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第四章 語られぬ約束
トラウデル・ユンゲの日記(3)
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透明人間は頭を振りながら立ち上がった。浅く呼吸を繰り返して、一度大きく空を仰いだ。
「信じられねえ!」
表情は見えなかったが、声に含まれた驚愕が伝わってきた。
「信じられねえよ! こんな靴屋の小人みたいな兄ちゃんに手も足も出ねえなんてよ!」
透明人間の包帯はところどころがはずれて、向こう側がいくつも透けている。彼はその切れ端をつかみながらしゃべり続けた。
「そうかよ! そうかよ! 俺のレスリングじゃ、お前には歯が立たねえかよ!」
巨人は包帯をぐるぐると取り外し始めた。濡れた布を次々に外へ放り投げ、彼は腹からの大声を出した。
「わかったよ! 堂々と勝ちたかったけど、もうしょうがねえ! どうしてもチョビ髭を仕留めて来いって、Vサインからお願いされたからな! 処方されたお薬に頼るしかねえや!」
包帯は風雨の中へ飛び去り、声の主が完全に見えなくなっていった。
雨で体の外形はおぼろげにつかめたが、退いて屋根の下に移っていくと、どこにいるのか全くわからなくなっていく。私の部屋にひそんでいたときからだが、改めてこの不可解な現象に恐怖が沸き上がった。
シオタはどうやって対処する気だろう?
そちらを見ると、彼は小さく後ろに飛びのき、素早く振り返って私たちのほうに駆け寄った。しゃがみ込むと床に転がっていた荷物を固定するペグを拾い、するどく頭上に振りかぶった。
「エーイッ!」
独特な気合を放ち、シオタがペグを投擲した。あてずっぽうで透明人間にぶつけるのかと思ったが、そうではない。シオタが狙ったのは透明人間ではなく、貨車の電灯だ。天井の一部は破られていたので、まともに動いているのは一つだけだ。その最後の電球がバリッと音を立てて消えた。
暗闇が舞い降りた。破られた壁の向こうを流れる木々も、隣にだれがいるのかすらわからなくなった。
遅れてシオタの意図を理解した。相手と自分の条件をそろえたのだ。暗闇の中でなら、透明であることの優位性は失われる。純粋な技術勝負ならシオタに軍配が上がる。
「そうかいそうかい。そういう手を使うのか」
闇の中から透明人間の声。
「いいさ。なんでもやりな。こちらもそうさせてもらうからよ」
シオタは答えない。私たちの耳を打つのは雨だけになった。
「信じられねえ!」
表情は見えなかったが、声に含まれた驚愕が伝わってきた。
「信じられねえよ! こんな靴屋の小人みたいな兄ちゃんに手も足も出ねえなんてよ!」
透明人間の包帯はところどころがはずれて、向こう側がいくつも透けている。彼はその切れ端をつかみながらしゃべり続けた。
「そうかよ! そうかよ! 俺のレスリングじゃ、お前には歯が立たねえかよ!」
巨人は包帯をぐるぐると取り外し始めた。濡れた布を次々に外へ放り投げ、彼は腹からの大声を出した。
「わかったよ! 堂々と勝ちたかったけど、もうしょうがねえ! どうしてもチョビ髭を仕留めて来いって、Vサインからお願いされたからな! 処方されたお薬に頼るしかねえや!」
包帯は風雨の中へ飛び去り、声の主が完全に見えなくなっていった。
雨で体の外形はおぼろげにつかめたが、退いて屋根の下に移っていくと、どこにいるのか全くわからなくなっていく。私の部屋にひそんでいたときからだが、改めてこの不可解な現象に恐怖が沸き上がった。
シオタはどうやって対処する気だろう?
そちらを見ると、彼は小さく後ろに飛びのき、素早く振り返って私たちのほうに駆け寄った。しゃがみ込むと床に転がっていた荷物を固定するペグを拾い、するどく頭上に振りかぶった。
「エーイッ!」
独特な気合を放ち、シオタがペグを投擲した。あてずっぽうで透明人間にぶつけるのかと思ったが、そうではない。シオタが狙ったのは透明人間ではなく、貨車の電灯だ。天井の一部は破られていたので、まともに動いているのは一つだけだ。その最後の電球がバリッと音を立てて消えた。
暗闇が舞い降りた。破られた壁の向こうを流れる木々も、隣にだれがいるのかすらわからなくなった。
遅れてシオタの意図を理解した。相手と自分の条件をそろえたのだ。暗闇の中でなら、透明であることの優位性は失われる。純粋な技術勝負ならシオタに軍配が上がる。
「そうかいそうかい。そういう手を使うのか」
闇の中から透明人間の声。
「いいさ。なんでもやりな。こちらもそうさせてもらうからよ」
シオタは答えない。私たちの耳を打つのは雨だけになった。
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