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青出 風太

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薄青と記憶 31

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―ヘキサ―

「これは……っ」

 無機質な鉄の扉の向こうには見覚えのある広々とした空間が広がっていた。

 2人はその部屋と呼ぶには広すぎる空間に吸い込まれるようにして入っていく。

 そこの半分は机や資料棚で埋め尽くされており、まるで森だ。

 もう半分は空間を保ったままいくつもの的が並ぶ射撃場に人体を模したボロボロの木の人形がうなだれる様にして佇んでいた。

(作ってすぐ試す。そして試してはまた調整を加えて試す。それを……それだけをこの部屋で)

 テトラという工作員は一日のほとんどを、いや、一年のほとんどをこのサイクルの中で過ごすことを強いられていた。そのためだけの彼女だけの部屋。

(この部屋マルベリさんのところと……)

 既視感の正体はそれだ。六花とリコリスは町の古着屋、ふわり屋の地下でこの部屋を見ている。

 まるで同じ設計図が使われているのかと思うくらいに何もかもが同じ、仕事の全てを同じ空間でこなす。工作員を部屋から出させないための部屋。

「珍しい来客じゃな。予約は受けていないはずじゃが?」

 特徴的な容姿としゃべり方。忘れもしない。前回の仕事の時にホテルで見た小さな女性。テトラ。彼女は白衣に身を包み、いかにも科学者らしい見た目をしていた。

 不釣り合いなのは見た目の年齢が10代前半から半ばにしか見えないところくらいなもの。六花どころかリコリスが組織に来る以前から今のポストで仕事に従事しているらしく、実年齢について知っている者は少ないという。

 彼女の用意する武具類は日本産と海外産でおおよそ6対4くらい。若干日本のものが多いようだが、一体彼女は人生のどこでそのルートを築きあげたのか。それは組織の中でもトップクラスのセキュリティでガードされた機密のようで、彼女に武器を頼むリコリスも知らないようだ。

「突然すみません。急ぎでお願いしたい事があって」

「ほい、デリバリー椛で~す。料金は後で振り込んどいてね」

「……置いといて。お前さん、確かヘキサとか言ったのう?生きてたとは聞いておったが、……もう働けるのかの?」

 リコリスの言葉をサラッと流すとテトラはデスクに腰掛けたまま2人に向き直った。

「今度ペスカにあった時に許可が降りればって感じです」

 身体に問題がないとは言えない。しかし、全く動けないほどの重体でもない。

 例え彼女から許可が降りなくとも最低限問題のない範囲まで回復していることは感覚で理解していた。

 自分のことは自分が一番よくわかっている。

「そう」

 テトラは自ら聞いたことだと言うのに、六花の容体にさほど興味はなかったらしく素っ気ない返事を返す。デスクを立ち後ろの書類が詰め込まれたラックに視線を移した。

「急ぎの用と言っとったな。今日は資料の整理の予定だったのじゃ。手短に済ませよ」

 彼女はデリバリーの袋に手を伸ばしハンバーガーを頬張りながら、黙々と書類を整理し始める。

 彼女は資料の整理の予定だったと言ったが、時計はすでに20時を指していた。今日という日はもう終わりに差し掛かっているというのに、書類たちに整理されている様子は全くない。

「本当に今日整理する予定だったの?私たちが来たからってんじゃないよね?」

 リコリスがぼそっと漏らしたそんな愚痴を彼女は全く聞き逃さなかった。

「今までは、そうじゃ。別件があったのじゃ。この後はやることもなかったし、やろうやろうと常々考えていた片付けをやろうとしていたんじゃ」

「本当かなぁ」

 リコリスはデスクにも積まれた書類の山に目を向ける。

「あまり見るでない。一応は機密なんだぞ」

「一応って……」

 六花は視界に奇妙な武器のような資料を捉えると、そっと机から目を逸らした。

(紐状の何かを束ねた……武器?変わったものを使う人もいるんですね……)

 そんな武器を六花は見たことがなかった。とても使いやすそうには思えない。結構な長さがあるように思えたが、どう使うものなのだろうか。

 その資料について思考をめぐらせ始めたところで、六花の思考は停止した。六花の頭の中にその道具の情報がまったくなかったからだ。見たことのない道具の使い方がわからないなんてよくあることだ。それに――

"一応は機密なんだぞ"

 ――テトラの言葉を思い出し、六花は頭を振ると考えるのをやめた。

「で、何をしに?って聞いてもここでやることなんて道具の用意くらいじゃろ?何が欲しいんだ。いつものか?」

 テトラは書類を眺めたまま。六花には目もくれず、つぶやいた。話しかけられているというよりも独り言を聞いているような感覚。六花は意を決してテトラに告げる。

「装備の変更をお願いします」 

「……は?」

 その時ようやっとテトラは書類から目を離した。

「お前さん……自分のキルスコアを知ってて言ってるのか?」

「キル、スコア……?」

 六花の声は震えていた。

「それは……どういう……?」

 初めて聞いた言葉。しかし、多少の教養しか無い六花にもそれが何を指しているのかうっすらとわかる。それは組織が工作員を評価する指標。六花を評価する指標。

「お前さんは仕事を始めてからまだ2年のヒヨッコじゃ。が、その間にこなした仕事と、殺しの数。それだけで言えばお前さん以上の奴はいないのじゃ。これもそれもあれもどれも、私の装備がお前さんに"合っている"からだ」

