【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ

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冬の水族館

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 冬の、心地よい陽射しと寒さの織り交ざった、休日の朝。

 俺と凛香は電車に乗っていた。凛香は朝から上機嫌で、自分のリュックにお気に入りのあのシャチのぬいぐるみを入れ、窓の外の移り変わる景色を眺めていた。

「おとうさんのすきなひと」に会ってほしいと話した時、凛香は大はしゃぎで喜んでくれた。金目と会えるのを本当に楽しみにしていて、あと何回寝たら会えるのかと毎日何度も聞かれた。

 金目には、俺が凛香に紹介したいと言うよりも先に「凛香ちゃんに挨拶をさせてください」と先を越された。今日は二人の初お目見え、といったところだ。

 俺は凛香と手をつなぎながら、待ち合わせ場所の水族館前の広場で金目を探した。今年の夏の夕方に、金目と入った水族館。あれから時は経ったが、人々の恰好がTシャツからダウンに変わっただけで、ここは相変わらず人で賑わっていた。

 金目は先に来ていて、他の家族連れに紛れて広場の中央に点々とある石の椅子に座っていた。案の定、遠目からも分かるほど、滅茶苦茶緊張しているようだった。

「金目!」
 俺が呼ぶと、金目はこちらに気付き、小走りでやってきた。凛香は、そんな金目の様子をキラキラとした目で見つめていた。俺は昨日凛香とテレビで見た、リスが賢明にこちらに向かって走ってくる様子を思い出した。

 金目は俺たちに「おはようございます」と素早く挨拶し、それからしゃがんで凛香と目線を合わせた。
「初めまして、凛香ちゃん。私は金目杏里といいます。凛香ちゃんのお父さんと仲良くさせてもらっています」
 緊張しながらも、いつもと同じように丁寧な口調で自己紹介した。その様子を見ていたら、なんだか俺まで変に緊張してきた。凛香は、金目にどんな反応をするだろうか。

 凛香は、まるで自分より小さい子を落ち着かせるように、小さい手で金目の頭をポンポンとなでた。
「だいじょうぶだよ、きんちょうしなくていいからね。おとうさんのすきなこは、あんりちゃんっていうんだねぇ。あんりちゃん、よろしくね!」そう言って、金目のことをぎゅっと抱きしめた。
 人懐こい凛香に、金目の緊張が少しずつ解けていくのが分かった。

「ラブラブどうしは、てをつなぐんだもんねぇ」と言って凛香が金目の右手を俺に握らせ、自分は金目の左手を握って金目にずっとしゃべり続けていた。金目はまだ少し照れながらも、一生懸命凛香の話を聞いてやっていた。俺が間に入ろうとすると、すぐさま凛香に「おんなどうしのはなしだから、おとうさんはいいの!」と言われてしまった。そのやり取りを、金目が温かい笑顔で見ていた。
 3人で過ごす時間はとても穏やかだった。

 前回は叶わなかった、昼間のシャチの屋外ショーもしっかり見物することが出来た。シャチのカップルに赤ちゃんが誕生したということで父親一匹だけのショーではあったが、多彩なジャンプと豪快な水しぶきが上がるたびに観客も大きな歓声を上げていた。

 目を輝かせてショーに魅入っている金目。それを横で見ていた凛香は完全に「あんりちゃんのおねえさん」気分のようだ。金目の見えないところでこっそりと俺に「あんりちゃんって、かわいいねぇ」としみじみとした面持ちで言った。親子で考えていることが一緒だ。俺も「そうだなぁ」と笑って同意した。
 凛香にせがまれたので俺のスマートフォンを貸すと、シャチと一緒に金目を連写していた。おかげで、俺のフォルダが一気に金目だらけになってしまった。

 その日は一日水族館で過ごし、金目と凛香はすっかり打ち解けて、また「お父さんを入れて」会う約束をしていた。なんて微笑ましい光景だろう。これからずっと、幸福な時間をこうやって重ねていけたらと心から思った。

 パノラマの大水槽の前で、凛香が他の子どもたちと一緒に小さな魚の群れを夢中で眺めているのを、俺と金目は少し離れたところから見ていた。
「金目、今日はありがとうな」と礼を言った。
「いえ、私が凛香ちゃんに会いたかったんです、こちらこそありがとうございました」
 はにかみながらも笑顔で礼が返ってきた。その瞳はまっすぐ俺を捉え、微笑みを残したまま視線が凛香に戻った。

 金目は素直で、実直で、ひたむきだ。口数自体は決して多い方ではないが、見ていれば分かる。そんな彼女の自然な姿に、俺は惹かれたのかもしれない。

 俺は、凛香や他のお客に気付かれないよう、金目をそっと抱き寄せて額に口づけした。自分でも、惚れた女に対してこんなに愛と感謝の気持ちを伝えたいと思うものかと、少し驚いているくらいだ。
「あれぇ、あんりちゃんどうしたの、おかおがまっかだよ!」戻ってきた凛香に聞かれてしどろもどろする金目が可愛くて仕方がなかった。

 3人で出口に向かっていると、以前に来た時と同様、帰る客とはまた別に人だかりができていた。

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!当館のシャチベビー誕生を記念して、これから親子限定参加のジャンケン大会を行いま~す!勝者の方にはなんと!!今回限りの、シャチの親子のぬいぐるみをプレゼントしま~す!勝ち上がり戦ですよ~~はーい参加する方はこちらに寄って寄って~!!」

 前回もジャンケンを取り仕切っていたスタッフが頭にハチマキを付け、もはや手慣れた様子で客を呼び込んでいた。それを聞いた金目と凛香は素早く俺を見て「行きましょう!」「おとうさん、いこう!」と同時に言った。

 俺はその様子に笑いながら、二人に手を引っ張られて、その人だかりの方へ向かった。


FIN
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