転生モブ一家は乙女ゲームの開幕フラグを叩き折る

第1章

第71話 シェリル嬢のあるかもしれない未来

ふと、また脳裏に絵が思い浮かんできた。見晴らしの良い丘の上、薄いピンク色の花が咲き乱れる中に、シェリル嬢が立っている。その後ろに人影。

ーーーここにいたんだ。
ーーーうん……。

ハロルド君がゆっくりとシェリル嬢の所に歩いて行く。隣り合って並んで、丘から見渡せる街の景色を二人で眺める。

少しの間沈黙が続き、ハロルド君が思い切ったように真剣な様子で口を開いた。

ーーー……殿下にさ、『二人は婚約しないの？』って言われちゃったね。
ーーーうん……。

シェリル嬢は丘の上から見える光景に目を向けたまま返事をする。
ハロルド君はシェリル嬢の横顔を見つめている。

ーーー……僕の本当の気持ちを言うと、シェリルと婚約したい。

シェリル嬢は目を見開き驚いたように顔を上げて、ハロルド君の顔を見た。きゅっと唇を引き結び顔が真っ赤に染まっていた。シェリル嬢の目が動揺した様子で微かに揺れ動いた。

ーーーで、でも……。私、……一人娘で……。辺境伯家を継がなくちゃ……。
ーーーうん。分かってる。……僕もテッセン伯爵家を継ぐ身だ。だから……。分かっているんだ。それは難しいんだって。
ーーーう、……うん。

シェリル嬢は悲しげに眉を歪め俯いた。ハロルド君も俯いて哀しげだ。

ーーー……時々、考えてしまう。妹に伯爵家を継いでもらえないかなって……。
ーーーそれは……。
ーーーうん。無理だって、分かってるよ。身体の弱いラミルに伯爵家を背負わせるなんて出来ない。そもそも成人まで……。

ハロルド君は何か言いかけて一瞬息を止め、少し目を伏せてから、無理に口角を上げたような表情になった。

ーーー……ごめん。無理なのは知ってるけど、気持ちだけは伝えたかったんだ。
ーーーうん……。

シェリル嬢は頷き何か言いたげに顔を上げたが、迷ったように唇を僅かに動かしてキュッと引き結んで、また俯いた。
そして、暫くの間、二人は並んで丘から見える光景を眺めていた。


脳裏の光景が見えなくなってからようやく僕は深く息を吐いた。

「……シリアス……！」

なんとも言えない気分になってしまう。
月明かりしかないけれど、落ち着かなくてペンを手にした。
薄暗い光だから、ささっとした線画で記憶に留める程度に二人の後ろ姿を描いた。

シェリル嬢とハロルド君は想い合っているけれど、二人とも家を継ぐ立場だから結婚できないって諦めようとしているのか。

ヒエェ～、婚約かぁ。兄上とかは婚約なんて話は全く出ないし、結婚なんてずっと大人になってからの話かと思っていたよ。
高位貴族は早く婚約するんだなぁ。

そんな事を考えながら、線画を描き、筆を筆洗につけたらまた別の光景が思い浮かんできた。


赤ん坊の声。元気に泣く赤ちゃんが、太くゴツい腕の中に抱えられている。
沸き立つ人々。

ーーーおめでとうございます！未来の辺境伯様の誕生ですね！
ーーーハハハ、ワシも倅が成人するまでは引退出来なくなったよ。
ーーー何をおっしゃる。辺境伯様はまだまだお若いではないですか。

口々に祝いの言葉を告げにくる人達。笑顔を見せる辺境伯様。そのゴリゴリマッチョな太い腕の中に抱えられた赤ん坊は沢山の人達に驚いているみたいに見えた。

壁際にスッと立って笑顔を浮かべていたシェリル嬢の表情が、来客の言葉を聞いた途端に凍りついた。