こじらせ委員長と省エネ男子

みずしま

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5.溺愛されることになれていません

5-10

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 気づいたら、俺は真っ暗な世界にいた。

 ここは、どこだろう……。

 しばらくすると、遠くに小さな光が見えた。少しずつその光が大きくなっていく。まぶしくて、ぎゅうっと目を閉じる。

 次に目を開けたとき、見覚えのある部屋にいた。

 幼少期に暮らした家だと気づいて、これは夢だと納得する。

 いつもの夢と同じで、幼い時分の俺はひとりで遊んでいる。両親の姿は見えない。もうそろそろ、苦しくなってくるはずだ。

 呼吸が浅くなって、そうして、兄が現れるはずなんだけど……。

 いつまで経っても、兄の姿は見えない。

 かわりに、意外な人物が出現した。玖堂だった。

 玖堂は、幼い俺を抱き上げた。

 何か話している。聞こえない。でも、幼い自分は楽しそうにはしゃいでいた。

 夢の中にいる自分は、いつも俯いていた。こんなにうれしそうに笑っているのを見るのは初めてだった。

「良かったな……」

 玖堂は、今の俺だけじゃなくて、幼い頃の俺のところにも来てくれた。

 自分の中の空洞が、少しずつ埋まっていくのが分かる。

 俺は、いつまでも二人の様子を眺めていた。

「……宮下?」

 遠くから、名前を呼ばれている。

 声が近づいてくる。

「宮下」

 何度も呼ばれ、体を揺さぶられて、俺は目を開けた。

「あ、玖堂……?」

 心配そうに俺を見つめる玖堂の顔があった。どうやら、あのまま眠ってしまったらしい。

「宮下、平気?」

 なんでも、また俺は泣いていたようだ。

「大丈夫だよ。ていうか、寝てるのに泣くって……。意味分からないよな」

 俺が苦笑いすると、玖堂の腕にすっぽりと包まれた。

「まだ、朝になってない?」

「うん、夜明け前だよ」

 もうしばらくは、眠れるらしい。

 夏休みは昨日で終わってしまった。今日から学校が始まる。でも、あと少しだけ……。

 玖堂の腕の中で、俺はそっと目を閉じた。





 夏休み明けの教室は、気だるい空気が漂っていた。

 教室に入ると、吉沢が一番最初に俺たちに気づいた。しかし、次の瞬間「うわ」と吉沢がドン引きした顔になる。

「おはよう」

 俺は構わず、吉沢に挨拶をした。

「……ダメだ。宮下までバカになってる」

 そう言って、吉沢が頭を抱える。

「バカってなんだよ」

 思わず、ムッとした。俺はクラスで一番テストの点が良い。かなりの成績優秀者なのだ。

「……玖堂。倦怠期、終わったのか?」

 頭を抱えたまま、吉沢が玖堂を見る。

「倦怠期? そんなの、まだ当分先の話だよ~~」

 いつものおっとりした口調で、玖堂が答える。

 着席すると、クラス中が静まり返っていることに気づいた。違和感しかない。

「なんか皆、静かだな」

 俺は、背後にいる玖堂に話しかけた。

「夏休み明けで疲れてるんだよ」

 なるほど、と俺は納得した。

「いや、皆が静かなのはお前たちの様子がおかしいからで……」

 吉沢は、かなり困惑した風情だった。顔色も悪い。もしかして、体調が良くないのかもしれない。

「様子おかしいって?」

 俺が問うと、吉沢の顔色がますます悪化した。本気で心配だ。

「ずっと手、つないでるじゃん……? というか、抱っこされてるじゃん……?」

 吉沢に指摘され、俺は「あ」と声を上げた。まるで気づいていなかった。吉沢の言う通りで、俺は玖堂としっかり手をつないでいた。

 そして、抱っこされている。 

 俺は玖堂の膝に乗る形で、自分の席に座っていたのだ。

 確かに、これではクラスメイトも驚くはずだ。

「いやーー、ゴメン」

 さすがに恥ずかしくて、頭を掻いた。

