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File 4
薄青と記憶 34
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―リエール―
「今日はここで終わりです」
そうしてたどり着いた場所は替山偲嘉という地主が立ち上げた会社のビルだった。
ここは都内の一等地から離れているが、野心の強い彼にとっては、都内でオフィスビルの一画を“借りる”よりも、建物一つが丸々“彼の所有物”であるほうが都合が良かったと言う事なのだろう。
(ビルと言っても地上5階。そこまでの面積もない。都内にいた方が何かと便利でしょうに)
リエールは彼の考えが良く分からなかった。
おかげと言っては何だが、ついで感覚で回る事ができず、急な仕事を押し付けられた2人にしてみればとんだ迷惑だ。しかし、それはここの従業員にとっても同じ事だった。
数百人いた従業員も息子が後を継いでから徐々に減少し、今では7割にまで減ってしまった。それは彼の不遜な態度がそうさせたのか、はたまた彼の強行策によるものか。
先代とは組織も懇意にしていたが、息子に変わってからは彼の暴走気味な様子が目立つ。次第に従業員だけでなく組織も彼の横柄な態度に付き合うことが難しくなってきていた。
組織の行動の多くはその理念に則ったものである。上の私兵のように扱われることもあったが、それでも付き合い切れない要請もある。あくまでも組織は「AIによる被害を未然に防ぐこと」を目的としている。
「殺し」までできる便利な駒として扱われるほど工作員は安くない。
替山は元々組織に多額の出資を行っていた。それは彼らも社会に姿を見せ始めたAIに疑問を抱いていたからだ。
出資を行っていたのは先代、先先代。契約を交わしたのもそうだ。息子の方はただそれを取り締まりの役目と共に引き継いだだけ。
息子は組織の理念にあまり関心を抱いていない。組織ももはや初めの理念を共にする協力者としての替山を失っていた。
新しいビルはオフィスが広くなったとは言え、ほとんど独断で本社の異動を敢行した取締役の偲嘉は従業員からもあまり好かれてはいない。
出資自体も少なく、関係も希薄。立地も孤立していてついでには行けない。他の支援者から優先して回るのは慈善団体でも公的機関でもない組織にしてみれば当然だ。
様々な理由があり、回るのが後回しになっていた。
裏手のインターホンを鳴らす。
「お待ちしておりました。根本様ですね。ご案内いたします」
落ち着いた女性の声だ。この会社の事務員なのだろう。ここの会社に限った事ではないが、いつも同じ声に出迎えられる、それだけのことで安心感を覚えるというのは入れ替わりの激しい組織ならではなのだろうか。
しばらくして木製の扉が開いた。
声の女性に案内されて2人は無機質な廊下を進む。最上階のさらに奥。3番目の扉を開く。
中は広い会議室だ。
長テーブルを円形に並べ、壁側にはホワイトボードが2枚、プロジェクターが1機設置されていた。
2人は入ってすぐの椅子に腰を下ろした。
「では、こちらで少々お待ちください。今お飲み物をご用意させていただきます」
「お気になさらず。長居は致しませんので」
ライースはそう断りを入れたが、女性は部屋を出ると急ぐような足音で部屋を離れて行った。
「少し休みたい気分ですね。岸。帰りにこのまま食事にでも行きますか」
「岸 葵」それがリエールの仕事で使っている名前だった。一応ここに来たのも仕事の内。あくまでも仕事であることを忘れないために、彼らは普段から偽名の方で呼び合っていた。
彼らが本名を使うのは完全なプライベートの空間だと安全が確保された時のみ。
「帰りにって……まだやることはたくさんあるんですよ?で、何が食べたいんですか?」
やれやれといった様子だが、それでも彼女はライースの言葉を切り捨てることはしなかった。
「そうだな……中華が良いですね。この辺りでチェーンでないところはないですかね。少し離れたところに来たらそこでしか食べれないものを食べたくなるものですよ」
「それは……郷土料理があるような地方に行った時の話かと」
言いつつリエールはスマホを取り出していた。
その時だった。背後の扉が静かに開かれた。
「すみません。遅くなってしまって」
聞き覚えのある替山の声だ。
「新しい社員が入ったんです。良ければ顔合わせをと」
2人が振り返る直前。扉は勢いよく閉められた。
「――ようやっと見つけたわ。ライース」
見間違えるはずがない。
