CODE:HEXA

青出 風太

文字の大きさ
103 / 136
File 4

薄青と記憶 32

しおりを挟む
―リエール―

 1人、2人、3人……4人……。

 目を瞑れば消えていった仲間たちがリエールの前に顔を出す。虚ろな目で生気のない顔で、とぼとぼと歩いてきたかと思えば、数メートルまで近づいたところでピタリと止まる。

 必死に何かを訴えかけるようにリエールの周りを囲むとその場に立ち尽くす。

 リエールは彼らの顔を見ようとしてから、彼らはもう居ないのだと思い直し、意識的に彼らを記憶の隅へしまい直す。

 死んだ仲間が見える。それは彼女にとって嬉しい事じゃない。死体を見たせいで、死後の姿もそのまま固定されてしまうなど、彼らにとっても悪夢でしかないだろう。

 それは彼女の同期たちだって同じことだ。


「……恵冬けいと?」


 リエールには同じ期間に教育を受けた工作員、同期が10人程度いる。

 10人程度と曖昧なのには訳がある。彼らの多くが既に死んでいるから、というのもあるが何よりリエールに彼らとの面識が無い事が大きい。

 リエールが教育を受けたのは六花や、リコリスのように1人の工作員から集中的に技術を教わる体制が確立され始めた時期、所謂過渡期だったのだ。

 同期の半分は1対1で現役の工作員に充てられ、その突出した能力を引き継ぐように教育された。そして、もう半分は平均的に高い水準での能力を獲得させるため数人の教官に多数の生徒が充てられ、共同での訓練が行われると言う従来の思想に則った教育を受けていた。

 リエールは前者だ。その時すでに司令部に配属されていたライースから教育を受けており、彼の人脈を用いて教育期間から多数の工作員と関わり、実戦の中で仕事を学んでいった。

 つまり、共同訓練中の同期とはあまり会う機会がなかったのだ。

 そんな中、リエールと面識があったのがプロテアやオクタの初めの生徒“恵冬けいと”だ。

 彼女の存在はリエールの印象に強く焼き付いている。理由は単純。



――恵冬は強烈なインパクトを残して消えたから。



 太陽のような混じり気のない光そのもののような金髪の少女、名前は
こがらし 恵冬けいと」。

 温かな光をそのまま取り込んだみたいに光輝く長髪とは裏腹に負けず嫌いで、何かあるとすぐに突っかかり他人を挑発するような言動が玉に瑕。天真爛漫で周りに敏感、何にでも首を突っ込む無邪気さを持つまさに嵐のような女の子。

 そんな彼女は10年も前に“M.I.A.”、作戦行動中行方不明と組織に断定されていた。

 ここ数年のリエールは彼女のことなど思い出すことも減ってきていたが、ライースのあの言葉でまた思い出すようになっていた。


「恵冬。彼女は生きている可能性がある。……いや、恵冬以外……」


 リエールとライースは司令部の人間として通常の仕事に加え、組織の工作員の不審死についても調査していた。そして、ライースは調査の結果たどり着いた推論をオクタに伝える前、言葉を探すようにいつになく慎重な口調でリエールに話したのだ。

 リエールにしてみれば同時期に組織に入り、プロテアと合わせて3人でライバル同然に育った仲だ。

―彼女が生きている―

 その可能性が出てきただけでリエールは柄にもなくホッとしたことを覚えている。

 それくらい彼女の光は強烈で鮮烈だった。





 組織は多くの人々をAIの脅威から守るため、その発展に寄与する活動、人物を排除してきた。

 組織と言えど、割けるリソースは有限だ。当然、全てを把握し、確実に進化の流れの核を潰し続ける事は不可能だ。事実、長い事活動を続けても徐々にあれらは人間の社会に顔を出し始めている。

