【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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終焉の始まり その2

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・・・ん?

音のした方へ顔を向ける。
今はもう使わなくなった用具ばかりがしまい込んである、古い用具部屋。
厩舎の一角にありながら、利便性を考え、厩舎内の入口とは別に、外に直接つながる別の扉も設置されていた、はず。

推測が確信に変わる。

どうやら、当たりか。

「・・・兄上? そちらにいらっしゃいますか?」

返事はない。

恐らくは、興奮状態にあるはずだ。
それとも絶望にでも浸っているだろうか。

ゆっくりと、一歩ずつ、用具部屋の方へ進む。

「・・・エイモス家からの使いがありました。状況はあまり理解できていませんが、何があったかの報告だけは受けています。・・・大変でしたね、兄上。心配しましたよ。よくぞご無事で戻ってくださいました」

用具部屋の扉の向こうで、ごとり、と音がした。

焦るな。

「・・・こちらに隠れたのは正解でしたね。父上はエイモス家からの手紙をご覧になって大層ご立腹でしたので、邸の方に直接戻られたら大変な騒ぎになるところでした。ほとぼりが冷めるまで、しばらくここに身を隠した方がいいかと思います」

用具部屋の扉が、軋む音をたてて少しだけ開いた。
扉の陰から、シャルムがそろりと顔を覗かせる。

その怪しい目つきに、リュークは眉根を少し寄せた。

落ち着きがない。
この様子では、ナイフもまだどこかに隠しているかもしれないな。

「・・・大丈夫ですよ、兄上。しばらくは不自由かもしれませんが、欲しいものがあればなるべく揃えるようにしますからね。食べ物でも着替えでも、必要なものは何でもおっしゃってください」

迷っているのか、シャルムはリュークの言葉を黙って聞いている。

「心配はいりません。きっとそのうち、父上の怒りも消えますよ。まぁ、ここは快適とはとても言えませんが、どうか今しばらくご辛抱ください」
「リュー・・・ク・・・」

シャルムの声は、呆然としていた。
リュークザインは、ゆっくりと、相手を落ち着かせるようにシャルムの言葉を受ける。

「はい、何でしょうか? 兄上」
「お前・・・オレを助ける・・・つもり、か・・・?」
「もちろんですとも。こちらにおられるのがわかってホッとしました。ただ、しばらくは誰にも見つからないように気をつけないといけませんね。兄上に何かあったら大変ですから」

シャルムがじっとリュークを見つめる。
リュークも、まっすぐに兄を見返す。顔に貼り付けた、優しげな微笑みのまま。

固く握りしめた手には、冷たい汗が滲んでいたけれども。

ーーカランーー

シャルムの足元に、何かが転がった。
それまで握りしめていたナイフが、手からこぼれ落ちたのだと、一拍遅れて気づく。

「・・・とりあえず、今、なにか欲しいものはありませんか? 兄上」
「・・・腹、が、減った」
「わかりました。何か食べるものを探してきましょう。他の者に見つからないよう気をつけなければいけないので、すぐに戻ってこられるか、わかりませんが」
「あと、・・・飲みもの。水と、あと、・・デュール、も飲みたい・・・」
「わかりました。私ひとりでは一度に運べないかもしれませんが」
「・・・シェドラーに・・・頼め」
「わかりました。では、シェドラーには兄上のことを話しておきましょう。なるべく急ぎますので待っていてください」

シャルムがこくりと頷いたのを確認してから、リュークはゆっくりと後ろに下がった。

厩舎の外まで出ると、今まで詰めていた息が大きく溢れる。
掌を見れば、食い込んだ爪の跡から微かに血が滲んで。

・・・覚悟していたつもりだったが。

夜風の寒さを感じる余裕もないまま、先ほど見上げた夜空に再び目をやる。
星の下にはさらに薄雲がかかり、月の薄明かりが儚げにリュークを照らす。

予想以上に、堪えた、な。
自分で思っていたほど、私は兄を嫌ってはいなかったのかもしれない。

リュークの心に迷いはない。
王家への忠誠心は、揺るがぬまま、ここにある。

だがそれでも、体の内に流れる血脈の繋がりは、自分が紛れもなく、ライプニヒの人間だと叫ぶのだ。

一緒に堕ちていけたら、よほど楽だったのかもしれないが。

リュークは少しの間、掌に滲んだ血の色を眺めると、静かに邸の方へ向かって行った。


◇◇◇


「・・・待たせたな」
「いやぁ、そうでもないさ。待っていろとお前からもちゃんと言われてたし。なかなかに趣のある月夜でもあるしな」

樫の木々が立ち並ぶ塀の側。
予測通り、そこに潜んでいたのはベルフェルトだった。

「・・・で、渦中のお人は?」
「思った通り厩舎に逃げ込んでいた。今は使用していない用具部屋の中だ。しばらくそこで身を潜めるように言ったから、後は、数人の監視を屋敷周辺に配置してもらえば十分だろう。必要なものは私かシェドラーが持っていくことになったから、都度、様子を確認して報告する」

弱々しい月の光は、木々に遮られてリュークたちの下へ届くことはなく、互いの表情も見えないまま会話は続く。

「了解。となると、君はしばらく、ここからあまり離れない方がいいだろうね」
「・・・お前の負担がますます増えることになるが」
「仕方なかろう。今はハトもほとんど出払っているからな」

声だけ聞けば、いつも通り。

いつも通り・・・なのだろうか。
・・・私の声も、そう聞こえるだろうか。

「・・・ベルフェルト」
「うん?」
「お前は・・・大丈夫か?」

木々の下、ほぼ暗闇と言っていいほどの陰に佇む2人は、互いを見つめあっている、はず。
見えないけれども気配でわかる。

しばらく無言のまま見つめあい、それからふっとベルフェルトの口から笑いが漏れる。

「もちろん大丈夫だとも。オレは何とも思っちゃいないさ。刺されたと言っても、あいつの怪我は、右掌と肩に少~しばかり深くナイフが刺さった程度だ。やつのしでかした事に比べれば、当然の報いとも言えない程度のかすり傷だからね」

この答えに、リュークも思わず苦笑する。

そうだな。

前から、知っていたよ。
お前は嘘が上手すぎる男だって。

きっと、そんな風にはぐらかすだろうって、わかってたさ。

ベルフェルトの気配が消えるのを確認し、いざ自分も邸に戻ろうとしたその時。
どこかから気配を感じた、・・・ような、気がして。

ほんの、一瞬。

今はもう、すっかり消えて。

気のせいか? だが微かに・・・。

リュークザインの背に、つ、と汗が流れた。
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