君の紡ぐ言葉が聴きたい

月内結芽斗

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 やっと高校の駅に着いて、改札を出た。学校までの緩やかな登り坂が、走り続けていた僕の足に抵抗を与えてくるが、それでも校門までたどり着いた。在校生だといっても今日の僕は私服だ。途中ですれ違った先生に呼び止められた。

「君、ここは高校だよ。勝手に入ったら駄目だって」

 どうやら中学生と思われているらしくて、先生は正式な学校見学を申し込むように説明してきた。

「ち、違います! ぼ、僕は二年生の、宮本、奏で、その、よ、用事があっあって……」

「そんなふうに言われても信じられないよ。学生証はないの?」

「がっ学生証は、てっ定期と一緒に入れてて、もっ持っていません」

「……それじゃあ今日は諦めて帰りなさい」

 そんなふうに言われても、明日また宮瀬くんの家に行っても彼はいないかもしれない。学校で部活もしていないかもしれない。僕の気持ちの勢いが凪いでしまうかもしれない。首を横に振る僕に先生は顔を歪めた。その表情に強制的に外に出されるんじゃないかと不安が募る。

「コーチ、そいつ俺のクラスの宮本奏ですよ」

 そのとき、後ろから声がした。思いっきり振り返ると、あの日僕の吃音を話題にして、この前謝ってくれた木下くんが立っていた。

「身分は俺が保証するから入れてあげてくださいよ」

 先生だと思っていたが、サッカー部のコーチだったらしい人は、器用に片方の眉だけをあげてしばらく考える。

「……何かあっても俺は責任取れないぞ?」
「宮本なら何も起きませんよ」

 それならとコーチは見て見ぬふりをしてくれるらしく、そのまま黙って行ってしまった。木下くんを振り返ると小さく笑って、僕に行くように促す。

「あっありがとう」

 木下くんを通り過ぎ、僕は体育館の方に向かった。スパイクが擦れる音と、ボールが床を打って響く音が聞こえてくる。もしかしなくても今は部活中だ。僕が体育館に入ったらみんなの迷惑になるかもしれない。そういうふうに思い至ったのは、靴を脱いで、中に飛び込んでからだった。

「み、宮瀬くん!」

 自分がこんなことをするなんて思わなかった。ドリブルの音が響く体育館で僕の声に気づいたのは、近くにいた数人の部員だけだ。だけど、彼らが動きを止めたことに気づいた他の部員たちも波紋が広がるように動きを止めていく。

 薄暗い体育館に立つ部員たちの目が一度に僕に向けられていることに一瞬息を呑んだが、今更後には引かない。

 一年生の時同じクラスだったから知ってる顔もあって僕の名前を呟くと、そそくさと体育館の奥まで行った。彼の動きに合わせて視線を彷徨わせると、ちょうど体育館の向こう側から僕に視線を向けた宮瀬くんが見えた。

 他よりも体格のいい宮瀬くんがゆっくりと体の向きを変える。

「みっ宮瀬くん!」

 もう一度名前を呼ぶ。静まり返っている体育館に僕の声は異様なほど響いた。宮瀬くんはゆっくりとだけど僕の方に来てくれた。

「奏、どうしたの?」

 僕を見下ろす宮瀬くんの頬に伝う汗に、僕は彼の大事な部活の時間を奪っていることを自覚する。自分が彼と付き合えないと宣言した。自分が彼とは釣り合わないと判断した。なのに、今度は僕は、僕のためにも宮瀬くんに気持ちを伝えなければいけないと思っている。

 どこまでも自分勝手な僕に、宮瀬くんは呆れるだろう。

 ずっと気持ちを伝えてくれていた宮瀬くんに、僕ができたのはただ照れて黙ること。だけど、宮瀬くんを好きだと知った日の僕は、自分の気持ちを宮瀬くんに伝えたいと思ったんだ!

 まだまったく釣り合わない。だけど、もしも気持ちを言葉にする勇気を持てたら、それが自信になったら、そしたら、もっと宮瀬くんに近づけるかもしれない。わかってる。自分本位だ。宮瀬くんを、僕の自己嫌悪を和らげるために利用しているようなものかもしれない。

 でも、伝えるなら今なんだと思う。

 いや、僕は宮瀬くんに伝えたい。宮瀬くんがまだ僕の言葉を聴きたいと思ってくれているのなら、僕は伝えたい!

「宮瀬くん!」
「うん」

「あのっ、そのっぼ、僕は、みっ宮瀬くんのことが……、好きです!」

 大きく吸った息は、大きな声を肺から出した。そのことに自分で驚いた。もう宮瀬くんの顔が見れない。すっかり下を向いてしまった僕の耳には何も聞こえてこない。

 少しずつ自分のしていることを自覚し始める。家を飛び出して死に物狂いで、ここまで走ってきて、部活の邪魔をして……。

「ぼっ僕はその、み宮瀬くんとはつ、釣り合わないけど、でも――っ!」

 思い切りハグをされた。自分を包んでいるのが宮瀬くんの腕だということはなんとなくわかった。ほんのりと汗の匂いを滲ませる湿った練習着の向こうで、胸が大きく上下している。

「奏、奏の気持ちもう聞いたからね?」
「……うん」
「もう付き合うってことだよ?」
「う、うん」

 宮瀬くんが僕を離して、掬うように顔を上に向けさせた。

「奏、好きだよ」

 微笑む宮瀬くんの瞳は今にも泣きそうにキラキラしていて、僕はすっかり見惚れてしまった。まだ僕は宮瀬くんには釣り合わないけど、勇気を出せた自分に誇って、少しは胸を張ってもいいかもしれないと思える。

 体育館にパラパラと拍手が響いた。音に釣られて周りを見れば、何人かの部員が僕たちに生暖かい目を向けて「おめでとう」と口を動かしていた。

 僕は自分が公開告白をしてしまったことに、ここでやっと気づいた。いつの間にか近づいてきていた江川くんがにやりと笑う。

「今日、コーチがいなくてよかったな?」

 真っ赤になった僕の頬を宮瀬くんが何度も撫でてくれた。



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