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 シェイド・ウォーカー子爵令息は学生時代、第三王子クライドと同窓だった。子爵家とは言え優秀な成績を収め、剣技にも優れた彼は高位貴族が占めるクラスに籍を置いていた為だ。
 やがて生徒会長であるクライド自ら生徒会に抜擢。高位貴族にも引けを取らない実力を発揮した。

(優秀で、格好良かったわ……)

 リエラは一学年下だったけれど、学園内の、特に第三王子にまつわる噂話は良く聞こえてきた。
 第三王子が歩く場所は女生徒たちがキャーキャーとはしゃぐ。当然その側近にも熱い視線が注がれた。

 けれど四年ぶりに見たシェイドは、顔半分を覆う黒縁メガネと長く伸ばした前髪で、顔の造作が分からなくなっていた。
 緩い癖毛の黒髪は肩の辺りで纏められているが、顔に掛かる部分は、紺碧の瞳は、整った顔立ちも一切見えない。

 本当ならクライドにも負けず劣らずのその美貌はすっぽりと隠されており、どこか人の視線を避けてすらいるようだった。
 そしてそれを見てリエラは愕然としたのだ。

(私のせいだ……)

 リエラが勝手に期待して、嫌がるシェイドに迫ったから。
 クライドに群がる女生徒たちはシェイドには目もくれない。
 本当は素敵な方なのに。
 容姿以上に努力して勝ち取った功績は素晴らしく、けれど誰もがクライドの輝く容姿に目を奪われ憧れの眼差しを向けるものの、シェイドの活躍に黄色い悲鳴を聞く事はとんと無かった。

 そんなシェイドの姿が申し訳なくて、痛々しくて。学園期間、リエラは目を背けるしか出来なかった。
 

 
 シェイドがクライドからのお土産を取りに退室したところを見計らって、リエラは殿下の執務室から外に出た。
 父たちは(レイモンドも連行)一足先に出て行ってしまったので、室内には待機中の侍女が一人。
 申し訳ないが急用を思い出したと告げ、足早に部屋を飛び出して今に至る。

(だってシェイド様と二人で話すとか、無理! 何の罰ゲームよ?!)

 パタパタと王城の回廊を進みながら背中に流れるのは嫌な汗だ。
 子供の頃のシェイドは可愛らしかったけれど、少し無神経な方だった。リエラに自分の親への説明を求めたところなんて特に。

 あの時はお前のせいだと、お前が自分を好きになったからだと咎められたようで、割と落ち込んだ。

 それでも確かにシェイドの容姿ならリエラよりも家格が上の令嬢なんて容易く見つかるだろうと思ったし、それこそ彼の好みの人を捕まえる事だって簡単だろうと思った。

『ウォーカー様ならもっといい出会いがありますよ』

 だからこそ放った言葉だったけれど、彼はその飛び抜けた容姿は隠し、内面を磨いた。それだけでもう、リエラの言葉が如何に陳腐で、シェイドの心を傷つけていたか、想像に難くない。
(私はシェイド様の上辺だけしか見ていなかった……)

 自分が恥ずかしくて堪らない。
 そうして王族の側近として社交界で度々姿を見るようになったシェイドを見れなくなって、リエラは婚活をサボるようになったのだ。

 娘のこんな黒歴史に薄々勘付いていた両親は何も言わなかったけれど、レイモンドは甘えだと言って咎めてきたのも、多分間違いではない。
 でもとても、そんな彼の視界の端ででも、厚顔にも他の男性へのアプローチなんて出来なかったのだ。

 だからもう自分の婚姻は家の為になるものでお願いしますと、父にも告げてある。
 何か言いたそうな父に、何も言わないで欲しいと目で訴えれば、分かったと頷いてくれた我がお父様、大好きです。

 だからもういいのだ。自分は家の為に結婚してその後は生涯相手の方の領地から出ないつもりなので、放っておいて欲しい。切実にお願いします。許して下さい。

 今回のお見合いの件で最悪修道院に行く事も考えたけど、何故何も悪い事をしていない自分が、あんな馬鹿男……ゴホン。セドリー伯爵令息の為に自分を犠牲にしなければならないのかと、ちょっと腹が立ったので却下だ。醜聞を引き受ける事で両親に迷惑を掛けたくもない。

 そんな事を考えながら、せっせと足を進め、馬車止めの近くまで来たところでグンと腕を引かれた。

 その勢いに腕が抜けるかと驚き振り返れば、そこには二日ぶりのセドリー伯爵令息──アッシュがとびきりの顰め面で立っていた。

 げっ

 淑女として口にしてはいけないだろう一言を何とか飲み込み。とは言え引き攣った顔を取り繕う余裕もないままリエラは固まった。

「貴様! よくもこの私に恥をかかせてくれたな!」

(……いや、それ私の台詞なんですけど)

 とは、ぎりぎりと締まる腕の力に気を取られ、口に出来なかったが。

「私が王城への取り継ぎが出来ない中、何故お前ごときに許可が下りている! 一体中で何を話してきた!? まさかまた私に不利益な事を殿下らにお伝えしたのではなかろうな!」

 ……どうやら彼は自業自得で門前払いを食らっているらしい。ザマァみ……げほごほ。……まごう事ない本心と、痛いから放してよ馬鹿力! という、口にし難い悪い言葉が頭を過ぎり、リエラは歯を食いしばった。

 この男の顛末は聞くまでもなく想像ができる。
 先手を打ったのは父、アロット伯爵だ。
 昨日の夕方にはクライドとの場を用意してあったところを見るに、同時にセドリー伯爵家への牽制も済んでいたのだろう。

 アロット伯爵家は由緒正しい家柄だ。
 王家の縁戚とは言え対等と言えなくもない。その上でクライドは今回の一件を鑑みて、セドリー家を罰する事に決めたのだろう。

 父の勝利!
(……まあ、王族の名を使い、ロイヤルシート席で、公衆の面前で、しでかした内容があれだし……)
 
 貴族なのだから、愛人を囲う事はあっても正妻を立てるとか。せめて結婚するまで隠し通すとか配慮するべきだったのだ。
 大体貴族の血よりも平民を立ててはならないだろう。他ならぬアッシュがその血を傘に来て威張りくさっているのだから。

 ……っていう周囲も閉口するような落第点っぷりを発揮したのを、本人が分かっていない。
 分かっていない上、この貴族らしからぬ直情的な行動。
 
 だから王城にも拒否されたのだ。
 ……というか、この婚約破棄騒動はあくまできっかけで、彼は既に王家から切り捨てられているのではないかと邪推してしまう。
「リエラさん! どうか謝って下さい!」
「!?」

 突然割り込んできた声に驚き振り返る。
 そこには先日お見合い席にいた女性が涙を讃え佇んでいた。
(……え? 何でここにいるの?)
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