旦那様の溺愛が常軌を逸している件

矢野りと

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4.壊れた魔術師〜友人視点〜①

「侯爵様は今、急用で手が離せないそうです。大変申し訳ございませんが、こちらの応接室で暫くお待ちくださいませ」

「どうせさ、妻にでれでれしているんだろ?」

 俺――ユーザ・ゴウォンがそう言うと、この家に仕える侍女は困った顔をする。たとえ心の中で同意していたとしても、その通りですと言えるはずがない。悪かったなと少し反省する。

「どうせ暇だから、ゆっくりと待っているよ。良かったら一緒にお喋りでもする?」
「では、失礼します」

 彼女は素っ気ない返事をして部屋を出ていってしまった。

 確か、ゾーイって名前だったっけな。

 直接話したことはないが、そう呼ばれていたのを聞いた覚えはある。真面目そうな子だから、軽い話し方をする男は苦手だったのかもしれない。

 この屋敷の当主であるソウレイ・ロースからも、その話し方を直せとよく言われていた。だけど、染み付いた口調は簡単に変えられるものではない。
 それに平民育ちはみんなこんなものだから、気にしていない。

 

 俺はソウレイと同じ魔術師だ。身分差はかなりあるが、彼の親友でもある。だが今日は、お喋りを楽しむために訪問したのではない。


 上から命じられて見舞いという名の監視に来ているのだ。

――監視対象者は壊れた魔術師ソウレイ




 ◇ ◇ ◇


 遡ること一年前、ロース侯爵夫人が誘拐された。あまりに手際の良い犯行で、なかなか手掛かりを掴むことが出来なかった。

 そして、三日後。彼女は森の奥に建てられた粗末な小屋で発見された。

 ――もう虫の息だった。

 衣服は引き裂かれていて、乱暴されたのは明らかだった。そのうえ、爪を剥がされ体中に焼印が押されていた。
 深くまで焼かれたのだろう、小屋の中は肉が焼けた臭いが充満していた。


『……リリアっ、もう大丈夫だ。すぐに治るから』

 ソウレイは妻の体を外套で覆うと、震える手でそっと抱き上げた。医者のもとに運ぶために。

 誰の目にも手遅れだと分かった。しかし、それを告げることなど誰も出来なかった。

 みな歯を食いしばり拳を握りしめ、彼女を運び出そうとする彼のためにわきに避けた。

 これ以上妻の体に負担を掛けないようにと、慎重に足を進めていたソウレイの動きが止まる。己の腕に抱いている妻が懸命になにかを伝えようとしていたから、足音を止めたのだ。

『……だ……んな……さま……』
『私はここにいるよ、リリア。すまない、少しだけ我慢してくれ。すぐに手当をするからな』

 彼女は夫の声には答えず、同じ言葉だけを切れ切れに繰り返した――旦那様と。

 それはソウレイが望んだ呼称だった。妻の声音でそう呼ばれると天にも昇る心地になると、恥ずかしげもなく惚気ていた。


 たぶん、彼女は目も見えず耳も聞こえていないのだ。彼もそれに気づいただろうが、構うことなく声を掛け続ける。死神に付け入る隙を与えまいとしているようだった。

 ……声が途絶えたら終わると分かっていたのだろう。


『リリア、少し水を飲むか? 寒くないか? なにをして欲しい? ああ、そうだ。この前白い花を庭に植えたいと言っていたな。帰ったら一緒に買いに行こう。な、リリア』
『……だん……さま……ひとりにしな……いで』
『ああ、もちろんだ、リリア。……リリ…ア……? お願いだ、逝かない……でリ…リ…ァ………』

 ソウレイは妻だった躯を強く抱きしめて慟哭し続けた。その悲痛な姿は見ていられなかった。




 ――その一週間後、突然に殺戮が始まった。

 最初の犠牲者はソウレイに続く実力の持ち主である魔術師で、その次は老齢の魔術師だった。

 殺害方法はあの森で亡くなったリリアと同じ。ふと消えて、数日後に無惨な体となって家の前にごみのように捨てられ、家族によって発見された。


 何の証拠もないが、復讐が始まったのだと誰もが思った。

 そして、二人目が死んだ直後、数人の魔術師は家に閉じ籠もり、一人の魔術師は保護――牢屋行きを望んだ。


『お願いだ、助けてくれ。私はただロース侯爵夫人の予定を漏らしただけだ。殺しに関わっていない!』

『なんで、そんなことしたんだっ!』

 俺は容赦なく男の顔を何度も殴った。ソウレイの妻の痛みはこんなものじゃないっと怒鳴りつけながら。
 ソウレイは手を出すことなく、黙って聞いていた。

『妻がいなくなって、慌てふためくソウレイ・ロースを笑うだけって聞いてたんだ。こんな事するなんて知らなかったんだよ……。本当にすまない、ロース。お願いだ、許してくれ』

 男は全てを白状した。
 あの誘拐は、実力・身分・容姿・人柄・財力すべてを兼ね備えている魔術師を妬んだ者達仲間の犯行で、勝手に一部の者が暴走したのだと。

 男は望み通りに牢屋に入れられ、裁判を待つ身となった。

 犯行に加担したと名を挙げられた者達の中には、死んだ二名の魔術師と閉じ籠もっている魔術師達も含まれていた。しかし、生きている者は頑として罪を認めなかった。なので、調査を進める一方で、逃亡を防ぐために監視が付けられた。


 ――それでも、牢番や監視を嘲笑うかのように、ひとりまたひとりと殺されていった。


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