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転生令嬢、婚約者を聖女に奪われる
しおりを挟む――とうとう正式に王家から婚約破棄の申し出があった。
私は自室の隠し場所から荷物を取り出しながら、友人の令嬢方から聞いた話を思い返す。
エドワード様は私との婚約が解消され次第、救国の聖女であるミキちゃんと婚約するつもりなのだそうだ。
王家からの一方的な婚約破棄だなんてスキャンダルもいいところなのに、貴族の間でさほど問題視されていない。
目に見えた危機はないものの、ミキちゃんはこの国にとって大切な聖女様。
聖女と王族が繋がりを持つことを好意的に捉える貴族が一定数いるらしい。
私にとって優しくない世界だとつくづく思う。
私はテーブルに鞄を置くと、中から荷物を出して目的の物を探す。
十年前に前世の記憶を思い出してから、ずっと漠然とした不安を感じていた私は、何かあった時に備えて色々と揃えていた。
防災セットのように鞄に一纏めに入れてこっそり保管している。
鞄の中には、換金できそうな金目の物、下町の娘が着るような洋服、日持ちのする食料、それに護身用の短剣など様々な物が入っている。
貴族令嬢は刃物一つ手に入れるのも難しい。
もし父に『もしもの時のために身を守る物が欲しい』などと言えば、護衛を一人増やされてしまうだろう。
この短剣は、宝石商が持ってきた商品の中にあった物で、鞘と柄のところに宝石が埋め込まれている。
素敵なデザインだとか何とか言って、ようやく武器を手に入れた。
(これを持って、父のところに交渉しに行く……)
今日はもう父に予定はないことを、夕食後父の侍従に確認している。
ルシフェル様は、婚約破棄後のことについて父と話が付いていると言っていた。
二人がどんな話をしたのか、私には教えられていない。
父に尋ねても、『まだ婚約解消が決まったわけではないから』とはぐらかされてしまった。
溜息をついた私は、隠してあった鞄の中から一つの髪留めを手に取る。
パールが施された上品な髪留めは、母の形見の品。
もともと体が弱かった母は、三年前に病でこの世を去った。
愛妻家だった父は、母が亡くなってからこれまで以上に私に対して過保護になった。
『私のためだから』と言われれば盲目的に決めてしまいそうで少し心配になる。
「もし話を聞いてくれなかったら、この短剣を出して無理矢理聞いてもらうしかないわ」
私は侯爵位が欲しいわけじゃない。
ただ、幸せになりたいだけ。
髪留めと短剣をぎゅっと握り締めて、私は顔を上げた。
顔を上げて、部屋の入口にルシフェル様が立っているのを見つけて、私は悲鳴を上げた。
「えッ? な、なんで貴方が!?」
いつの間にか開いた扉にルシフェル様が立っている。
(えっ……ドア、閉めてたよね? なんでノックもなしに入ってるの!?)
突然のことにぽかんと口を開けたままルシフェル様を見る。
ルシフェル様は扉を閉めると、私の質問を無視してこちらに向かって歩いてくる。
あと数歩でぶつかるというところでピタリと止まると、ソファーに座る私を見下ろした。
「――これは……一体どういうことです?」
「えっ?」
「こんな物を用意して、どうするつもりだったんですか?」
こんな物……の言葉を聞いて、慌ててテーブルの上を見る。
短剣を取った時に出した荷物がそのままになっている。
宝石だけだったら言い訳できたのに、最悪なことに平民の服まで出してあった。
「え……っと……これは、その……」
「まさか、この家を出るつもりじゃないでしょうね……?」
「ん?」
少なくとも今はそんなつもりなかったから、一瞬何のことだか分からなくて首を傾げる。
私はただ、『爵位の継承権を放棄して、一人の令嬢として結婚したい』と父にお願いしようとしただけ。
でも、この荷物を見たら確かに家出の準備をしているように見えるだろう。
「そんな可愛い顔をして、裏では私のもとから逃げようとしていたのですか? ――そんなこと、許す筈ないでしょう」
そう言ったルシフェル様の顔は、無表情だった。
ただ、微かに震えた声が、ルシフェル様の感情の昂りを教えてくれる。
ルシフェル様から発せられる圧を無意識の内に感じ取って、足元から震えが込み上げてくる。
――こ……っ……怖っ!
「義姉さん」
地を這うような低い声で呼ばれて、ビクッと体が震える。
そんな私を見てルシフェル様は目を細めた。
「教えてください。貴方がどうするつもりだったのか」
ルシフェル様が私に向かって歩き出す。
もともと数歩程しかなかった距離は、あっという間に縮められた。
私はソファーに座ったまま固まって、彼の動きを目で追いかける。
ソファーに膝をついて背もたれに手をついたルシフェル様は、覆い被さるように私を囲った。
「早く答えてくれないと、抑えられなくなります」
小刻みに震える体を自分の腕で抱き締めて、私はルシフェル様を凝視する。
(お、抑えられないって……何を……?)
少なくとも、彼の体から放たれる真っ黒なオーラは抑え切れていない。
幼い頃に克服して以来久しぶりに見たと思いながら、私はどす黒いオーラを肌に感じていた。
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