189 / 256
視線の先にいる人は
しおりを挟む
「殿下、妹を庇ってくださってありがとうございました。大丈夫だったか? シュリエラ」
ラエラとの結婚式が近づいている上に、最近、仕事がますます忙しくなった兄が、慌ててシュリエラの元にやってきた。
どうやら、つい先ほど会場に到着したようで、ホールに入って早々、激昂するクラウブルの声を耳にしたようだった。
「わたくしは大丈夫ですわ。皆さまに助けていただきましたので」
「間に合ってよかったよ。まさか夜会会場で、ご令嬢に手を上げようとする程の馬鹿だったとはね。ベルが慌てる訳だ」
「・・・慌ててらっしゃいました?」
レオンハルトの言葉に、シュリエラが改めて先程の出来事を思い返す。
いつものように余裕綽々の笑みを浮かべていたけど。
ベルフェルトは、シュリエラにとってはもう一人の兄のような存在だ。
親戚筋ということもあり、幼い頃から顔をあわせる機会もそれなりにあった。
それでも、シュリエラ自身が父の色にどっぷりと染まっていた時期が長く、父と距離を置いていたベルフェルトとは、結局よそよそしい付き合いの時期の方が長いような気がするのだが。
「・・・」
あら? でもちょっと待って。
慌てたのはわたくしを心配してではなくて・・・。
考え事を始めたせいで静かになっただけなのだが、そんな事を知らないラエラは、心配そうにシュリエラの顔を覗き込む。
「シュリエラさま、大丈夫ですか? ご気分でもお悪いのでは?」
「あ、いえ。なんでもありませんわ」
見れば、レオンハルトもアッテンボローもシュリエラの様子を伺っている。
だからシュリエラは、にこりと笑ってみせた。
「あの、そういえばルナフレイアさまは?」
「ああ、仕事に戻ったようだよ。ほら、あそこ」
レオンが手で示す先に、空いたグラスを片付けているルナフレイアの姿が見えた。
昼間の侍女姿とはまた変わっていて、印象が全く違う。
最初に見かけた時は夜会のドレス姿だったが、最早、その時の印象は殆ど残っていない。
シュリエラは首を傾げ、不思議そうに目を細めた。
「毎日お会いしますけれど、まだ慣れませんわ。どのお姿が本当のルナフレイアさまなのか分からなくなってしまいますの」
「まぁ、彼女と知り合ったのもつい最近だしね」
「辺境伯領に籠もっているのは勿体ないですね。このまま王都に残ってくれると私としても助かるのですが」
「こちらで縁談でもまとまれば、そうなる可能性もあるかもしれないけど。どうだろうね」
デサイファミスにこのまま残ってもらいたいリュークザインが思わず漏らした本音に、レオンハルトは、ふ、と笑んでそんな言葉を返した。
「殿下、今日はカトリアナ嬢はどちらに?」
「ああ」
カトリアナの身辺をこれまで以上に気遣っているレオンが、今は彼女の側にいない事実を不思議に思ったリュークザインが尋ねる。
「彼女もここのところ忙しかったからね。今日はお休み」
妃教育もいよいよ佳境に入り、今のカトリアナは王城に毎日通い詰めている状態だ。
そのうえ結婚式の準備も重なり、少し疲労がたまっているのだという。
そんな会話をレオンハルトが兄としている様子を、シュリエラは側で黙って聞いていたのだが。
ふと視界の端に、先ほどクラウブルを連れ出してくれたベルフェルトの姿が映り、会場に戻ったのね、などと考えていた。
ベルフェルトは何かを探すように少し視線を巡らし、目当てのものを見つけたのかある方向へと真っ直ぐに歩いて行く。
「・・・シュリエラ嬢? どうかしたのか、ぼんやりしているみたいだが」
デュールの入ったグラスを差し出しながら、アッテンボローが気づかわしげに問うてきた。
「何でもありませんわ。これ、いただきますわね」
グラスを受け取り、一口、口に含む。
デュールの芳醇な香りが口の中に広がるのを感じながら、シュリエラは目線を上げてアッテンボローの顔を見た。
「貴方こそ大丈夫ですの?」
「え?」
「あの馬鹿がやたらと大きな声で話していましたから、聞こえたのでしょう?」
そこでようやく、シュリエラが言っているのはさっきのクラウブルとやらの吐いた戯言のことだと気付いた。
「家柄しか威張れる所のない能無しの言う事なんて耳を貸す価値もありませんわよ?」
「・・・そうだな」
つん、と顔を背けて辛らつな言葉を吐いているが、その言葉の底にある真意を思うとただただ可愛らしいとしか思えなくて。
「別に気にしていない。というか、あれは実際に俺が思っていた事でもあったし」
「・・・」
「君のことが気になりながらも、ずっと遠巻きにしていたのはそのせいだったから」
「・・・馬鹿馬鹿しい考えですわね」
ふん、と呆れたように息を吐かれてしまい、苦笑を返す。
「確かに馬鹿馬鹿しい考えだった。そのせいで、君とこうして過ごせる時間を長く逃してしまったんだからな」
「反省しているのならよろしいですけれど」
「反省してるし、一生かけて償いたいと思ってる」
アッテンボローの言葉に、シュリエラは驚いて目を瞠った。
「・・・何を大げさな・・・」
「大げさじゃない」
「・・・」
「君を一生大事にしたいんだ」
ぽかんと口を開けたままアッテンボローを見つめるシュリエラは、つい先ほどまで考えていたベルフェルトの視線の先にある人物のことなどすっかり抜け落ちていた。
