身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売

文字の大きさ
139 / 376

9-12 医務室にて

しおりを挟む
 結局エルウィンはアリアドネを抱きかかえたまま一度も降ろす事なく、医務室の前に辿り着いた。

「おい!誰かいるか!」

扉に向かって声を掛けるとすぐ目の前の扉が開かれ、初老の男性医師が現れた。
そして腕にアリアドネを抱き上げているエルウィのの姿を見て驚きの表情を浮かべた。

「これはエルウィン様ではありませんか?!まさかお怪我を…?」

「…しているように見えるか?」

「…いいえ。ピンピンしておられるようですな…ん?もしや怪我をしたのはお前かっ?!」


医師はアリアドネの手首との平から出血していることに気付いた。

「ああ、そうなんだ。このメイドの治療を頼む。手の平と手首、それに左足首を痛めてしまって歩けないんだ」

「あの、でもそれほど大げさにしていただかなくても大丈夫です。怪我と言ってもそれほど大げさなものではありませんので。本当に大丈夫ですから。」

アリアドネは必死に訴えた。

「とにかく医者に診てもらえ。それでどこに運べばいい?」

エルウィンはアリアドネを抱きかかえたまま医務室の中に入って来た。

「それではこちらの椅子に連れてきて頂けますか?」

医師は暖炉の前に置かれた背もたれ椅子を指さした。

「分かった」

短く返事をするとエルウィンはアリアドネを椅子まで運び、座らせた。

「エルウィン様…本当にありがとうございました」

すっかり恐縮してしまったアリアドネは深々と頭を下げた。

「何を言っている。怪我人を助けるのは当然のことだろう?それじゃ頼む。ドク」

「はい」

ドクと呼ばれた初老の医者は椅子に座ったアリアドネの近くによると、早速傷付いてしまった手首と手のひらをルーペで確認した。

「ふむ…傷口はあまり深くはありませんが…あ、少し破片がささったままですね。ピンセットで取り除きましょう。」



「どれ、それでは抜くよ。少し痛むかもしれないが、我慢するんだ」

ドクは診察台に置かれたピンセットを手に取ると、慎重にアリアドネの手の平に刺さっている破片をつまむと声を掛けた。

「はい」

アリアドネの返事を聞いたドクは慎重にピンセットで手の平に刺さったままの欠片をつまみ、引き抜いた。

「…っ!」

その痛みに一瞬アリアドネは顔を歪めた。

「よし、刺さっていた欠片はこれだけだったようだ」

銀のトレーに手の平に刺さっていた欠片を入れるとドクは他の傷口を確認しながらアリアドネに声を掛けた。

「どうもありがとうございます」

丁寧にお礼を言うアリアドネの傍ではエルウィンが立ったまま腕組みをしてブツブツと文句を口にしている。

「何?破片が刺さったままだったのか?全く…あのゾーイとかいう女、何て酷いことをするのだ。今度俺の前に現れたらタダではすまないからな…」

エルウィンはブツブツと文句を言っている。


そんな様子のエルウィンを見ながらドクは思った。

(あのエルウィン様がここまで1人の女性を気に掛けるとは珍しいこともあるものだ。ひょっとすると…)

「よし、それでは出血は止まっているが消毒をして包帯を巻いておこう」

ドクは包帯を手に取った―。



****


「よし、手の平の傷も治療したし、足首を痛めたところもシップと添え木で固定したからもう大丈夫だろう」

治療を終えたドクがアリアドネに声を掛けた。

「どうもありがとうございました」

丁寧にアリアドネは頭を下げた。

「感謝する、ドク。それでは部屋に戻るか‥‥」

エルウィンが声を掛けた時…。


「リアッ!」

大きな声と共に、医務室の扉が勢いよく開かれた―。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

処理中です...