18 / 19
冬の水族館
しおりを挟む
冬の、心地よい陽射しと寒さの織り交ざった、休日の朝。
俺と凛香は電車に乗っていた。凛香は朝から上機嫌で、自分のリュックにお気に入りのあのシャチのぬいぐるみを入れ、窓の外の移り変わる景色を眺めていた。
「おとうさんのすきなひと」に会ってほしいと話した時、凛香は大はしゃぎで喜んでくれた。金目と会えるのを本当に楽しみにしていて、あと何回寝たら会えるのかと毎日何度も聞かれた。
金目には、俺が凛香に紹介したいと言うよりも先に「凛香ちゃんに挨拶をさせてください」と先を越された。今日は二人の初お目見え、といったところだ。
俺は凛香と手をつなぎながら、待ち合わせ場所の水族館前の広場で金目を探した。今年の夏の夕方に、金目と入った水族館。あれから時は経ったが、人々の恰好がTシャツからダウンに変わっただけで、ここは相変わらず人で賑わっていた。
金目は先に来ていて、他の家族連れに紛れて広場の中央に点々とある石の椅子に座っていた。案の定、遠目からも分かるほど、滅茶苦茶緊張しているようだった。
「金目!」
俺が呼ぶと、金目はこちらに気付き、小走りでやってきた。凛香は、そんな金目の様子をキラキラとした目で見つめていた。俺は昨日凛香とテレビで見た、リスが賢明にこちらに向かって走ってくる様子を思い出した。
金目は俺たちに「おはようございます」と素早く挨拶し、それからしゃがんで凛香と目線を合わせた。
「初めまして、凛香ちゃん。私は金目杏里といいます。凛香ちゃんのお父さんと仲良くさせてもらっています」
緊張しながらも、いつもと同じように丁寧な口調で自己紹介した。その様子を見ていたら、なんだか俺まで変に緊張してきた。凛香は、金目にどんな反応をするだろうか。
凛香は、まるで自分より小さい子を落ち着かせるように、小さい手で金目の頭をポンポンとなでた。
「だいじょうぶだよ、きんちょうしなくていいからね。おとうさんのすきなこは、あんりちゃんっていうんだねぇ。あんりちゃん、よろしくね!」そう言って、金目のことをぎゅっと抱きしめた。
人懐こい凛香に、金目の緊張が少しずつ解けていくのが分かった。
「ラブラブどうしは、てをつなぐんだもんねぇ」と言って凛香が金目の右手を俺に握らせ、自分は金目の左手を握って金目にずっとしゃべり続けていた。金目はまだ少し照れながらも、一生懸命凛香の話を聞いてやっていた。俺が間に入ろうとすると、すぐさま凛香に「おんなどうしのはなしだから、おとうさんはいいの!」と言われてしまった。そのやり取りを、金目が温かい笑顔で見ていた。
3人で過ごす時間はとても穏やかだった。
前回は叶わなかった、昼間のシャチの屋外ショーもしっかり見物することが出来た。シャチのカップルに赤ちゃんが誕生したということで父親一匹だけのショーではあったが、多彩なジャンプと豪快な水しぶきが上がるたびに観客も大きな歓声を上げていた。
目を輝かせてショーに魅入っている金目。それを横で見ていた凛香は完全に「あんりちゃんのおねえさん」気分のようだ。金目の見えないところでこっそりと俺に「あんりちゃんって、かわいいねぇ」としみじみとした面持ちで言った。親子で考えていることが一緒だ。俺も「そうだなぁ」と笑って同意した。
凛香にせがまれたので俺のスマートフォンを貸すと、シャチと一緒に金目を連写していた。おかげで、俺のフォルダが一気に金目だらけになってしまった。
その日は一日水族館で過ごし、金目と凛香はすっかり打ち解けて、また「お父さんを入れて」会う約束をしていた。なんて微笑ましい光景だろう。これからずっと、幸福な時間をこうやって重ねていけたらと心から思った。
パノラマの大水槽の前で、凛香が他の子どもたちと一緒に小さな魚の群れを夢中で眺めているのを、俺と金目は少し離れたところから見ていた。
「金目、今日はありがとうな」と礼を言った。
「いえ、私が凛香ちゃんに会いたかったんです、こちらこそありがとうございました」
はにかみながらも笑顔で礼が返ってきた。その瞳はまっすぐ俺を捉え、微笑みを残したまま視線が凛香に戻った。
金目は素直で、実直で、ひたむきだ。口数自体は決して多い方ではないが、見ていれば分かる。そんな彼女の自然な姿に、俺は惹かれたのかもしれない。