ラエラとの結婚式が近づいている上に、最近、仕事がますます忙しくなった兄が、慌ててシュリエラの元にやってきた。
どうやら、つい先ほど会場に到着したようで、ホールに入って早々、激昂するクラウブルの声を耳にしたようだった。
「わたくしは大丈夫ですわ。皆さまに助けていただきましたので」
「間に合ってよかったよ。まさか夜会会場で、ご令嬢に手を上げようとする程の馬鹿だったとはね。ベルが慌てる訳だ」
「・・・慌ててらっしゃいました?」
レオンハルトの言葉に、シュリエラが改めて先程の出来事を思い返す。
いつものように余裕綽々の笑みを浮かべていたけど。
ベルフェルトは、シュリエラにとってはもう一人の兄のような存在だ。
親戚筋ということもあり、幼い頃から顔をあわせる機会もそれなりにあった。
それでも、シュリエラ自身が父の色にどっぷりと染まっていた時期が長く、父と距離を置いていたベルフェルトとは、結局よそよそしい付き合いの時期の方が長いような気がするのだが。
「・・・」
あら? でもちょっと待って。
慌てたのはわたくしを心配してではなくて・・・。
考え事を始めたせいで静かになっただけなのだが、そんな事を知らないラエラは、心配そうにシュリエラの顔を覗き込む。
「シュリエラさま、大丈夫ですか? ご気分でもお悪いのでは?」
「あ、いえ。なんでもありませんわ」
見れば、レオンハルトもアッテンボローもシュリエラの様子を伺っている。
だからシュリエラは、にこりと笑ってみせた。
「あの、そういえばルナフレイアさまは?」
「ああ、仕事に戻ったようだよ。ほら、あそこ」
レオンが手で示す先に、空いたグラスを片付けているルナフレイアの姿が見えた。
昼間の侍女姿とはまた変わっていて、印象が全く違う。
最初に見かけた時は夜会のドレス姿だったが、最早、その時の印象は殆ど残っていない。
シュリエラは首を傾げ、不思議そうに目を細めた。
「毎日お会いしますけれど、まだ慣れませんわ。どのお姿が本当のルナフレイアさまなのか分からなくなってしまいますの」
「まぁ、彼女と知り合ったのもつい最近だしね」
「辺境伯領に籠もっているのは勿体ないですね。このまま王都に残ってくれると私としても助かるのですが」
「こちらで縁談でもまとまれば、そうなる可能性もあるかもしれないけど。どうだろうね」
デサイファミスにこのまま残ってもらいたいリュークザインが思わず漏らした本音に、レオンハルトは、ふ、と笑んでそんな言葉を返した。
「殿下、今日はカトリアナ嬢はどちらに?」
「ああ」
カトリアナの身辺をこれまで以上に気遣っているレオンが、今は彼女の側にいない事実を不思議に思ったリュークザインが尋ねる。
「彼女もここのところ忙しかったからね。今日はお休み」
妃教育もいよいよ佳境に入り、今のカトリアナは王城に毎日通い詰めている状態だ。
そのうえ結婚式の準備も重なり、少し疲労がたまっているのだという。
そんな会話をレオンハルトが兄としている様子を、シュリエラは側で黙って聞いていたのだが。
ふと視界の端に、先ほどクラウブルを連れ出してくれたベルフェルトの姿が映り、会場に戻ったのね、などと考えていた。
ベルフェルトは何かを探すように少し視線を巡らし、目当てのものを見つけたのかある方向へと真っ直ぐに歩いて行く。
「・・・シュリエラ嬢? どうかしたのか、ぼんやりしているみたいだが」
デュールの入ったグラスを差し出しながら、アッテンボローが気づかわしげに問うてきた。
「何でもありませんわ。これ、いただきますわね」
グラスを受け取り、一口、口に含む。
デュールの芳醇な香りが口の中に広がるのを感じながら、シュリエラは目線を上げてアッテンボローの顔を見た。
「貴方こそ大丈夫ですの?」
「え?」
「あの馬鹿がやたらと大きな声で話していましたから、聞こえたのでしょう?」
そこでようやく、シュリエラが言っているのはさっきのクラウブルとやらの吐いた戯言のことだと気付いた。
「家柄しか威張れる所のない能無しの言う事なんて耳を貸す価値もありませんわよ?」
「・・・そうだな」
つん、と顔を背けて辛らつな言葉を吐いているが、その言葉の底にある真意を思うとただただ可愛らしいとしか思えなくて。
「別に気にしていない。というか、あれは実際に俺が思っていた事でもあったし」
「・・・」
「君のことが気になりながらも、ずっと遠巻きにしていたのはそのせいだったから」
「・・・馬鹿馬鹿しい考えですわね」
ふん、と呆れたように息を吐かれてしまい、苦笑を返す。
「確かに馬鹿馬鹿しい考えだった。そのせいで、君とこうして過ごせる時間を長く逃してしまったんだからな」
「反省しているのならよろしいですけれど」
「反省してるし、一生かけて償いたいと思ってる」
アッテンボローの言葉に、シュリエラは驚いて目を瞠った。
「・・・何を大げさな・・・」
「大げさじゃない」
「・・・」
「君を一生大事にしたいんだ」
ぽかんと口を開けたままアッテンボローを見つめるシュリエラは、つい先ほどまで考えていたベルフェルトの視線の先にある人物のことなどすっかり抜け落ちていた。
19
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる