社長の×××

恩田璃星

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社長の…愛人?4

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 「え?」

 総務部に戻れる…?

 その言葉を聞いて、急に頭が冷静さを取り戻す。

 辞令をなかったことにするなんて思い付きもしなかった。

 不倫する人たちは嫌いだし、逆立ちしたって受け入れられない。
 だけど、社長も課長も現段階では赤の他人だ。
 幸い近しい人たちにも、二人と個人的に関わりの深い人もいない。

 総務部に戻れれば、これまでどおり二人との接点はなくなり、平穏無事に毎日を過ごして、この会社に入った本来の目的を果たせる。

 初対面に近い課長にこの話をするのは正直気が進まないけれど、背に腹は変えられない。

 覚悟を決めて、課長に身体が触れないよう最小限の弧を描いて体の向きを変え、顔は上げずに課長と向かい合わせになった。

 その様子を見て逃げないと判断したのか、課長はロッカーに着いていた左手を離し、胸の前で腕を組むと半歩だけ後ろに下がった。

 顔を上げなくても、課長がじっと私を見ているのが分かる。

 不思議なことに、その視線は急かすでも脅すでもなく、ただ見守ってるみたいに柔らかいものだった。


 私は自分のパンプスの爪先を見つめたままポツリと告げた。





「私の母親、不倫の末に私を置いて出て行ったんです」




 課長がハッと小さく息を飲んだ音がして、少しの沈黙の後、

「…それ、本当?」

と、驚きと気遣いの入り交じった声で訊かれた。

 「冗談でこんなこと言いません」

 「そんな過去があったなんて想像できないくらい真田さんの持つ空気明るかったから」

 「幸い、母がいなくなっても環境にはかなり恵まれてましたから」

 「...なるほど」

 「だから、そういうことしてる人達と毎日顔を合わせなければならない秘書課での業務はできません」

 恋に溺れ、盲目になっている人たちには到底分からないでしょう?
 周りの人間がどれだけ振り回され、どれだけ傷つくかなんて。

 他人わたしの話じゃ目を醒まさないことくらい分かってるけど。

 「と、いうわけで、総務部に戻してください!!」

 課長に触れないギリギリの角度まで頭を下げて、丁重にお願いをした私に、課長は

 「うん、ダメー」

 恐ろしく軽い調子で返事をされて、思わずずっこけそうになった。

 「酷っ。騙したんですか!?ちゃんと理由言ったのに!!」

 「『理由によっては戻す』とは言ったけど、『理由を言ったら戻す』とは言ってないよ」

 う…確かに。

 「じゃあ…社長との不適切な関係を解消してください。でなきゃ私が会社辞めます」

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