俺は、凛香や他のお客に気付かれないよう、金目をそっと抱き寄せて額に口づけした。自分でも、惚れた女に対してこんなに愛と感謝の気持ちを伝えたいと思うものかと、少し驚いているくらいだ。
「あれぇ、あんりちゃんどうしたの、おかおがまっかだよ!」戻ってきた凛香に聞かれてしどろもどろする金目が可愛くて仕方がなかった。
3人で出口に向かっていると、以前に来た時と同様、帰る客とはまた別に人だかりができていた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!当館のシャチベビー誕生を記念して、これから親子限定参加のジャンケン大会を行いま~す!勝者の方にはなんと!!今回限りの、シャチの親子のぬいぐるみをプレゼントしま~す!勝ち上がり戦ですよ~~はーい参加する方はこちらに寄って寄って~!!」
前回もジャンケンを取り仕切っていたスタッフが頭にハチマキを付け、もはや手慣れた様子で客を呼び込んでいた。それを聞いた金目と凛香は素早く俺を見て「行きましょう!」「おとうさん、いこう!」と同時に言った。
俺はその様子に笑いながら、二人に手を引っ張られて、その人だかりの方へ向かった。
FIN
俺と凛香は電車に乗っていた。凛香は朝から上機嫌で、自分のリュックにお気に入りのあのシャチのぬいぐるみを入れ、窓の外の移り変わる景色を眺めていた。
「おとうさんのすきなひと」に会ってほしいと話した時、凛香は大はしゃぎで喜んでくれた。金目と会えるのを本当に楽しみにしていて、あと何回寝たら会えるのかと毎日何度も聞かれた。
金目には、俺が凛香に紹介したいと言うよりも先に「凛香ちゃんに挨拶をさせてください」と先を越された。今日は二人の初お目見え、といったところだ。
俺は凛香と手をつなぎながら、待ち合わせ場所の水族館前の広場で金目を探した。今年の夏の夕方に、金目と入った水族館。あれから時は経ったが、人々の恰好がTシャツからダウンに変わっただけで、ここは相変わらず人で賑わっていた。
金目は先に来ていて、他の家族連れに紛れて広場の中央に点々とある石の椅子に座っていた。案の定、遠目からも分かるほど、滅茶苦茶緊張しているようだった。
「金目!」
俺が呼ぶと、金目はこちらに気付き、小走りでやってきた。凛香は、そんな金目の様子をキラキラとした目で見つめていた。俺は昨日凛香とテレビで見た、リスが賢明にこちらに向かって走ってくる様子を思い出した。
金目は俺たちに「おはようございます」と素早く挨拶し、それからしゃがんで凛香と目線を合わせた。
「初めまして、凛香ちゃん。私は金目杏里といいます。凛香ちゃんのお父さんと仲良くさせてもらっています」
緊張しながらも、いつもと同じように丁寧な口調で自己紹介した。その様子を見ていたら、なんだか俺まで変に緊張してきた。凛香は、金目にどんな反応をするだろうか。
凛香は、まるで自分より小さい子を落ち着かせるように、小さい手で金目の頭をポンポンとなでた。
「だいじょうぶだよ、きんちょうしなくていいからね。おとうさんのすきなこは、あんりちゃんっていうんだねぇ。あんりちゃん、よろしくね!」そう言って、金目のことをぎゅっと抱きしめた。
人懐こい凛香に、金目の緊張が少しずつ解けていくのが分かった。
「ラブラブどうしは、てをつなぐんだもんねぇ」と言って凛香が金目の右手を俺に握らせ、自分は金目の左手を握って金目にずっとしゃべり続けていた。金目はまだ少し照れながらも、一生懸命凛香の話を聞いてやっていた。俺が間に入ろうとすると、すぐさま凛香に「おんなどうしのはなしだから、おとうさんはいいの!」と言われてしまった。そのやり取りを、金目が温かい笑顔で見ていた。
3人で過ごす時間はとても穏やかだった。
前回は叶わなかった、昼間のシャチの屋外ショーもしっかり見物することが出来た。シャチのカップルに赤ちゃんが誕生したということで父親一匹だけのショーではあったが、多彩なジャンプと豪快な水しぶきが上がるたびに観客も大きな歓声を上げていた。
目を輝かせてショーに魅入っている金目。それを横で見ていた凛香は完全に「あんりちゃんのおねえさん」気分のようだ。金目の見えないところでこっそりと俺に「あんりちゃんって、かわいいねぇ」としみじみとした面持ちで言った。親子で考えていることが一緒だ。俺も「そうだなぁ」と笑って同意した。