 何をおかしなことをと言わんばかりに、むしろ誇らしそうにテトラは語った。と思えば次の瞬間には軽蔑の眼差しを向け六花に詰め寄った。

「それを変えたいじゃと?私の装備が気に入らんと、そう言いたいのか?」

 小さな子どもにしか見えないテトラから発せられるとは到底思えない圧。しかし、六花もそんな事で退く事はできない。

「……違います。」

 毅然とした態度で、一言で心を通す。

「“工作員殺し”。あれを倒すには今のままでは足りないと、そう感じたんです」

「“工作員殺し”のう」

 その名が出た途端、テトラは落ち着きを取り戻した。

「あやつは銃とナイフを扱う……だったか。しかも、私が聞いた限りでは並の使い手ではなさそうだ。お前さんはそれと戦い。何を感じた?」

「……私が、感じたこと?」



「楽しんでいる……ように感じました。戦いをただただ純粋に」

 彼女から感じた事。少なくとも彼女の剣筋に一切の迷いはなかった。自分の戦う理由に疑いの「う」の字もない。

 戦いの最中笑顔をのぞかせるなど、気持ちを押し殺してナイフを振るう六花には到底考えられなかった。それが彼女と自分の決定的な差。

「楽しむ……ねぇ」

 テトラは厳しい表情で反芻した。

「いや、ヘキサ。お前さんの言葉を否定するわけじゃないぞ。実をいうとウチにもいるのじゃ。血肉に溺れて頭のネジが外れちまったって奴さ。じゃが、そんなのは大抵長くは保たん」

「……っ」

「まぁあまり気にする事はない。時期に工作員殺しも討伐されるだろうさ」

 テトラは彼女のことを脅威とすら考えていないようだった。

「少なくとも“名前持ち”を2人は殺しているんですよ?そんな呑気に……」

 六花の頭に浮かんだのはホリーの顔だった。六花の中にある彼女の姿は淑女という言葉以外に似合う言葉が見つからないような、そんな女性だった。

 彼女以上にこの仄暗い世界に似つかわしくない人もいないと思わせるほどの人物だった。

「思い出してもみろ、あやつらの仕事はなんだ?」

 テトラの問いに答えたのはリコリスだ。

「ホリーは物資輸送。もう1人……弟のカメリアは潜入班にいたんだっけ。じゃあ……情報収集?」

 そうだとテトラは彼女の言葉を肯定する。

「あやつらは戦う事が本旨の戦闘員じゃない。被害は大きいが、工作員が死ぬなんて珍しいことじゃない」

「でも……」

「もういい。話を戻そう。お前さんは装備の変更のために来たんじゃろ?話を聞いてやるから、言うてみい」

 六花は納得いかない気持ちを押し込めると、悩んでいた言葉を吐き出した。

「手持ちのナイフ。あれだけでは足りないんです。……“彼女”と戦うには。まずリーチが足りませんでした。少なくともあと2本。手持ちのものとは別に牽制に使えるナイフが欲しいです。あとワイヤーも」

「袖のじゃダメなの?あれって確か射出出来るんじゃなかったっけ?」

 リコリスが口をはさんだ。彼女の言葉はもっともだ。

 あのナイフはセーフティを外し、腕を振る事で暗器として使えるようになるが、さらにもう一段階存在するセーフティも外す事で刀身の「射出」が可能になる作りだ。

 しかし、アレは手を振る最中で射出されるため狙いをつけづらく、射角も限られている。

「リーチは手持ちのナイフ以下ですし、お世話にはなりましたが、“彼女”相手にあれを当てられるほど隙はもらえないと思います」

「リーチがあって牽制用となると投げナイフになるじゃろうな……。急に変えてお前さんは使えるのか?」

「問題ないと思います。元々のナイフも投げて使ってた事はありますし、テトラさんが使えるように調整してくれるんでしょう?」

 テトラは黙り込んだ。それは職人として使用者にとって一番扱いやすい道具を作り続けてきたテトラにとってこれ以上ないくらい挑戦的な言葉だった。

「言われちゃいましたね。テトラ」

 聞き覚えのある声に六花は振り返る。部屋に入って来ていたのはエランティスだった。

「おかえり~」

 リコリスは笑顔を向けながら彼女に手招きする。

「エランティス。こんなうるさい奴が来るならデリバリーなんか頼まんかったんじゃがのう?」

「それはネペンスに言ってくださいよ。私はただ届いたものを受け取りに行っただけ。ネペンスの言葉を聞いて注文したのは貴女じゃないですか」

 その言葉に何も反論がなかったのかテトラは手にしたハンバーガーに思い切り齧り付いた。


 六花がテトラと話している間、リコリスはリコリスでエランティスと楽しげに話し込んでいた。おちゃらけた様子のリコリスと呆れた様子を見せつつもそれに付き合うエランティス。話の内容は聞こえてこなかったが、そんな普段通りの2人はどこか微笑ましくもある。

 視界の隅に時折映る彼女の姿を見て六花は――

(そうか……リコリスさんも私が誘ったせいでエランティスさんと……)

そんな最悪の可能性に今になって思い至った。
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