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5.溺愛されることになれていません
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「宮下は、そこに座ってて」
玖堂に促され、俺は大人しくベッドに腰かけた。涙は止まらず、ときどきしゃくりあげるように喉が鳴る。
「あ、あった」
玖堂が、収納ボックスからハンドタオルを取り出した。
俺の隣に腰を下ろし、玖堂がやさしく涙を拭ってくれる。どれくらいそうしていたのか、少しずつ俺は落ち着きを取り戻した。
カーテンの外は、もうすっかり暗くなっていた。
「宮下、お腹すいてる?」
玖堂に問われ、俺は首を振った。食欲がない。とてもじゃないけど、食べられないと思う。
「じゃあ、今日はもうこのまま寝よう」
ベッドをポンポンと軽く叩きながら、玖堂がやさしく笑う。
「……玖堂は」
自分でも、びっくりするくらい声が潤んでいた。
「俺?」
「うん」
ここにいて欲しい。そばにいて欲しい。
「帰らないよ」
俺の気持ちが伝わったのだろうか。俺は安堵しながら、ベッドに横たわった。
玖堂とは手をつないだままだった。でも、足りない。心許ない感じがして、俺はベッドの端に移動した。モゾモゾと動く俺を見て、玖堂が「どうしたの」と不思議そうな顔をする。
ベッドはシングルなので、壁際にいかないと場所を確保できない。
場所というのは、もちろん玖堂が寝るためのスペースだ。
「玖堂も、一緒に寝よう?」
たぶん、ぎゅうっと抱き着いたらこの不安な気持ちは消えると思う。
俺が掛け布団を持ち上げると、玖堂が困った顔になった。
「……いいの?」
「うん」
俺がうなずくと、根負けしたように玖堂は体を横たえた。すかさず玖堂に抱き着く。
「どうしたの」
「……何が」
「今日の宮下は、甘えん坊だね」
俺の髪をやさしく梳きながら、玖堂が言う。
「……こんな俺でもいい?」
玖堂の胸に顔をうずめたまま、俺は訊いた。
「もちろん」
その返答にホッとする。
玖堂からは、かすかにプールの匂いがした。夏の匂いだと思った。たぶんこれから先、夏に関わるすべての事象が、この夜を思い出すトリガーになる。
髪を梳いていた玖堂の手が止まった。
こめかみに、やさしいキスを落とされる。
そこから、体中に余韻が広がっていく。俺は、顔を上げて玖堂を見た。
気づいたら、くちびるが重なっていた。
「やっぱり……」
「うん?」
「プールの匂いがする」
「シャワー浴びたんだけどな」
囁くように会話をした。至近距離だから、このトーンで十分なのだ。
「プールを見る度に、思い出すんだろうな」
「何を」
「キスしたこと」
俺がそう言うと、強い力で抱きしめられた。
「これから、色んなものを食べる度にキスしよう」
「なんだよ、それ」
意味が分からない。
「だって、そうしたら思い出すでしょ? 唐揚げを食べても、目玉焼きを食べても、宮下は俺のことを思い出す」
「……まぁ、そうだな」
「何かの間違いで、離れ離れになるかもしれないだろう? 万が一、そうなったとしても安心だ。俺はいつだって宮下に思い出してもらえる。……絶対、逃がさないけどね」
玖堂が、怖ろしいことを口にする。特に、最後の言葉には情念がこもっていた。
「急に、ヤンデレ要素を増やすなよ」
心臓に悪い。愛が重すぎる。
いや、これくらいで良いのかもしれない。
俺は、本当は淋しくて、いつだって愛されたいと思っているから。
「……俺たぶん、ぐちゃぐちゃに愛されないと死ぬ。そういう性質っぽい」
「だったら、宮下は不死身だ」
玖堂が言い切る。
「え、俺って死なないの?」
「うん。どろどろのぐちゃぐちゃに愛されてるから、俺に」
……どろどろの、ぐちゃぐちゃ。
想像したら、しびれるくらいに幸せだった。
幸せなのに、堰を切ったように涙があふれだす。こぼれ落ちる涙が、目尻からこめかみに伝う。
いつの間にか、仰向けになっている俺を玖堂が見下ろしていた。
玖堂の目には、明らかな熱があった。捕食者の目をしている。やっぱり玖堂はライオンだったなと、ぼんやりした頭で考える。
自分が、今からどうなるかも分かっている。
知らないけど、分かる。
「……俺、小さいかも」
唐突に、懸念事項が頭をよぎった。
愛が重い玖堂なので、そんなことで俺を嫌ったりしないだろう。そう思いつつ、俺は正直に申告した。
「何が?」
「……アレが」
「そうなの?」
「たぶん、いや、分からないけど……」
真っ赤な顔で視線を逸らす俺に、玖堂が悪い顔をする。
あ、こんな顔もするんだと思った。心臓がうるさいくらいにドキドキしている。
「確かめていい?」
