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3.私、困ってます〜侍女視点〜②
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――侯爵は亡くなった妻を蘇らせたらしい。
この国において魔術師とはベールに包まれた存在。魔力を持って生まれた者がなれると聞いているけど、そもそも魔力なんて何のことやらというのが、殆どの者の感覚だ。
それほどに希少かつ貴重でなのが魔術師。
魔術師である侯爵は最愛の妻の魂をこの世に縛り付けている。詳細は知らないし、聞いても理解なんて到底出来ないだろう。
『お前達に求めるのは、リリアに誠心誠意仕えることだ。彼女の平穏を乱したら許さない』
提示された給金は破格だった。ただ、それと引き換えに沈黙の誓約――他言したら死に至る魔術を刻むと言われた。
視える者は大抵まともな仕事に就けない。視えたゆえの行動を理解されず、頭のおかしい奴扱いされるから。普通のふりしようとしても、未練を残しこの世に残っている魂に邪魔される。
だから、視える私達は侯爵の条件をのんだ。……生活していくために仕方なく。
雇用された視える者達は、恐る恐る勤めだした。
なぜなら、この世で彷徨っている魂は最悪なのが常だったから。もともと碌でもない人だったのか、それとも残っているうちにそうなったのかは分からないけど。
でも、私達の憂いはすぐに消えた。
奥様はよく笑い、とても気安く、死人とは思えないほど清らかだったから。私達が彼女のことを慕うようになるのに時間は掛からなかった。
奥様は魂だけの存在なので、私達は触れることは叶わない。ただし、侯爵だけはなぜか物理的に触れられる。
そして、奥様は屋敷の中にある物――生き物以外――には触れることが出来る。物体の方に魔術を掛けて奥様が認識できるようにしているようだ。
だから、奥様は死んでいることに気づかずに普通に生活している。肉体はないはずなのに飲んだり食べたりもしているし。……魔術、恐るべしである。
ただ、膨大な魔力を消費するらしく、術の効力は屋敷のなか限界なのだという。
――これが、危険領域の溺愛の本当の理由。
◇ ◇ ◇
使用人達は奥様に触れないように異常に気をつけて仕えているが、幸いなことに奥様から疑われたことは一度もない。なぜなら『侯爵様が嫌がりますので』といえば、そうだったわねと納得してくれるからだ。
これは侯爵がもともと危険思考の持ち主だったお陰である。
そんな夫で良いんですか? 奥様。
と思わないでもないが、奥様が幸せならそれでいいと思っている。
だが、どんなに気をつけていて不幸な事故は起こるものだ。
『きゃー、体が透けてるわ! あなた、お化けだったの?』
『は、はい?』
ある日、使用人の一人が出会い頭にぶつかり、一瞬だけ腕が重なり合ってしまった。天然思考の奥様は相手のほうがあの世の者と思い込んだ。……とりあえずは、天然万歳。
もし自分が死んでいると悟ったなら、その使用人は消されていただろうから。
奥様にお化け認定された使用人は多額の退職金を渡され穏便に去っていった。……のは過去のことで、現在の対応はちょっと違う。
なにを隠そう、私も三ヶ月ほど前に奥様とぶつかってしまったのだ。
あっ、終わった……。
奥様と一緒に過ごす心地よい時間を失うことが辛くて、私は俯いてしまった。すると、奥様は下から覗き込んできた。
『ゾーイも迷える魂だったのね。どうしてだか、このお屋敷には集まるらしいの。旦那様も気にしていないようだから、良かったら成仏するまでここにいてちょうだい。ね、ゾーイ』
『えっと、……私のこと、恐ろしくはないのですか? 奥様』
『もちろん、驚いたわよ。でも、生きていても死んでいても、あなたはあなたですもの』
奥様が嬉しそうに『死んでいても働いてくれるなら構わないわよね?』と言えば、侯爵も反対はしなかった。
こうして、私は死人第一号として屋敷に残ることになり、今では三号まで増えている。目下の悩みは、死人に対する奥様の気遣いだ。
『俺さ、奥様に聞かれたんだけど。この世への未練はなんですかって』
『実は私も。食べたい物とかあったらお供えするから遠慮なく言って頂戴ねって。ゾーイさんは?』
『お墓参りしたほうがいい? って聞かれたは……』
奥様が使用人に向ける優しさは、死んでいようと生きていようと変わらない。
……ちなみに、私は海に散骨した設定で乗り切った。
死んだ奥様を手放せない侯爵の気持ちがなんとなくだけど分かってくる。彼女の近くにいると、心がふわふわと温かくなるのだ。
視えるからずっと辛い思いをしてきた。何度、忌々しい目を抉ろうとしたことか。でも、この目を持っていて良かったと今は思っている。
屋敷の窓を拭きながら外に目をやれば、奥様と侯爵が手を繋ぎながら庭を歩いている。
離れているので声は聞こえないけれど、奥様が笑っているのは分かる。きっと鈴を転がすような声を上げているのだろう。
侯爵は奥様の手を自分の口元まで上げて、愛おしそうに口づけている。
――美しくも儚い箱庭。
たぶん、神には祝福されていない。魂を無理矢理縛るなんて人の道に背く行為だから。
でも、寄り添う二人の姿を私は出来る限り見ていたいと思ってしまう。この時間がいつまで続くのか知らないけど、私は最期まで見届けるつもりだ。
