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終 祝われた子
あなたは愛されていた
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「設定した期限より、一週間も早い。すでに答えは決まっているようだな、アウローラ殿下」
「はい、フィリベルト陛下。私の答えは確定しております」
「では、さっそく聞かせてもらおうか」
──第一位、ヴァルフリード皇子。
皇帝フィリベルトの実子として。最年長の二十五歳であり、出生順から鑑みても、第一位に適格。
──第二位、イザーク皇子。
ヴァルフリードが皇帝フィリベルトの実子であると確定した以上、皇弟ジルヴァンの長子である。出生順では二十歳の彼は最年少であるが、フィリベルトのジルヴァンへの絆と恩義を考慮すれば、第二位とするのがふさわしい。
──第三位、アガーテ皇女。
出生順では真ん中だが、何よりも皇女本人の辞退する意思が固いため、フィリベルトの本意としては、やはりその希望を叶えたいはず。よって、第三位である。
「これで、いかがでしょうか」
アウローラの微塵も迷いのない回答に、フィリベルト帝は微笑んだ。
「……見事、正解だ」
フィリベルト帝は立ち上がると、絹礼装の裾を引きずるようにして、アウローラの前へ歩み出る。
「アウローラ殿下はゲームに勝利なさった。したがって、レンゼル領は返還、レンゼル王国として再興することを許可する。また、皇子ヴァルフリードは……皇位継承権を剥奪、すなわち廃嫡とする」
ヴァルフリード皇子は、逞しい肩を細かく震わせていた。アウローラが彼のことを「フィリベルト帝の実子」と明言してのけたからに他ならない。
「どういうことでしょうか、フィリベルト陛下」
声までを蒼白にさせて、ヴァルフリードは今一度、尋ねた。自分の父親は、皇弟ジルヴァンのはずで。
「おまえは、私の、このフィリベルトの息子だ」
「ですから、どういうことでしょう」
まったく事態を飲み込めていないヴァルフリードだった。アウローラはフィリベルトに代わって、ヴァルフリード出生の真相を説明してみせた。
ヴァルフリード皇子は皇帝フィリベルトと愛妾ジークリットとの間の子であること。
皇弟ジルヴァンはそれを承知で、「行方不明になったという設定の自分の愛妾との子」として厳しく育てあげたこと。
愛妾ジークリットは正妻ローザリンデと名前を変えて、今も健在であること。
「では……私の二十五年は……」
それを聞いたヴァルフリードは、自分の腕を抱え込むようにして、ずっと震えていた。何一つとして、理解できていないようだった。
♢
結論から言えば、アウローラの認識には一つ誤りがあった。愛妾ジークリットは、フィリベルトやジルヴァン、そしてイザークにも持病をひた隠しにしていたのだ。
内臓の病気で、発見が遅れていたのだという。ジークリットは、誰にも黙ったまま、ひそやかに命を終えるつもりだった。
「──母と話して、けりがついた」
それは、静かな葬儀だった。棺の中の、もう二度と目を開けることはない母の、染め粉で黒く光る髪を眺めながら、ヴァルフリードは隣のアウローラに聞こえるか聞こえないかほどの小声で言った。
「母は、黒い髪のまま、死んだ。皇家の秘密を守って」
──皇家の暗部そのもので染めたような髪のままで。
ヴァルフリードは、母の黒髪を、そう喩えた。哀しい喩えだ……と、アウローラは目を伏せた。
「最後に話せてよかったです?」
ヴァルフリードは、突き動かされたように、様々を話した。今までの人生のことを。母の愛に飢えていたことを。愛に飢えて、たくさんの人を傷つけたことを……。
──ジークリットは全てを謝罪した。
──アウローラとの結婚を心から祝福してくれた。
──手を握りしめていたヴァルフリードの未来を、手を離す最期の瞬間まで、ずっと案じていた。
「……ああ」
偉丈夫のヴァルフリードが、母の棺を前にしては幼子のようだった。ヴァルフリードの頬に透明な線が描かれていく様子を、黒い葬礼ドレスに身を包んだアウローラは声もなく、ただ、見ていた。
アウローラはふいに、ヴァルフリードの綺麗な横顔へと声をかけたくなった。
「ねえ」
「どうした、アウローラ」
ヴァルフリードは、そのまま母の亡骸の顔を見つめている。
「うちの国の王配になりません? 私、これからきっと、レンゼル女王になりますから」
そこで、ヴァルフリードはアウローラの菫色の瞳に焦点を合わせた。長い睫毛がゆっくりとまたたいた。
「……本当か」
「脂ののった鴨が、湖にいっぱいいます」
秋になれば、ドングリを山ほど食べた獣が、あちらこちらに、ごろごろいる。食欲旺盛なのだから、自分で食べる肉くらい自分で獲ってこい。
「そうか」
「それに、庭木のイチジク、食べ放題ですよ」
木登りを不安に思うなら、そばで見守っていてほしい。いちいち言い訳するのが、面倒だ。
「よし」
「そうだ。この際ですから、ただ、『ヴァル』と呼んでもよろしいですか」
これは別に、もっと親しくなりたいという理由からではない。女王が夫に「様」と付けるのは、いかにもおかしい。
「未来の女王陛下、仰せのままに」
