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転生令嬢、聖女召喚の理由を知る 1

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首元に黒いオーラが迫ってくるのが視界に入る。
これに飲み込まれたらどうなるんだろうかと思いながら震える声で言った。

「い、家出なんて考えたこともないわ」

嘘だ。
話し合いで解決したいと思っていたけれど、最悪家から逃げ出すことも想定していた。

でも、そんなこと言えない。
常軌を逸した恐ろしいルシフェル様を前にして、本当のことは言えなかった。
どうにか落ち着いてもらいたくて、私は必死で言葉を探した。

「私は、ただ、新しい結婚相手を見つけたいと、父に言おうとしただけなの」

決して家を出るつもりはなかったのだと説明する。
ルシフェル様に安心してもらえると思って言った言葉が、ますます彼を怒らせることになるとは思ってもいなかった。

「…………は?」

ピリッと空気が張り詰めたのを感じた。

「新しい結婚相手?」

私を見下ろすルシフェル様の顔が、すぐ目の前にある。
今まで無表情だったルシフェル様は、不愉快そうに眉根を寄せた。

「義姉さんの? 何故?」

「……ッ……」

「ようやくあの男を排除できたのに、また新しい男を見つけるつもりですか?」

ルシフェル様からの圧に、私の体は震える。
それだけじゃない。
どういうわけか、私の体だけでなく部屋全体が揺れている気がする。
部屋の家具がガタガタと嫌な音を立てた。

「義姉さんは私を弄ぶ天才ですね」

部屋の中に真っ黒なオーラが充満する。
息苦しささえ感じる濃厚な魔力。
今まで見たこともない量のオーラを見て、私は恐る恐るルシフェル様に声を掛けた。

「……あ……だ、大丈夫、なの……?」

「何がです?」

「だって、前は、魔力暴走を抑える時、随分苦しそうで……」

震えながらも何とか言葉を口にする。
初めて書庫で黒いオーラを見た時、そして魔力暴走を抑えるために色々と方法を模索した時のことを思い出す。
あの時は、魔力を吐き出す度に苦しそうな顔をしていた。

「ああ」

納得したように頷いたルシフェル様は、ソファーに膝をついたまま私から体を離した。

「成長して魔力を溜める器が大きくなったら、魔力が暴走することもなくなりました。苦痛なく自在に魔力を操ることも出来るようになりました」

そう言って、ルシフェル様は視線を部屋に漂うオーラに移す。
すると、真っ黒なオーラは消え、先ほどまでの息苦しさはなくなった。

「こんな状況で私の心配ですか? 義姉さんは人が良いですね……こんな優しい義姉さんを捨てて他の女を選ぶとは、殿下はなんて人を見る目がないのでしょう」

婚約破棄のことを触れられて、思わず目を伏せる。
エドワード様とのことは諦めて前を向こうとしているけれど、それでもミキちゃんと比較されるのは辛かった。

「ただ、そのおかげで私は貴方を手に入れることが出来た」

「……え?」

目線を上げてルシフェル様を見る。
彼は恍惚とした表情を浮かべ、私に熱く囁いた。

「貴方はもう、私のものだ。他の男を探すことなんて許しません。貴方は私だけを見ていればいい」

再び囲うようにルシフェル様がソファーに手をつく。
顔が、近い。
独占欲を露わにした彼は、熱に浮かされたような顔をしていた。

突然の言葉に固まる。
そもそも私たちはそんな関係ではない。
ただの義姉と義弟の仲だったはず。

「ど、どういうこと……?」

「義父と話をしたと言ったでしょう。殿下との婚約が解消したら、貴方を貰い受けたいと申し出たんです。父は喜んで承諾してくれましたよ」

「父が?」

知らないうちに二人の間でそんな話になっていたことに驚く。
外堀を埋められたような感覚に陥るのは何故だろうか。
いや、そもそも――

「私、貴方と結婚するの?」

一番の疑問点を尋ねると、何を勘違いをしたのかルシフェル様は少し怖い顔をした。

「なんです? ……まさか、他に結婚したい男がいるのではないでしょうね?」

「そ、そんな人いないわ! でも、私たちは、その……姉弟でしょう?」

『姉弟』という単語に過敏に反応したルシフェル様は、憎々しげに顔を歪めた。

「私は貴方を姉と思ったことなどありませんよ。ただの、一度もね」

「え……?」

どこかで見聞きした覚えがある言葉。
どこでだったか思い出そうとした私は、ルシフェル様の次の行動によってそれどころではなくなった。

ルシフェル様は表情を一変してふわりと微笑むと、突然私を抱き上げた。

「ひっ!」

いきなりのことにバランスを崩しそうになって、慌てて彼にしがみ付く。
ルシフェル様は私を抱いたまま、スタスタと部屋の中を歩く。
下ろされた先はベッドの上で、私の頭はパニックを起こしていた。

当然のように、ルシフェル様がベッドに乗り上げてくる。
その姿を見て本能的に危機を感じた私は、慌てて起き上がりベッドから逃げ出そうと背を向ける。
そんな私の体を軽々と引き寄せベッドに押し倒した彼は、うっとりと私を見下ろして言った。

「ああ……ずっと、こうしたいと思っていました」

今まで予期せぬ展開に驚いて翻弄されていたけれど、ベッドに連れ込まれたことでさすがに焦る。
ルシフェル様がこれから何をしようとしているのか分かってしまって、血の気が引いた。

――こんなこと……私は一度も考えたことなかったわ……!

私の抗議の声は、強引な口付けによって声にならずに消えていった。




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