髪色は褪せ、背も若干伸びていたが彼女に間違いなかった。
「――――恵冬!!」
「今日はここで終わりです」
そうしてたどり着いた場所は替山偲嘉という地主が立ち上げた会社のビルだった。
ここは都内の一等地から離れているが、野心の強い彼にとっては、都内でオフィスビルの一画を“借りる”よりも、建物一つが丸々“彼の所有物”であるほうが都合が良かったと言う事なのだろう。
(ビルと言っても地上5階。そこまでの面積もない。都内にいた方が何かと便利でしょうに)
リエールは彼の考えが良く分からなかった。
おかげと言っては何だが、ついで感覚で回る事ができず、急な仕事を押し付けられた2人にしてみればとんだ迷惑だ。しかし、それはここの従業員にとっても同じ事だった。
数百人いた従業員も息子が後を継いでから徐々に減少し、今では7割にまで減ってしまった。それは彼の不遜な態度がそうさせたのか、はたまた彼の強行策によるものか。
先代とは組織も懇意にしていたが、息子に変わってからは彼の暴走気味な様子が目立つ。次第に従業員だけでなく組織も彼の横柄な態度に付き合うことが難しくなってきていた。
組織の行動の多くはその理念に則ったものである。上の私兵のように扱われることもあったが、それでも付き合い切れない要請もある。あくまでも組織は「AIによる被害を未然に防ぐこと」を目的としている。
「殺し」までできる便利な駒として扱われるほど工作員は安くない。
替山は元々組織に多額の出資を行っていた。それは彼らも社会に姿を見せ始めたAIに疑問を抱いていたからだ。
出資を行っていたのは先代、先先代。契約を交わしたのもそうだ。息子の方はただそれを取り締まりの役目と共に引き継いだだけ。
息子は組織の理念にあまり関心を抱いていない。組織ももはや初めの理念を共にする協力者としての替山を失っていた。
新しいビルはオフィスが広くなったとは言え、ほとんど独断で本社の異動を敢行した取締役の偲嘉は従業員からもあまり好かれてはいない。
出資自体も少なく、関係も希薄。立地も孤立していてついでには行けない。他の支援者から優先して回るのは慈善団体でも公的機関でもない組織にしてみれば当然だ。
様々な理由があり、回るのが後回しになっていた。
裏手のインターホンを鳴らす。
「お待ちしておりました。根本様ですね。ご案内いたします」
落ち着いた女性の声だ。この会社の事務員なのだろう。ここの会社に限った事ではないが、いつも同じ声に出迎えられる、それだけのことで安心感を覚えるというのは入れ替わりの激しい組織ならではなのだろうか。
しばらくして木製の扉が開いた。
声の女性に案内されて2人は無機質な廊下を進む。最上階のさらに奥。3番目の扉を開く。
中は広い会議室だ。
長テーブルを円形に並べ、壁側にはホワイトボードが2枚、プロジェクターが1機設置されていた。
2人は入ってすぐの椅子に腰を下ろした。
「では、こちらで少々お待ちください。今お飲み物をご用意させていただきます」
「お気になさらず。長居は致しませんので」
ライースはそう断りを入れたが、女性は部屋を出ると急ぐような足音で部屋を離れて行った。
「少し休みたい気分ですね。岸。帰りにこのまま食事にでも行きますか」
「岸 葵」それがリエールの仕事で使っている名前だった。一応ここに来たのも仕事の内。あくまでも仕事であることを忘れないために、彼らは普段から偽名の方で呼び合っていた。
彼らが本名を使うのは完全なプライベートの空間だと安全が確保された時のみ。
「帰りにって……まだやることはたくさんあるんですよ?で、何が食べたいんですか?」
やれやれといった様子だが、それでも彼女はライースの言葉を切り捨てることはしなかった。
「そうだな……中華が良いですね。この辺りでチェーンでないところはないですかね。少し離れたところに来たらそこでしか食べれないものを食べたくなるものですよ」
「それは……郷土料理があるような地方に行った時の話かと」
言いつつリエールはスマホを取り出していた。
その時だった。背後の扉が静かに開かれた。
「すみません。遅くなってしまって」
聞き覚えのある替山の声だ。
「新しい社員が入ったんです。良ければ顔合わせをと」
2人が振り返る直前。扉は勢いよく閉められた。
「――ようやっと見つけたわ。ライース」
見間違えるはずがない。
髪色は褪せ、背も若干伸びていたが彼女に間違いなかった。
「――――恵冬!!」
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