理屈を捏ねるアウローラに、ヴァルフリードは花のような笑みをこぼす。……ずるい笑顔だ。
「いい子ですね、ヴァル」
そして──あなたは、愛されていた。
「はい、フィリベルト陛下。私の答えは確定しております」
「では、さっそく聞かせてもらおうか」
──第一位、ヴァルフリード皇子。
皇帝フィリベルトの実子として。最年長の二十五歳であり、出生順から鑑みても、第一位に適格。
──第二位、イザーク皇子。
ヴァルフリードが皇帝フィリベルトの実子であると確定した以上、皇弟ジルヴァンの長子である。出生順では二十歳の彼は最年少であるが、フィリベルトのジルヴァンへの絆と恩義を考慮すれば、第二位とするのがふさわしい。
──第三位、アガーテ皇女。
出生順では真ん中だが、何よりも皇女本人の辞退する意思が固いため、フィリベルトの本意としては、やはりその希望を叶えたいはず。よって、第三位である。
「これで、いかがでしょうか」
アウローラの微塵も迷いのない回答に、フィリベルト帝は微笑んだ。
「……見事、正解だ」
フィリベルト帝は立ち上がると、絹礼装の裾を引きずるようにして、アウローラの前へ歩み出る。
「アウローラ殿下はゲームに勝利なさった。したがって、レンゼル領は返還、レンゼル王国として再興することを許可する。また、皇子ヴァルフリードは……皇位継承権を剥奪、すなわち廃嫡とする」
ヴァルフリード皇子は、逞しい肩を細かく震わせていた。アウローラが彼のことを「フィリベルト帝の実子」と明言してのけたからに他ならない。
「どういうことでしょうか、フィリベルト陛下」
声までを蒼白にさせて、ヴァルフリードは今一度、尋ねた。自分の父親は、皇弟ジルヴァンのはずで。
「おまえは、私の、このフィリベルトの息子だ」
「ですから、どういうことでしょう」
まったく事態を飲み込めていないヴァルフリードだった。アウローラはフィリベルトに代わって、ヴァルフリード出生の真相を説明してみせた。
ヴァルフリード皇子は皇帝フィリベルトと愛妾ジークリットとの間の子であること。
皇弟ジルヴァンはそれを承知で、「行方不明になったという設定の自分の愛妾との子」として厳しく育てあげたこと。
愛妾ジークリットは正妻ローザリンデと名前を変えて、今も健在であること。
「では……私の二十五年は……」
それを聞いたヴァルフリードは、自分の腕を抱え込むようにして、ずっと震えていた。何一つとして、理解できていないようだった。
♢
結論から言えば、アウローラの認識には一つ誤りがあった。愛妾ジークリットは、フィリベルトやジルヴァン、そしてイザークにも持病をひた隠しにしていたのだ。
内臓の病気で、発見が遅れていたのだという。ジークリットは、誰にも黙ったまま、ひそやかに命を終えるつもりだった。
「──母と話して、けりがついた」
それは、静かな葬儀だった。棺の中の、もう二度と目を開けることはない母の、染め粉で黒く光る髪を眺めながら、ヴァルフリードは隣のアウローラに聞こえるか聞こえないかほどの小声で言った。
「母は、黒い髪のまま、死んだ。皇家の秘密を守って」
──皇家の暗部そのもので染めたような髪のままで。
ヴァルフリードは、母の黒髪を、そう喩えた。哀しい喩えだ……と、アウローラは目を伏せた。
「最後に話せてよかったです?」
ヴァルフリードは、突き動かされたように、様々を話した。今までの人生のことを。母の愛に飢えていたことを。愛に飢えて、たくさんの人を傷つけたことを……。
──ジークリットは全てを謝罪した。
──アウローラとの結婚を心から祝福してくれた。
──手を握りしめていたヴァルフリードの未来を、手を離す最期の瞬間まで、ずっと案じていた。
「……ああ」
偉丈夫のヴァルフリードが、母の棺を前にしては幼子のようだった。ヴァルフリードの頬に透明な線が描かれていく様子を、黒い葬礼ドレスに身を包んだアウローラは声もなく、ただ、見ていた。
アウローラはふいに、ヴァルフリードの綺麗な横顔へと声をかけたくなった。
「ねえ」
「どうした、アウローラ」
ヴァルフリードは、そのまま母の亡骸の顔を見つめている。
「うちの国の王配になりません? 私、これからきっと、レンゼル女王になりますから」
そこで、ヴァルフリードはアウローラの菫色の瞳に焦点を合わせた。長い睫毛がゆっくりとまたたいた。
「……本当か」
「脂ののった鴨が、湖にいっぱいいます」
秋になれば、ドングリを山ほど食べた獣が、あちらこちらに、ごろごろいる。食欲旺盛なのだから、自分で食べる肉くらい自分で獲ってこい。
「そうか」
「それに、庭木のイチジク、食べ放題ですよ」
木登りを不安に思うなら、そばで見守っていてほしい。いちいち言い訳するのが、面倒だ。
「よし」
「そうだ。この際ですから、ただ、『ヴァル』と呼んでもよろしいですか」
これは別に、もっと親しくなりたいという理由からではない。女王が夫に「様」と付けるのは、いかにもおかしい。
「未来の女王陛下、仰せのままに」
理屈を捏ねるアウローラに、ヴァルフリードは花のような笑みをこぼす。……ずるい笑顔だ。
「いい子ですね、ヴァル」
そして──あなたは、愛されていた。
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