【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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恩返しの約束

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「こんなところで油売ってていいんですか?」

空いたグラスを乗せた盆を両手に持ち、厨房へと続く扉を抜けたルナフレイアが、少し呆れを含んだ声でそう言った。

彼女の (臨時)上司は笑いながら肩を竦める。

「つれないな。さっき助けてやったばかりだというのに、もう恩を忘れたか」
「いえいえ、勿論、助けていただいたのは感謝してますけどね」

食器の受け渡し口にグラスをどんどん置きながら、会話は続く。

「それにフェルさまがお強いのもよーくわかってますよ。でもですね、私もそれなりに強いんですからね?」

何処で誰が聞いているかも分からないから、変装時の呼び名を使う。

「あんなに人が集まっている場で一介の給仕が高位貴族に歯向かえば、どんな騒ぎになるか想像つくだろう?」
「まぁ、それくらい分かってますよ。・・・でも」

空になった盆を胸に抱え、くるりと方向転換して相手に向き直る。

「殴られる覚悟くらい、してましたから」
「・・・」
「これでも領地にいる時は見回りとか警備とかしてたんですからね? 揉め事を仲裁するのは慣れてますし、多少の痛みくらい我慢出来ます」

その言葉に、少しの間ベルフェルトは黙り込む。
そして、暫くしてから漸く口を開いた。

「君のことを侮った訳ではない」
「分かってます。貴方は優しい人ですから、ただ放っておけなかったんでしょう?」
「むう、そう・・・そうなのかな」

本人もよく分からないのか、首を傾げている。

「もう一度言いますけどね、私もそれなりですが強いんです。だからフェルさまが一方的に私を守る必要はないんですよ」

その言葉に、それまで通路を進んでいたベルフェルトの足がぴたりと止まる。
そして驚いたように、横に並び立つルナフレイアの顔を見た。

「助けてくれたこと、もの凄く感謝してます。それにとても嬉しかった。でも守ってもらってばかりっていうのは納得できません」

そう言って、胸に抱えていた盆を前に向け、とん、とベルフェルトの胸に当てた。

「だから、この借りは必ず返しますからね。貴方に何かあった時は私が助けます」
「・・・」
「当てにしてていいですよ。ロッテングルムの人間は義理堅いですからね」

そうして浮かべた自信に溢れる笑みに、ベルフェルトは一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。

「・・・なんですか?」
「いや・・・なんだろうな」

何が起きたのか、頭を捻って何やら考え込んでいる。
それから、ふと顔を上げると、少し困ったような顔をして笑った。

「そうか。君はオレを守ってくれるのか」
「? はい、期待しててくださいね。全力で駆けつけて助けて差し上げますから」
「そうか」

一体何がそんなに不思議なのか、ベルは頭を軽く横に振って薄く笑んでいる。

ここで急に以前のことを思い出したルナフレイアは、唐突に話題を変えた。

「そう言えば、素顔のフェルさまって、もの凄く格好いいんですね」
「・・・なんだ? いきなり」

会話の流れについていけないベルフェルトが、目を丸くして聞き返す。

「いえね、この間初めて素顔を見たものですから。あんなに整った顔立ちだとは思ってなかったんでビックリしました」

そう言われて少し思案して、ああ、と肯いた。

「この間,・・? 君がライナスに挑んだ時のことか」
「ええ。それにフェルさまって相当モテるみたいですね。貴方が来てたせいで、あの日は王城が騒がしくて仕方ありませんでしたよ」
「そうか、それは悪かったな」

そうは言いながらも、悪いと思っていない様子は丸わかりだ。
だが、ルナフレイアも今更そんなことを突っ込んだりはしない。

「そういえば、フェルさまは婚約者の方とかいらっしゃらないんですか?」
「・・・まぁ、いないな」
「意外ですね。あんなに人気があるのに。あ、じゃあ、好きな人とかは?」

ただの好奇心からの質問だったのだが。

少し不機嫌そうな表情を浮かべて、でもすぐにそれを掻き消して。
それは見間違いかと思うくらいの、ほんの一瞬。

「・・・くだらないお喋りはここまでだ。そろそろ会場に戻るとしよう」

止まっていた歩みを再開したベルフェルトの後を、ルナフレイアが小走りでついていく。

「そうですね。今日はいろいろと邪魔が入ってしまいましたからね」

だが、まだどこか不機嫌そうな空気を拭えないでいるベルフェルトは、小さな声で「そうだな」とだけ返して、ずんずんと進んで行った。






「ああ、アイスケルヒ、それにブライトン夫人。ミカエライアは元気かい?」

遅れて会場に入ってきたアイスケルヒと未来のブライトン公爵夫人にレオンハルトが挨拶の言葉を送った。

「お気遣いありがとうございます。元気にしておりますわ」
「表情も随分と豊かになりまして、我が娘ながらその可愛らしさにいつも目を奪われております」
「ふふ、相変わらず夫人と小さなご令嬢の話になると、氷の貴公子も形無しの蕩けぶりだね」

普段とは真逆の表情に、最早見慣れたとはいえ少しの声に呆れが混じる。

本人も自覚しているようで、それに対する反論はないようだ。

そんな姿に思わず笑みを浮かべ、「ところで」と先ほどから気にかかっていたことを口にする。

「今日はケインたちが来てないようだけど、昼間会った時はそんな事言ってなかったから気になっててさ。何かあった?」

その質問に、アイスケルヒの表情が曇る。

今は、ただでさえ警戒を強めている時期だ。
レオンハルトが不安そうに視線を揺らすと、夫の隣にいたアリエラが慌てて口を開いた。

「あの、義妹は少し体調が優れないそうで、心配したケインバッハさまがついておられるのですわ」

頭に浮かんだ嫌な予想とは答えが違っていたものの、「体調が悪い」というフレーズはやはり喜べるものではなくて。

「そうか、実はカトリアナも今夜は休みなんだ。疲れが溜まっているらしくてね。エレ・・・ダイスヒル夫人も大したことがないといいけど」
「・・・そうですね。ですが、ご心配は無用かと思いますわ。病気ではありませんので」
「病気ではない・・・?」

驚いて聞き返したレオンだったが、視界には酷く不機嫌そうなアイスケルヒと、そんな夫を困ったように見やるアリエラの姿が映るだけでそれ以上の説明はなく、レオンハルトはその言葉の意味を汲めずにいた。
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