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転生令嬢、聖女が召喚されたことを知る

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八歳の時に前世の記憶を思い出してから、もう十年が経った。
エドワード様との関係は良好だし、ルシフェル様とも仲の良い姉弟でいると思う。

そして一年前――
ルシフェル様のお願いを一つ叶えることと引き換えに、『魔王の核』を壊してもらった。
エドワード様との婚姻まであと一年と少し。
私の計画は、順調に進んでいるはずだった。

それなのに……

「なんでミキちゃんが召喚されちゃったの!?」

先ほど父から聞いた話を思い出して、自室に戻った私は頭を抱える。
先日、我が国の神殿内に少女が現れた、と父は言っていた。
更に、その少女は救国の聖女であると判明した、とも。

「救国って……魔王はもういないのに!? 危機なんてない筈なのに、どうして!?」

部屋の中をぐるぐる歩きながら考える。

おかしい。おかしすぎる。
国が滅亡の危機に瀕した時に現れるのが聖女じゃなかったのか。

――もしかして、魔王を倒せていなかった……?

そう思ったけれど、ルシフェル様はあの時確かに『魔王の核』を打ち砕いていた。
封印されていた『魔王の核』は真っ黒な球体で、封印後も密かに闇の力を吸収して力を溜めていたのだという。
ルシフェル様の魔法により砕かれた欠片は、砂に変わり風に吹かれて飛んで行った。
何より今、国は平和そのものだ。

「魔王がいなくても、マンガの強制力は止められなかったってこと……? それならもう、太刀打ちできない……」

ミキちゃんとエドワード様が結婚するのは、この世界の定めなのだろうか。
それじゃあ、フィーネは……私は、もう……
嫌な予感に血の気が引く。
言い様のない無力感に苛まれていると部屋のドアをノックする音がした。

「はい……?」

「私です。ルシフェルです」

義弟の訪れに、一瞬入室を許可するか躊躇う。
正直、今は誰とも会いたくない。
聖女が召喚されたという事実は、私に大きな衝撃を与えていた。

けれど、先ほどの父とのやり取りを思い出す。
父は、私に何か言いたげな様子だった。
何度か口を開いては躊躇して口を閉ざす様を見て、どうしたのだろうかと疑問に思っていた。
でも、その時は私もそれどころではなかったし、こちらからは何も聞かなかった。
もしかしたらルシフェル様は父に代わって何か言いに来たのかもしれない。

「どうぞ入って」

ルシフェル様に声を掛け、さらに侍女を呼んでお茶の用意を頼む。
ソファーに腰かけたルシフェル様は、お茶を入れた侍女が下がるとすぐに本題に入った。

「救国の聖女が現れた話は聞きましたか?」

「ええ……」

「そうですか。では、義姉さんの婚約者が神殿に入り浸っている話は?」

「……どういうことですか?」

嫌な予感がして恐る恐る尋ねる。
緊張で顔が強張る私に対して、ルシフェル様は晴れやかな表情で答えた。

「殿下は聖女様を随分と気に入られたようで、彼女に会いに毎日のように神殿に通っているのですよ。聖女様も満更ではない様子だとか。殿下は義姉さんのことなど忘れて、聖女様との仲を深めているようですよ」

ルシフェル様の言葉がグサッと胸に突き刺さる。
想像通りの答えだったけれど、一切オブラートに包もうとしないストレートすぎる彼の言葉が、私に現実を突き付けた。

……分かってはいた。
所詮、私は政略的に定められた婚約者に過ぎない。
エドワード様の運命の人であるミキちゃんが現れたら、私のことなんて二の次になってしまうと。

それでも……いくら政治的な側面で選ばれた婚約者だとしても、十年も一緒にいたのに。
エドワード様に相応しい女性になりたいと、努力してきた日々を思い出す。
聖女召喚を阻止することに決めてから、エドワード様と結婚して幸せな未来を築くことを考えてきた。
隣で彼を支えるために、妃教育だって必死でしてきたのに。

結局はミキちゃんが現れたら、十年間一緒にいた婚約者のことなんて忘れられてしまった。

黙り込む私に、ルシフェル様は優しく語りかける。

「義父は義姉さんのことを心配していました。殿下の御心が聖女に向いているのは明らか。そんな中、殿下と結婚して義姉さんが本当に幸せになれるのか、と」

「それは……」

「義父は、可愛い貴方が悩み苦しむ姿を見たくない。それなら家にいて欲しいと思っているようですよ」

「そ、それは……」

――つ、つまりそれは、女侯爵ということ……!?

エドワード様の心変わりに嘆いてすっかり忘れていたけれど、婚約破棄されたら今度は次の問題が待っている。
私は顔を上げて、そっとルシフェル様の顔を見る。
ルシフェル様はいつもと変わらない涼しげな顔をしていて、何を考えているのかちっとも分からない。

(今、爵位継承なんて望んでいないと言ったら、話を聞いてくれるかしら……?)

幽閉や辺境地での療養という話が出る前に、ルシフェル様と交渉できないかと模索する。
女侯爵としてではなく、一人の貴族令嬢として私と結婚してくれる人がいれば、ルシフェル様の爵位継承を邪魔しなくて済む。
婚約破棄されたうえ、長年王族の婚約者だった私を受け入れてくれる人がいるかどうか分からない。
それでも、可能性があるならそれに賭けてみたい。
そんなことを考えていた私に、ルシフェル様が口を開く。

「義姉さん安心してください。婚約破棄されても大丈夫ですよ。私に考えがありますから、全てお任せください」

そう言って、ルシフェル様は息をのむほど美しい笑みを浮かべた。

……人は、美しすぎるものを見ると、途端に動けなくなるものらしい。
神々しすぎて近付けないレベルのその笑みには、反論を封じる力があった。

「……え?」

「もちろん義父にもその旨伝えてあります。私が上手くやりますから、義姉さんはいい子で待っていてください」

「…………え?」

ルシフェル様を凝視する。
交渉の余地がなさそうな完璧な笑みを前に、私は固まった。





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