凛香にせがまれたので俺のスマートフォンを貸すと、シャチと一緒に金目を連写していた。おかげで、俺のフォルダが一気に金目だらけになってしまった。
その日は一日水族館で過ごし、金目と凛香はすっかり打ち解けて、また「お父さんを入れて」会う約束をしていた。なんて微笑ましい光景だろう。これからずっと、幸福な時間をこうやって重ねていけたらと心から思った。
パノラマの大水槽の前で、凛香が他の子どもたちと一緒に小さな魚の群れを夢中で眺めているのを、俺と金目は少し離れたところから見ていた。
「金目、今日はありがとうな」と礼を言った。
「いえ、私が凛香ちゃんに会いたかったんです、こちらこそありがとうございました」
はにかみながらも笑顔で礼が返ってきた。その瞳はまっすぐ俺を捉え、微笑みを残したまま視線が凛香に戻った。
金目は素直で、実直で、ひたむきだ。口数自体は決して多い方ではないが、見ていれば分かる。そんな彼女の自然な姿に、俺は惹かれたのかもしれない。
俺は、凛香や他のお客に気付かれないよう、金目をそっと抱き寄せて額に口づけした。自分でも、惚れた女に対してこんなに愛と感謝の気持ちを伝えたいと思うものかと、少し驚いているくらいだ。
「あれぇ、あんりちゃんどうしたの、おかおがまっかだよ!」戻ってきた凛香に聞かれてしどろもどろする金目が可愛くて仕方がなかった。
3人で出口に向かっていると、以前に来た時と同様、帰る客とはまた別に人だかりができていた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!当館のシャチベビー誕生を記念して、これから親子限定参加のジャンケン大会を行いま~す!勝者の方にはなんと!!今回限りの、シャチの親子のぬいぐるみをプレゼントしま~す!勝ち上がり戦ですよ~~はーい参加する方はこちらに寄って寄って~!!」
前回もジャンケンを取り仕切っていたスタッフが頭にハチマキを付け、もはや手慣れた様子で客を呼び込んでいた。それを聞いた金目と凛香は素早く俺を見て「行きましょう!」「おとうさん、いこう!」と同時に言った。
俺はその様子に笑いながら、二人に手を引っ張られて、その人だかりの方へ向かった。
FIN
3
あなたにおすすめの小説
お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛
ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。
社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。
玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。
そんな二人が恋に落ちる。
廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・
あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。
そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。
二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。
祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
Perverse second
伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。
大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。
彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。
彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。
柴垣義人×三崎結菜
ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる