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06.
しおりを挟む目を丸くしたリエラに溜飲でも下げたのか、アッシュが得意げに女性の腰を抱いた。
「当然だろう、クララは私の愛する人だ。二人で国王陛下に真実の愛を訴えれば、私たちの言葉が誠だとお分かり頂ける!」
──だから入れて貰えなかったんですよ!
リエラは絶句した。
想像以上の令息の思考についていけなくて驚いてしまう。しかも国王陛下に謁見て……
「私の尊い血を持ってすれば当然の事だ!」
「……」
えっと、何でしょうか、この人。
陛下の甥は確かに凄いと思うけれど、履き違えてはいけない。そもそも陛下と彼の血は繋がってないのだから。
……それにしても、どこから来てるのだろうこの自信は……
(この人の教育係さん、至急逃げて下さい。あなたの首が飛ぶかもしれません……)
そんなアッシュとリエラのやりとり(?)を、彼の最愛のクララは両手を組み、相変わらず目をうるうるさせて見つめていた。
(……大丈夫かしらこの子。もしかして自分が王子様に見染められたとか勘違いしてないわよね……)
そんな事を考えて呆然としていると、クララがリエラに向き直った。
「謝って下さい、リエラさん! そうすれば私はあなたを許しますから!」
「──へっ?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
え、何を? 何から? 何で?
頭の中でクエスチョンマークが飛び交うリエラを、どう勘違いしたのか、クララは胸に手を当てて目を更に潤ませた。
……零れないの凄い。
なんて場違いな感想が頭を過る。
「伯爵令嬢ごときが、将来の王子妃となる私に対する非礼の数々……今なら許して差し上げます! だからどうか、謝って!」
う、わ。
拳を握った力説に心身共にドン引きする。
(盛大に勘違いしてるよ! 誰なの、この子にこんな事吹き込んだのは!)
「ああ、クララは何て優しいんだ。素晴らしい。君は既に王家に連なる者としての資質を兼ね揃えているね」
「えへへ」
お前か!
てか、否定しなさいよ!
それにこんなのを王家の縁戚に入れるとか、王家をどんだけ醜聞に巻き込む気だ正気かこのア……げほげほ!!
目眩を起こしそうな話に、けれどそれどころではないと必死に自身を叱咤する。
(これ以上この人たちと関わって巻き込まれたくないわ! 死亡フラグが立ってしまう!)
逃げなきゃ!
リエラはキッとアッシュを睨みつけた。
「……セドリー令息、手を離して頂けます?」
向こうがアホだからってこっちもアホになる必要はない。あくまでも冷静に。リエラは自身の手を引いた。
「まだ話しは終わっていない! 父上は家門が傷ついたと怒り、母上は泣いておられるのだぞ! 何もかもお前のせいだというのに!」
あなたのせいですよ、何もかも。
──なんて話、この人に通じるとは思えない。
ぐっと引き寄せられる腕に抗えず、リエラは思わず顔を顰めた。
……というか断りもなく未婚女性に触れた挙句、跡がつくほど掴むって、どれだけの無礼者なのだろう。
「話途中で都合が悪いからと逃げる算段か? 同じ手が二度も通じると思うなよ!」
(いや切実に逃げたいよ! こんな話が通じない不可解な生き物とこれ以上同じ空間にいたくない!)
「離して!」
身体を捩り力任せに腕を振り払う。するとアッシュが紙のようにピュウと飛んでいった。
「えっ」
嘘?
ドサッと音がした。
思わず令息と自分の手を、視線を行ったり来たりさせる。
……細身だとは思っていたけれど、想像以上に紙のようにペラかったようだ。逃げ出すチャンスだけど、目を回して倒れている人を放っておいていいものか躊躇いが生じた。
近づこうかどうしようか迷い、クララの様子を窺うと、リエラの背後を見て固まっていた。
まさか憲兵が? 逮捕されたらどうしようかとリエラも恐る恐る後ろを振り返った。
そこには緊迫した思考を上回るもの。
「う、ウォーカー令息……」
逃げたリエラを追いかけてきたのだろう、息を切らせたシェイドが立っていた。
(やばい、やばい)
頭の中で警鐘が鳴り響くも、四肢は痺れたように動く気配がない。自分の口から魂が半分抜けていったのが見えた。気がした……
「大丈夫ですか? リエラ嬢」
しかし肩に置かれたシェイドの手に、リエラはハッと意識を取り戻した。
(あ、眼鏡……)
いつもの装備は胸のポケットに収められており、前髪も汗で撫で付けられていて、子供の頃以来のご尊顔が全開である。
(クライド殿下にも引けを取らない美しさに目が潰れそう、ああ眼福……じゃなくて──!)
リエラは自分で自分の頬を殴る勢いで目を覚まし、今の状況に戦慄した。
自分は伸びてるセドリー令息から、婚約破棄をされたと称される身の上なのだ。勿論根も歯もない誤解であるのだが、果たして、一見して、……これはどう見えるだろうか……
ぞっと悪寒が背中を駆け上がった。
(誤解なんです! ちょっと手を払っただけなんです! 本当なんです)
切実に言い訳をしたいけれど、焦りが先立ってしまい、どう声を発したらいいのか分からなくなる。必死にあうあうと口を動かしていると、何故かリエラとシェイドの間にクララが飛び込んできた。
「違うんです! 誤解なんです!」
(奇跡のシンクロ!?)
何故かクララと自分の心情が一致し、リエラは度肝を抜かれた。
ぽかんと成り行きを見守っていると、クララはリエラとシェイドの間に身をねじ込んで、彼の腕に手を添えた。
(あっ)
シェイドの眉間の皺が深くなる。
「聞いて下さい。私は彼……アッシュの付き添いでここに来ただけなんですが」
そう言ってクララは一筋涙を零した。
(あ、零れた)
なんて場違いな感想を浮かべつつ、リエラはクララの行動に唖然としていた。
「──それをリエラさんに場違いと罵られて叱られて……悲しくて!」
(え、言ってませんが……?)
わっと泣き出す姿に思わず頭が霞んでいく。
はっ、いけない。
気をしっかり持たないと。
あからさまな被害者アピールに思わず動揺したものの……言ってはいないけれど、その通りなのだからとリエラは気を取り直す。
そもそも平民の陳述には手順がある。いくら貴族同伴とは言えそれは変わらないし、そもそも二人が行おうとしていた国王陛下への謁見には、貴族だろうと手順がある事には変わりない。
(それを約束もとりつけずに乗り込んで来て、会えないのはお前のせいだとか、意味が分からないわよ)
大体リエラでも知っているような事を伯爵家嫡男であるアッシュは知らないとか、一体全体どういう領分なんだろうか。
あらゆる発言についていけず混乱するリエラを他所に、クララは尚も言い募った。
「私が王族の彼と一緒だからって理不尽にも嫉妬されたのです! 貴族の女性が意地悪なのはアッシュから聞いていましたが、あんまりですわ! 挙句に暴力まで奮って……ご覧になったでしょう? リエラさんはアッシュに手を出した犯罪者なんです! どうぞ捕まえて下さいませ!」
言葉の後にクララの瞳から涙がポロポロ溢れてきた。
それを見てリエラの胸は不安に騒いだ。
倒れているセドリー令息、涙を流すクララ。リエラを嫌うシェイド。
(これは……悪条件が重なり過ぎているのでは?)
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