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山の朝日
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早朝、まだ少し暗いうちから森に出かけた。
外は昨日触れた窓とは比べようもないほどツンと冷たく、吐く息の白さが山の空気を伝えている。
私たちは、誰もいない森の中を二人で歩いていた。落ち葉をサクサクと踏みしめる音と時折鳥が遠くで鳴いている音しか聞こえない、しんとした森の世界。山の道に不慣れな私の手を、松山さんのあたたかい大きな手がしっかりと握ってくれていた。
昨日は、松山さんの隣で、幸福な気持ちの中いつの間にか寝付いてしまった。一つの布団で二晩も続けて窮屈な思いをさせてしまったことをお詫びしたけれど、凛香ちゃんもよくくっついて寝ているから慣れている、と松山さんは笑い飛ばしてくれた。
こんな風にずっと、松山さんの優しさに触れていたいと思った。今日帰ってしまうのがとても名残惜しかった。あまりにも幸せすぎて、東京に戻ってもこの幸せが続くのか、私はほんの少しだけ不安になっていた。自分の大事な人が突然いなくなる怖さを、私はよく知っている。
山あいからの日の出が見えそうな拓けた場所まで山の道を上り、並んでベンチに座った。私たちは、ロビーの自販機で松山さんが買ってくれたまだ温かい缶コーヒーを飲んだ。体の中がじわりとほぐれる。
空が少しずつ明るくなる。青く澄んだ空気の中、松山さんの表情が目で捉えられるようになってきた。前をまっすぐ見据えるその横顔を見て、私はなんだか無性に泣きたくなってしまった。
「ずっと、こうしていたいです」
絞り出すようにそれだけ言い、自分のほっぺたを松山さんの肩に控えめに寄せた。なんて我儘なんだろう。自分でもそう思ったけれど、言わずにはいられなかった。
「、、、どこにいても変わらない。ちゃんと、金目を大事にする」
松山さんはゆっくりと私の背に腕を回し、肩をきゅっと抱いてくれた。
背中に回されたその腕の温かさから、私の不安に気づいて寄り添ってくれる松山さんの気持ちが痛いほど伝わってきた。そうだ、思えば、松山さんは私が会社に入った時からずっと、私のことに『気づいて』くれていた。それだけで十分だ。そんな人の言うことを、私が信じられなくてどうする。
山の空気と一緒に、自分の中の一片の霧も少しずつ晴れていくようだった。
寒さで顔や足が少ししびれてきた頃、朝日が顔を見せた。
秋の木々の間から山肌が一瞬にして照らされ、サァッと空気が変わる。足元のはるか先にある湖にも太陽の光が反射して、凪いだ湖面を輝かせている。
何もかもを洗い出すような、そんな自然の景色。言葉では言い表せないくらい、本当に綺麗だった。
「徹夜明けで見る朝日とは全然違うんですね」私はとても穏やかな気持ちで呟いた。
「金目、もう会社であんまり無茶しないでくれ。頼むから」松山さんはちょっと困ったように、でも笑いながら答えた。
松山さんは空いている方の手で、私の頬の感触を確かめるようにそっとなでると、
「すっかり冷たくなっちまったなぁ」
そう言って、そのまま私の唇を静かに塞いだ。昨夜からまだ2回目の優しい口づけ。少し緊張したけれど、あたたかくてとても幸せなものだった。
私は夢見心地で、ゆっくりと瞼を閉じた。
外は昨日触れた窓とは比べようもないほどツンと冷たく、吐く息の白さが山の空気を伝えている。
私たちは、誰もいない森の中を二人で歩いていた。落ち葉をサクサクと踏みしめる音と時折鳥が遠くで鳴いている音しか聞こえない、しんとした森の世界。山の道に不慣れな私の手を、松山さんのあたたかい大きな手がしっかりと握ってくれていた。
昨日は、松山さんの隣で、幸福な気持ちの中いつの間にか寝付いてしまった。一つの布団で二晩も続けて窮屈な思いをさせてしまったことをお詫びしたけれど、凛香ちゃんもよくくっついて寝ているから慣れている、と松山さんは笑い飛ばしてくれた。
こんな風にずっと、松山さんの優しさに触れていたいと思った。今日帰ってしまうのがとても名残惜しかった。あまりにも幸せすぎて、東京に戻ってもこの幸せが続くのか、私はほんの少しだけ不安になっていた。自分の大事な人が突然いなくなる怖さを、私はよく知っている。
山あいからの日の出が見えそうな拓けた場所まで山の道を上り、並んでベンチに座った。私たちは、ロビーの自販機で松山さんが買ってくれたまだ温かい缶コーヒーを飲んだ。体の中がじわりとほぐれる。
空が少しずつ明るくなる。青く澄んだ空気の中、松山さんの表情が目で捉えられるようになってきた。前をまっすぐ見据えるその横顔を見て、私はなんだか無性に泣きたくなってしまった。
「ずっと、こうしていたいです」
絞り出すようにそれだけ言い、自分のほっぺたを松山さんの肩に控えめに寄せた。なんて我儘なんだろう。自分でもそう思ったけれど、言わずにはいられなかった。
「、、、どこにいても変わらない。ちゃんと、金目を大事にする」
松山さんはゆっくりと私の背に腕を回し、肩をきゅっと抱いてくれた。
背中に回されたその腕の温かさから、私の不安に気づいて寄り添ってくれる松山さんの気持ちが痛いほど伝わってきた。そうだ、思えば、松山さんは私が会社に入った時からずっと、私のことに『気づいて』くれていた。それだけで十分だ。そんな人の言うことを、私が信じられなくてどうする。
山の空気と一緒に、自分の中の一片の霧も少しずつ晴れていくようだった。
寒さで顔や足が少ししびれてきた頃、朝日が顔を見せた。
秋の木々の間から山肌が一瞬にして照らされ、サァッと空気が変わる。足元のはるか先にある湖にも太陽の光が反射して、凪いだ湖面を輝かせている。
何もかもを洗い出すような、そんな自然の景色。言葉では言い表せないくらい、本当に綺麗だった。
「徹夜明けで見る朝日とは全然違うんですね」私はとても穏やかな気持ちで呟いた。
「金目、もう会社であんまり無茶しないでくれ。頼むから」松山さんはちょっと困ったように、でも笑いながら答えた。
松山さんは空いている方の手で、私の頬の感触を確かめるようにそっとなでると、
「すっかり冷たくなっちまったなぁ」
そう言って、そのまま私の唇を静かに塞いだ。昨夜からまだ2回目の優しい口づけ。少し緊張したけれど、あたたかくてとても幸せなものだった。
私は夢見心地で、ゆっくりと瞼を閉じた。
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