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9-11 その頃の彼等

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 ゾーイが東塔の兵士たちを慰めるメイドとして連れていかれたことなど露知らず、エルウィンは足首を痛めたアリアドネを抱きかかえたまま医務室へ続く廊下を歩いていた。

「も、もう大丈夫です…1人で歩けますから降ろして頂けますか?」

アリアドネは今の状況が落ち着かず、エルウィンに懇願した。

「何を言っている?こんなに足首を腫らしていては1人で歩けるはずはないだろう?」

「ですが、私は怪我をして出血もしております。このままではエルウィン様のお召し物を汚してしまいます。それに服だって濡れておりますので」

何としても降ろしてもらいたいアリアドネは必死に訴えた。
するとエルウィンは呆れ顔で言った。

「お前、俺を誰だと思っている?1年の半分以上は戦場で戦っているんだぞ?その俺が血で汚れる事や、水で身体が濡れることをいちいち気にすると思っているのか?」

「そ、それは…」

思わず言葉に詰まった。

「いいから大人しくしていろ」

エルウィンは聞く耳も持たず、足早に廊下を歩き続ける。

「はい…」

そこまで言われてしまえば、頷くしか他になかった。
そんな2人を偶然目にした使用人たちは全員が驚いた様子で挨拶をしてきたのは言うまでもない。
アリアドネはそれすら苦痛だった。

(困ったわ…城主様ともあろう者が、一介のメイドを抱きかかえて歩いているなんて…これではますます私の立場が…)

城の人々から好機の目で見られる視線が耐えがたく、俯きたいがそれすらも出来ない。
何故なら俯けばエルウィンと視線が合ってしまうからだ。
仕方なく、アリアドネは身体を固くしたままエルウィンに抱きかかえられていたが、不意に声を掛けられた。

「ところで…リア」

「はい」

「お前…ひょっとしていつもあんな目に遭わされていたのか?」

「いいえ。そんなことはありません。いつもならロイが一緒なので」

その言葉にエルウィンは少しだけ反応した。

「ロイが…?」

「ええ、そうですが…。あの、どうかしましたか?」

「いや、何でもない。ミカエルたちが心配するかもしれないからな。急ぐぞ」

「はい」

エルウィンは歩く速度を速めた―。



****

 その頃、地下鍛錬場でロイは騎士達の訓練にあたっていた。

「…」

訓練用の木刀を構えたまま、息も切らさずにロイは無表情で立っていた。
そして彼の足元にはロイによって倒された騎士や兵士たちが無様な姿で床の上に転がり、苦し気に呻いている。

「クッソ…この俺があんな若造に…」
「訓練なのだから少しは手を抜くべきだろう…?」
「あいつ…化け物だ…」

そんな彼らを表情も変えずにロイは見下ろすと尋ねた。

「どうした?訓練はもう終わりでいいか?」

そして木刀を降ろした時…。


「やれやれ…お前は加減という言葉を知らんのか?」

オズワルドがため息をつきながら地下鍛錬場に現れた。

「オズワルド様」

ロイは頭を下げた。

オズワルドは床の上にだらしなく伸びている騎士や兵士たち、そして息を切らして床に座り込んでいる騎士と兵士たちをグルリと見渡すと、呆れ顔で口を開いた。

「全く…何と情けない姿なのだ。たった18の若者1人にやられるとは。お前ら全員今後、鍛錬のメニューを増やから覚悟しておけっ!」

その言葉に全員が不満そうに頷く。

「ロイ」

オズワルドは背後にいるロイに振り向き、声を掛けた。

「はい」

「お前が護衛をしているメイドが他のメイドによって怪我をさせられた」

「え…?」

その言葉にロイが反応したのは言うまでも無い。

「今、怪我の治療のために医務室に行っている。…様子を見てきたらどうだ?」

「…はい」

一言短く返事をするとロイは踵を返し、木刀を床に落とすと足早に地下鍛錬場を出て行った。

その様子を見ていた騎士や兵士たちから騒めきが起こった。

「おい、見たか?ロイの様子を…」
「あいつのあんな顔始めて見た」
「慌てて出て行ったよな?」
「やはり、噂は本当だったか…?」

ロイが新しく護衛騎士についたミカエルとウリエルの専属メイドに熱を上げていると言う噂は既に騎士団や兵士たちの耳にも届いていた。


「フフフ…」

(医務室に行けば恐らくアリアドネと一緒にいるところに鉢合わせするだろう…面白いことになりそうだ)

オズワルドは含み笑いをした―。


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