【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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勘違い

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レオンハルトとアイスケルヒたちとの会話はアッテンボローの耳に届いてはいなかった。

彼の眼は、シュリエラに向けられていたから。
だが、その視線は今、熱情から不安へと変わっている。

先ほど見せた眩しいほどの凛々しさがすっかり消えてしまったかのように、どこか呆然と視線を彷徨わせるシュリエラの姿に、アッテンボローは戸惑っていたから。

「・・・シュリエラ嬢?」

今、自分の目の前にいる美しく気高い令嬢が、何故少し悲しそうにしているのか。

想いを素直に吐露したつもりだったが、自分でも気づかぬうちに、何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。

「・・・少し風にあたってきますわ」

漸く口を開いたと思ったら、そんな言葉を告げられ、一瞬アッテンボローは後を追うべきかどうかを迷った。

少しの逡巡の後、不安よりも心配が勝ってその後を追う事にしたアッテンボローは、シュリエラよりもやや遅れて東側のバルコニーの一つに足を踏み入れた。

シュリエラはバルコニーの手すりに両手を置き、外の薄暗い闇に覆われてほとんど見えない庭をじっと見下ろしている。

声をかけるべきかどうか。

アッテンボローは迷った。

だが、もし自分の言ったことで何か思うところがあるのならば、それを聞くべきなのはやはり自分であろう。

自分の想いを誤魔化し続けて、なのに結局、誤魔化しきれなくて、足掻いて、足掻いて、漸くここまで来た。

・・・今更、臆病風を吹かせるな。

そう自分に言い聞かせ、前を向く。

「シュリエラ嬢」

一歩、近づいて声をかけた。

その声に、シュリエラはゆっくりと振り向いて。

何故だろう、少し悲しそうな顔をした。

「大丈夫か? 気分でも悪いのか?」

アッテンボローからの問いに、シュリエラはただ首を横に振って答える。

一体どうしたのか、と問い詰めたくなるほどの変化に、アッテンボローは少しの間、考えて。
それから、出した答えをゆっくりと口にした。

「シュリエラ嬢。もし良かったら、何が貴女をそんなに悩ませているのかを教えてもらえないだろうか」

その言葉に、シュリエラは一瞬、視線を揺らしたが、すぐにアッテンボローをまっすぐに見つめた。

「・・・貴方の本来の役目はわたくしの護衛でしょう?」
「・・・は?」
「いえ、それ以外の理由がある事は既に伺いましたが、本来、兄が貴方に頼んだのはその目的だった筈ですわ」

アッテンボローは、会話の意図が掴めずにどう返答すべきかを迷う。
だがそんな焦りに構うことなく、シュリエラは話を続ける。

「大体、婚約者だと仰いますけれど、現段階ではあくまでも候補ですわ。正式に制約を交わした訳ではありません。なのに何故・・・」
「シュリエラ嬢?」
「何故あんなことを仰るの」

アッテンボローの眼には、シュリエラもまた混乱しているように見えた。
だから努めて静かな声で問い返した。

「あんなこと・・・とは?」
「・・・先ほどの・・・言葉ですわ」

---一生かけて償いたいと思ってる。大げさじゃない。君を一生大事にしたいんだ---

・・・あれか。
だが、あれがどうして。

「・・・俺が婚約者として名乗りを上げるのが不満か?」
「そうではなく」

薄闇の中でもシュリエラの顔は青白い。

一体、何が不安なのか。
何に怯えているのか。

落ち着かせようと肩に手を置き、そっと抱きしめる。
だが、シュリエラの身体はぴくりと跳ねた。

「婚約の話など、警護のためのただの理由付けだった筈です。あんな・・・あんなに真摯に想ってくださらなくていいのですわ」
「シュリエラ嬢?」
「あんな言葉を仰らないで。わたくしは、もう恋愛などしたくないのです」

ぶつけられた言葉に暫しの沈黙が降りるが、それを敢えて壊すかのようにアッテンボローが口を開く。

「それは・・・何故」
「もう二度と、感情に呑まれて愚かな行為に走りたくはありません。・・・前にお話ししましたでしょう? わたくしの想いが引き金になって起きた騒動のことを」

瞬時にホルヘでの会話を思い出す。

あれか。賢者くずれの話をした時の。

シュリエラが何を恐れているのかを理解したアッテンボローは、シュリエラの顔を覗き込んで諭すように語りかけた。

「・・・あれは君のせいじゃない」
「嘘。わたくしの想いが、父が暴走するきっかけの一つになったことは間違いありませんわ」
「シュリエラ嬢、それは違う」
「違わないわ!」

彼女もまた自分とは異なる鎖に縛られていることに気付き、アッテンボローは大きく息を吸いこみ、もう一度語りかける。

「君は巻き込まれただけだ」

だが、シュリエラはそれに直接答えない。

「・・・わたくしは恋愛には向いていないの。だから政略結婚でよいのです。心の伴わない契約関係でよかったのです」
「シュリエラ嬢、君は」
「・・・どうして、わたくしの心を揺らすようなことを仰るの。わたくしはもう勘違いなどしたくないのに」

激しい感情をそのまま吐露するような声に圧倒されながらも、シュリエラの発したひとつの言葉に引っ掛かった。

「・・・勘違い?」

俯いたまま、彼女は答えない。
もう一度問いかけると、彼女は少しの間を置いて口を開いた。

「ええ、勘違いですわ。こんなわたくしに好意を寄せる殿方など、いらっしゃる筈がないのですから」
「・・・は?」

見れば、シュリエラは今にも泣きだしそうな顔をしている。

「・・・勘違いじゃない。ここにいるだろ? 君が好きで好きで、刺繍までやって手を傷だらけにした馬鹿な男が」
「止めて」

アッテンボローの言葉を、シュリエラが遮る。

「側にいてくれるのなら貴方が良かった。ただの契約として傍にいてくれるだけでよかったのに」
「シュリエラ嬢?」
「・・・貴方はわたくしのことなどなんとも思っていない。そしてわたくしも、貴方なんか好きにならない。それでよかったの。・・・それでよかったのに」

彼女の頬を、ひとすじの涙が流れた。
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