社長の×××

恩田璃星

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社長の…愛人?5

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 「ずいぶん必死だね」

 課長の声色は少しも動揺を見せない。

 まぁ、私なんかが退職をチラつかせたくらいで絶ち切れるような関係なら、最初から道ならぬ恋に走ったりしないよな。

 と思っていたのにー。

 「分かった」

 「えぇっ!?そんなあっさり!?」

 「何驚いてるの?真田さんが望んだことでしょ?」

 「いえ、そうですけど!!な、何で!?」

 「優秀な人材は会社の財産だからね」

 ってあなた、ただの課長なのに!?
 という突っ込みは心の中に留めた。

 誰の評価か知らないけど、そんなふうに言ってもらえたのが嬉しくて、素直にお礼を伝えた。

 こんなにアッサリ承諾してもらえるなんて。
 社長を見つめる課長の眼差しは、母がを見つめた時のそれと同じに見えたのに。


 「でも、一つだけ条件がある」


 課長は組んでいた腕を解いて、今度はゆっくり、片手ずつロッカーにくっつけていった。

 何となく、いや、明らかに逃げられない状況に追い込まれている気がする。

 私の過去の話をしたとき以外、絶えず刻まれていた目尻のシワは、跡形も無くなっていて、眼差しの鋭さに一体どんな要求をされるのか身構えた。





 「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」




 「へ?」



 「ほら、こんなふうに」



 課長は、ロッカーに突っ張っていた肘を、ゆっくりゆっくり折っていく。

 二人の顔の距離が、どんどんゼロに等しくなりつつあるのは分かっているのに、金縛りにあったみたいに声も出せず、体も動かない。

 課長の唇からふっと漏れた吐息が私の唇にかかった瞬間、ようやく術が解けたように

 「無理ですっ!!!」

と、絶叫して両手で課長の顔を覆うようにして引き剥がした。

 ところが、キスを回避できたことに油断した私の両手を、課長はしっかり掴むと、そのまま自分の顔に押し当てた。

 そして私の手の中で課長の唇が開いた感触がしたと思ったら、ちゅうっと音がして、掌に吸い付かれた。

 「ぃひゃぁっ!?」

 温かくて湿った感触に驚いた私は、慌てて手を引っ込める。

 再び現れた課長の顔は、逆上のぼせたみたいに赤くなった私とは対照的に余裕たっぷりで、それが更に私の羞恥心を煽った。

 「な、何するんですか!」

 「え?俺何かしたかな?」

 課長はニコニコしながら思いきりしらばっくれている。

 「掌にキ、キ、キスっ!」

 涙目で抗議する私を、今度は不思議そうに見下ろす。


 「...その反応は計算?本物?」





 課長の行動も言動も、すべてが意味不明だ。

 真意を見極めようと課長の表情を観察していると、誰かのデスクに置いてある時計が「ピピッ」と短く鳴って昼休みの終わりを告げた。

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