 ふいに、怒りのオーラを感じた。周囲を見回すと、新田さんと目が合った。

 白石さんと、唯川さんも俺のほうを見ている。

 彼女たちの眼光の鋭さに恐れおののく。

 勢いよく新田さが立ち上がった。そして、膝から崩れ落ちる。

「あぁ~~~~~! 負けたーーーーー!!」

 床に這いつくばりながら、新田さんが呻く。一体、何の勝負をしていたのだろう。

 明らかに精神的に参っている様子なので、金銭が絡んでいるのかもしれない。心配だ。どうか、法令遵守していることを願う。

「女子力を磨くしかないね……」

 歯ぎしりとともに、静かなつぶやきが聞こえた。白石さんの声だ。

「でも、委員長は男子だから……。方向性がムズい」

 これは、唯川さんの言葉。

「どの方面で努力すれば良いのか分かんない! 清純派優等生こそ至高だってSNSで見てたのに……! だからこんな格好してるのに……!」

「ずっと派手髪にしたかったよね。黒髪JKやってた意味、なかったわ……」

 二人で意味不明な会話をしている。

 会話の断片から推察すると、彼女たちは自分を偽って生きていたのかもしれない。何か事情があるのだろう。俺だって、まさか自分で自分の記憶をすり替えているなんて思いもしなかった。

 皆も、色々あるよな……と共感する。

「まぁ、白石さんと唯川さんの理論は玖堂にも普通に通用したよな。残念ながら、JKじゃなくてDKに持っていかれたけど……。そういう意味では、玖堂もごく普通の男子高校生だったってことだな」

 吉沢が、椅子をギコギコしながら意味深なことを言う。

 腕を組んで、うなずきながら独り言をつぶやいている。吉沢には、彼女たちの会話の意味が理解できているらしい。

 すげぇ……と思っていたら、担任の青山が教室に入ってきた。

 玖堂に抱っこされている俺を見て、青山が破顔する。

「暑いのに、よくやるな~~。やっぱり高校生は元気だな、うん」

 青山は二十代だ。まだまだ若いと思うのだが。

「宮下~~」

 青山に呼ばれた。俺は、玖堂に抱っこされた状態のまま「はい」と真面目に返事をする。

「元気が有り余ってる宮下に、頼みたいことがある。明日の放課後なんだけど~~」

「明日はムリです」

 俺はきっぱりと断った。明日は先約がある。玖堂とデートする予定なのだ。映画を見に行く計画を立てている。なのでムリ。

「絶対に?」

「はい」

 俺は、大きくうなずいた。

「な、なんでだ……!」

 断られるとは想定していなかったのか、青山が大げさに仰け反る。

「ど、どうしたんだ宮下! 体調でも悪いのか? いつもOKしてくれるのに……」

 腑に落ちない、といった表情で青山が俺を見る。

 体調はすこぶる良い。

 ただ、以前と違うのは「褒められたい」欲求が消滅してしまったということ。

 しかし、いきなり全拒否では青山に申し訳ない気もする。

「明後日なら良いですよ」

 俺が別の日を提案すると、青山は一気に「さすが宮下!」と目を輝かせる。

 褒められた。でも特別にうれしいとか、満たされるとか、そういう気分にはならなかった。

 授業が始まる直前、玖堂は自分の席に戻って行った。「じゃあね」と言って、俺に軽く手を振る。

 新田さんをはじめとした女子の面々は、その様子を複雑そうな表情で見ていた。

「早く別れて欲しい……」

「だよね」

「決めた。私、祈るわ」

「あ、それ良いね」

「私も、お祈りする」
 
 女子たちがヒソヒソと相談する声が、チャイムの音に重なって俺の耳にも届く。

 祈るってマジだろうか。まさか、呪うとかじゃないよな……?

 ふいに、背中がぞくっとした。考えれば考えるほど怖い。やはり女子は苦手だと確信する。

 これからの俺の学校生活は、平穏ではないかもしれない。

 しかし、それもひとつの青春といえよう。そんなことを考えながら、俺は教科書のページをめくった。



<了>



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