もう、声を出すことはできなかった。緊張と、色んな感情が決壊して。
俺は、ただうなずくことしかできなかった。
玖堂に促され、俺は大人しくベッドに腰かけた。涙は止まらず、ときどきしゃくりあげるように喉が鳴る。
「あ、あった」
玖堂が、収納ボックスからハンドタオルを取り出した。
俺の隣に腰を下ろし、玖堂がやさしく涙を拭ってくれる。どれくらいそうしていたのか、少しずつ俺は落ち着きを取り戻した。
カーテンの外は、もうすっかり暗くなっていた。
「宮下、お腹すいてる?」
玖堂に問われ、俺は首を振った。食欲がない。とてもじゃないけど、食べられないと思う。
「じゃあ、今日はもうこのまま寝よう」
ベッドをポンポンと軽く叩きながら、玖堂がやさしく笑う。
「……玖堂は」
自分でも、びっくりするくらい声が潤んでいた。
「俺?」
「うん」
ここにいて欲しい。そばにいて欲しい。
「帰らないよ」
俺の気持ちが伝わったのだろうか。俺は安堵しながら、ベッドに横たわった。
玖堂とは手をつないだままだった。でも、足りない。心許ない感じがして、俺はベッドの端に移動した。モゾモゾと動く俺を見て、玖堂が「どうしたの」と不思議そうな顔をする。
ベッドはシングルなので、壁際にいかないと場所を確保できない。
場所というのは、もちろん玖堂が寝るためのスペースだ。
「玖堂も、一緒に寝よう?」
たぶん、ぎゅうっと抱き着いたらこの不安な気持ちは消えると思う。
俺が掛け布団を持ち上げると、玖堂が困った顔になった。
「……いいの?」
「うん」
俺がうなずくと、根負けしたように玖堂は体を横たえた。すかさず玖堂に抱き着く。
「どうしたの」
「……何が」
「今日の宮下は、甘えん坊だね」
俺の髪をやさしく梳きながら、玖堂が言う。
「……こんな俺でもいい?」
玖堂の胸に顔をうずめたまま、俺は訊いた。
「もちろん」
その返答にホッとする。
玖堂からは、かすかにプールの匂いがした。夏の匂いだと思った。たぶんこれから先、夏に関わるすべての事象が、この夜を思い出すトリガーになる。
髪を梳いていた玖堂の手が止まった。
こめかみに、やさしいキスを落とされる。
そこから、体中に余韻が広がっていく。俺は、顔を上げて玖堂を見た。
気づいたら、くちびるが重なっていた。
「やっぱり……」
「うん?」
「プールの匂いがする」
「シャワー浴びたんだけどな」
囁くように会話をした。至近距離だから、このトーンで十分なのだ。
「プールを見る度に、思い出すんだろうな」
「何を」
「キスしたこと」
俺がそう言うと、強い力で抱きしめられた。
「これから、色んなものを食べる度にキスしよう」
「なんだよ、それ」
意味が分からない。
「だって、そうしたら思い出すでしょ? 唐揚げを食べても、目玉焼きを食べても、宮下は俺のことを思い出す」
「……まぁ、そうだな」
「何かの間違いで、離れ離れになるかもしれないだろう? 万が一、そうなったとしても安心だ。俺はいつだって宮下に思い出してもらえる。……絶対、逃がさないけどね」
玖堂が、怖ろしいことを口にする。特に、最後の言葉には情念がこもっていた。
「急に、ヤンデレ要素を増やすなよ」
心臓に悪い。愛が重すぎる。
いや、これくらいで良いのかもしれない。
俺は、本当は淋しくて、いつだって愛されたいと思っているから。
「……俺たぶん、ぐちゃぐちゃに愛されないと死ぬ。そういう性質っぽい」
「だったら、宮下は不死身だ」
玖堂が言い切る。
「え、俺って死なないの?」
「うん。どろどろのぐちゃぐちゃに愛されてるから、俺に」
……どろどろの、ぐちゃぐちゃ。
想像したら、しびれるくらいに幸せだった。
幸せなのに、堰を切ったように涙があふれだす。こぼれ落ちる涙が、目尻からこめかみに伝う。
いつの間にか、仰向けになっている俺を玖堂が見下ろしていた。
玖堂の目には、明らかな熱があった。捕食者の目をしている。やっぱり玖堂はライオンだったなと、ぼんやりした頭で考える。
自分が、今からどうなるかも分かっている。
知らないけど、分かる。
「……俺、小さいかも」
唐突に、懸念事項が頭をよぎった。
愛が重い玖堂なので、そんなことで俺を嫌ったりしないだろう。そう思いつつ、俺は正直に申告した。
「何が?」
「……アレが」
「そうなの?」
「たぶん、いや、分からないけど……」
真っ赤な顔で視線を逸らす俺に、玖堂が悪い顔をする。
あ、こんな顔もするんだと思った。心臓がうるさいくらいにドキドキしている。
「確かめていい?」
もう、声を出すことはできなかった。緊張と、色んな感情が決壊して。
俺は、ただうなずくことしかできなかった。
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