この屋敷では今日も元気に死人が働いている。成仏させようと気遣う奥様に、なんと答えて乗り切ろうかと頭を悩ませながら。
この国において魔術師とはベールに包まれた存在。魔力を持って生まれた者がなれると聞いているけど、そもそも魔力なんて何のことやらというのが、殆どの者の感覚だ。
それほどに希少かつ貴重でなのが魔術師。
魔術師である侯爵は最愛の妻の魂をこの世に縛り付けている。詳細は知らないし、聞いても理解なんて到底出来ないだろう。
『お前達に求めるのは、リリアに誠心誠意仕えることだ。彼女の平穏を乱したら許さない』
提示された給金は破格だった。ただ、それと引き換えに沈黙の誓約――他言したら死に至る魔術を刻むと言われた。
視える者は大抵まともな仕事に就けない。視えたゆえの行動を理解されず、頭のおかしい奴扱いされるから。普通のふりしようとしても、未練を残しこの世に残っている魂に邪魔される。
だから、視える私達は侯爵の条件をのんだ。……生活していくために仕方なく。
雇用された視える者達は、恐る恐る勤めだした。
なぜなら、この世で彷徨っている魂は最悪なのが常だったから。もともと碌でもない人だったのか、それとも残っているうちにそうなったのかは分からないけど。
でも、私達の憂いはすぐに消えた。
奥様はよく笑い、とても気安く、死人とは思えないほど清らかだったから。私達が彼女のことを慕うようになるのに時間は掛からなかった。
奥様は魂だけの存在なので、私達は触れることは叶わない。ただし、侯爵だけはなぜか物理的に触れられる。
そして、奥様は屋敷の中にある物――生き物以外――には触れることが出来る。物体の方に魔術を掛けて奥様が認識できるようにしているようだ。
だから、奥様は死んでいることに気づかずに普通に生活している。肉体はないはずなのに飲んだり食べたりもしているし。……魔術、恐るべしである。
ただ、膨大な魔力を消費するらしく、術の効力は屋敷のなか限界なのだという。
――これが、危険領域の溺愛の本当の理由。
◇ ◇ ◇
使用人達は奥様に触れないように異常に気をつけて仕えているが、幸いなことに奥様から疑われたことは一度もない。なぜなら『侯爵様が嫌がりますので』といえば、そうだったわねと納得してくれるからだ。
これは侯爵がもともと危険思考の持ち主だったお陰である。
そんな夫で良いんですか? 奥様。
と思わないでもないが、奥様が幸せならそれでいいと思っている。
だが、どんなに気をつけていて不幸な事故は起こるものだ。
『きゃー、体が透けてるわ! あなた、お化けだったの?』
『は、はい?』
ある日、使用人の一人が出会い頭にぶつかり、一瞬だけ腕が重なり合ってしまった。天然思考の奥様は相手のほうがあの世の者と思い込んだ。……とりあえずは、天然万歳。
もし自分が死んでいると悟ったなら、その使用人は消されていただろうから。
奥様にお化け認定された使用人は多額の退職金を渡され穏便に去っていった。……のは過去のことで、現在の対応はちょっと違う。
なにを隠そう、私も三ヶ月ほど前に奥様とぶつかってしまったのだ。
あっ、終わった……。
奥様と一緒に過ごす心地よい時間を失うことが辛くて、私は俯いてしまった。すると、奥様は下から覗き込んできた。
『ゾーイも迷える魂だったのね。どうしてだか、このお屋敷には集まるらしいの。旦那様も気にしていないようだから、良かったら成仏するまでここにいてちょうだい。ね、ゾーイ』
『えっと、……私のこと、恐ろしくはないのですか? 奥様』
『もちろん、驚いたわよ。でも、生きていても死んでいても、あなたはあなたですもの』
奥様が嬉しそうに『死んでいても働いてくれるなら構わないわよね?』と言えば、侯爵も反対はしなかった。
こうして、私は死人第一号として屋敷に残ることになり、今では三号まで増えている。目下の悩みは、死人に対する奥様の気遣いだ。
『俺さ、奥様に聞かれたんだけど。この世への未練はなんですかって』
『実は私も。食べたい物とかあったらお供えするから遠慮なく言って頂戴ねって。ゾーイさんは?』
『お墓参りしたほうがいい? って聞かれたは……』
奥様が使用人に向ける優しさは、死んでいようと生きていようと変わらない。
……ちなみに、私は海に散骨した設定で乗り切った。
死んだ奥様を手放せない侯爵の気持ちがなんとなくだけど分かってくる。彼女の近くにいると、心がふわふわと温かくなるのだ。
視えるからずっと辛い思いをしてきた。何度、忌々しい目を抉ろうとしたことか。でも、この目を持っていて良かったと今は思っている。
屋敷の窓を拭きながら外に目をやれば、奥様と侯爵が手を繋ぎながら庭を歩いている。
離れているので声は聞こえないけれど、奥様が笑っているのは分かる。きっと鈴を転がすような声を上げているのだろう。
侯爵は奥様の手を自分の口元まで上げて、愛おしそうに口づけている。
――美しくも儚い箱庭。
たぶん、神には祝福されていない。魂を無理矢理縛るなんて人の道に背く行為だから。
でも、寄り添う二人の姿を私は出来る限り見ていたいと思ってしまう。この時間がいつまで続くのか知らないけど、私は最期まで見届けるつもりだ。
この屋敷では今日も元気に死人が働いている。成仏させようと気遣う奥様に、なんと答えて乗り切ろうかと頭を悩ませながら。
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