの、当てられる時間のほとんどを費やし恵冬の足跡を辿ろうとしてきた。だが、やはりあの事故以降、彼女は風のようにふっとどこかへ綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 集められる証拠はそのどれもが恵冬の死を事実であると物語っていた。調査を進めても、彼女が生きていることを示す何かは出てこない。

 それが逆に何者かによって意図的に隠されているようにも思えてくる。

「組織が力を尽くしても得られる情報はほとんどなかった。……ここまで、出てこないとなると、やはり何かに守られているのではと勘繰ってしまいます」

「その可能性もないとは言えませんがね。しかし、ホリーをはじめとする工作員の面々を、捕えるのでなく殺せと言ってしまえる組織など公安くらいなものでしょう」

「……ヘキサはどうしますか」

 リエールは前を見たままライースに言葉を投げかける。

「彼女から情報が取れれば良いですが、見たものをそっくりそのまま伝えると言うのはその気があっても難しいものです」

「罠だと思いますか?」

 ライースはしばらく黙り込んだ。六花も怪我を負っていたとは言え戦線復帰が出来ないほどの状態まで追い込まれた訳ではない。

「生還した事が事故なのか、敵の思惑によるものなのか、確かめたいところですがこちらもそこに割ける人員もないですしね」

 組織にはその理念に賛同する支援者が何十といる。以前六花とリコリスを派遣した熊谷もその一人だ。

 彼らからの支援は資金的なものから、人脈やあらゆる場面での便宜を図ってもらうことなど多岐にわたる。

 彼らは皆AIに不信感を持つ者である。昨今のAIを受け入れつつある世相にも焦りを感じているようで、支援者の中には説明を求めている声もある。

 司令部の中でも特に交渉ごとに強いリエールとライースが回されているわけだが――

「我々以外外に出せないからって、リエールも酷いと思いませんか?2人だけに回らせるなんて」

 事実、組織のメンバーは癖が強い。それどころか一般常識すら通用しない者もざらで、礼儀作法に至っては長く在籍しているメンバーでも怪しい。物腰柔らかく、外に出て活動していたホリーがいなくなったことは意外と大きな損失だった。

 ライースが愚痴りたくなる気持ちも分かる。2人は通常の仕事に加え、減ったメンバーの分の仕事が増えているのだ。そこにさらに支援者への説明もある。

 2人はほとんど東京に帰ってきてから休みなく働き続けていた。

 だからこそ普段の文句ひとつ言わない組織に忠実なところを知っている身からすると、素が見られるところが嬉しくもあり、リエールは複雑な気持ちだった。

「珍しいですね。基也もとやさんが愚痴るなんて」

「そりゃ、愚痴りたくもなりますよ。あと蔦美樹つみき。外ではそっちじゃない方で頼みますよ?」

 名前を初めて教えてもらったのは正式に工作員になった時。既に司令部に配属が決まっていたリエールは社会の影ともいえる組織のさらに奥に入ることが決まっていて、それは先生に当たるライースの望みでもあった。

 ライースは今や組織の要ともいえるほどの人物であるが、それでもカバーしきれない部分がある。そこを重点的に補佐できるようライースは早くから自分が教えられること以外にも触れられるように様々な場所へ彼女を同行させていた。

 彼の狙い通り、そしてライースの望み通りに成長したリエールの初めての願いは

“親の名前を知ること”だった。

 彼女にとって親とは顔も知らない血縁者のことではなく自分に生きる術を教えてくれた先生ライースのことに他ならない。

 そんな彼に特別な感情を抱くのは至極当然のことだった。

「えぇ。もちろんです。さて、愚痴はやめにして。出発しましょうかライース」

  リエールはそう言ってエンジンをかけたが、素の自分でいられるこの時間が続けばいいのにと思わずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...