 個としての命を持たないあれらに対抗するためには工作員たちも相応の危険を犯す必要が出てきてしまうのも当然のことだ。

 以前から命を落とすことなど珍しくない工作員たちだったが、ここ7、8年の間で単独行動をしていたメンバーの不審死が増えた。

 他所の組織に見つかったか、警察などの公的機関に捕まったか。そのどちらかだと結論づけられていたが、数カ月前ホリーが殺されたことで事態は一変した。

 殺された彼女は戦闘能力こそ並以下だが、用心深い性格と細かな異変に気づく鋭い洞察力を持っていた。さらに、彼女の周りには数人の護衛が付けられていた。

 それでも――これだけの条件が揃っていても彼女とその周りを固める「盾」は殺されてしまった。



 以前も孤立した工作員が殺されていたが、その犯行はひっそりと人知れず行われていた。中には武闘派の工作員もいたが、彼らも同様、組織が気づくまで表にその死が出てくることはなかった。組織が回収した死体には激しく争った様子もなかった。

 彼らを圧倒し、死ぬその瞬間まで一切の抵抗を許さなかったとすれば、まともに戦ったとは思えない。その結果が組織犯だった。

 一体どんな組織なのか。どんな手段を用いて彼らを始末したのか。考えても明確な答えが得られることはなかったが、考えないわけにはいかなかった。

 それが“組織を守る”というリエールに与えられた役割でもあったからだ。

 そんな時にライースが立てた推論が

「恵冬。彼女は生きている可能性がある。……恵冬以外……」

 恵冬の生存である。



 鳴り響くサイレン。画面の向こうで赤い光が騒々しく走り回り、豪と燃え盛る炎が目を引いた。

 ライースが慌てたようにつけた車のナビだった。小さな画面の向こうで恵冬が初仕事として向かった現場が炎に包まれていた。

 その時のリエールには何が起きているのか分からなかった。いや、分からなかったというのは適切ではない。激しく燃え上がる炎は間違いなく目に入っていた。

「なに……が」

 そこからの記憶は曖昧だ。ライースに連れられたそこは病院の霊安室だった。白い服を身にまとった小柄な女性の死体。全身焼けただれて誰なのかも判別できないほど無残な死体。

 同じくらいの背丈の彼女はどこから見ても恵冬だった。光り輝く髪はパリと触れただけで砂のように消えてしまった。

「そんな……恵冬……?」

 呼びかけても返事などできるようには見えないが、それでも喉から声が出た。






 彼女の先生。オクタは若くして戦闘の才を認められ、あらゆる武具の扱いを叩き込まれた生粋の傭兵。単独で幾度となく危険な仕事に赴き生還してきた戦闘のプロだ。

 オクタに育てられた恵冬は持ち前の優秀な身体能力を土台に彼の戦闘能力、戦闘知識をほとんど完全に受け継いだことで、工作員として正式に働き始める前から組織内でも圧倒的な力を有していた。

 それこそ近接武装のみ習熟した六花などとは比にならないほどだ。


 彼女が仮に生きているのなら、組織から姿をくらませていた数年間もさらに研鑽を積んでいたならば彼女の戦闘能力に磨きがかかっていることは想像に難くない。

 その圧倒的な力を持って、抵抗を許すことなく工作員を殺しきることが出来る。そういわれれば反論できなかった。

 それほどまでに彼女は優秀で、恐れられていたと言っても過言ではない。




 リエールはベッドで横になったとしても気を休めることなど出来なかった。

 司令部の人間は他の工作員に仕事を言い渡す立場であり、消えていった原因の多くは彼女の仕事が作ったものだとも言える。

 彼女の顔を思い出すだけで彼女と最後に話したあの日常がすぐそこにある様なそんな錯覚に陥った。

 ホリーやカメリアの様に頻繁にやり取りをしていた工作員もいれば、司令部として名前だけは把握していたというレベルの工作員もいる。

 組織は仲良しクラブでもなければ、慈善団体でもない。彼らに均等に関わる機会などない。

 仲間の死に責任を感じていた最中、生まれた疑惑が恵冬の生存である。それも工作員を殺した容疑者として。

(一体何のために……?)

 彼女の生存の可能性。それは幸か不幸か、リエールは悩んでいた。



(恵冬が……生きてる……だとしても、それは)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...