悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

十四話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 後①

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 ◇◆◇


 さて次の日。
 俺の目の前には、今度は同僚である後輩がいる。
 場所はグウェンの屋敷の応接間である。そこに俺とノアの姿をしたルシアと、宮廷魔法士の研究塔から呼び寄せたヒューイが集まっていた。グウェンは今日も引き続き、ルシアの身体を盗んだノアの捜索に行っている。
 俺は屋敷から出るなと言われているので、ヒューイから話があると連絡を受けてこっちに呼び出した。
 ウィルとベルは久しぶりにメルに会えて嬉しかったらしく、今日は朝から庭に出て仲良く遊んでいる。応接間に入る前に様子を覗いたら、オズ君一号をおもちゃ認定したメルが、飛び回るぬいぐるみをベルと一緒に追いかけていた。メルの嘴がオズ君一号の髪を毟り取るのが見えたけど、俺は元気があっていいな、と微笑みを浮かべて屋敷の中に戻った。

「えっと、この人が、うちのもと聖女候補だったルシア嬢?」

 ソファに座ったヒューイに、俺とルシアは対面に座って頷く。

「そうだよ」
「明らか男の子なんですけど」
「今はノアと入れ替わってるから」
「こんにちは、ヒューイ様」
「入れ替わってる……え?」
「入れ替わってるんだ。例の魔石の売人の黒幕と」
「あの、先輩……。一応聞くんですけど、結婚式いつって言ってましたっけ」
「明日」

 俺が答えたら、ヒューイが無言で俺を見た。
 可能ですか? と後輩の灰色の目が言っていた。
 菩薩のような笑みを浮かべて俺はそれに答える。

「できるかできないかじゃない。やるんだよ」

 結婚はな、俺とグウェンがいれば成立するんだ。
 たとえ今日明日にかけて魔物の大群が帝国に押しかけてこようと、空気を読まないアシュタルトが復活しようと、俺達は隙を見て教会で式を上げ、書類を役所にぶち込むだけだ。

 俺の冷静なコメントを聞いてヒューイは顔を引き攣らせた。
 
「えっと、あの方はなんて言ってるんです? サエラさまは」
「読めないって」
「読めない?」
「星が読めないって言ってる」

 昨日蛇のところに行く前に、取り急ぎサエラ婆さんには手紙蝶を送ってみた。また怪しい巡り合わせが働き始めたし、これ以上のトラブルが起きる前に早めに相談した方がいいだろうと思ったのだ。
 早朝に返ってきた返信の蝶には録音があって、聞いてみたら婆さんは占ったけれど未来はわからないと言っていた。

『星がぶつかり合って絶えず動いている。道は一本にならない。どころか、何か決定的なことが確定した瞬間、お兄さんどころか全てが滅んでしまいそうな未来も見える。かといって、別れ道を今指し示すことはできないよ。私にも重なり合っている未来を色分けすることは難しいからね。とにかく、急ぐことだ。時間がない。それだけは確かだよ』

 そう吹き込まれていた手紙の内容は、正直全然わからなかったし、状況を打開するための参考にもならなかった。
 ただヤバそうな気配だけはガンガンに感じる。
 時間がないってなんだ?
 宝剣を盗まれただけじゃなくて、実は他にも何か重大な事件でも起こっているんだろうか?
 困るんだけど。急に世界が滅びるとか言われても。
 俺が知りたいのはそういうことじゃない。どうしたら押し寄せてくる厄介事を上手くかわしきり、グウェンと結婚ゴールインできるのかっていう、そういう個人的な願望の叶え方を聞きたいんだ。
 今回も多分ヤバいよっていう耳打ち的なものはもういい。大体わかってるから。

『お兄さんに渡したいものがある。近日中に取りに来ておくれ』

 サエラ婆さんは最後にそう言っていたけど、グウェンが帰ってきたら行ってきてもいいかな。
 渡したいものってなんだろう。もしかしたら、以前くれようとした身代わりネックレスの代わりになるかもしれない。それならグウェンもすぐに行こうって言ってくれると思うから、ヒューイが帰った後に手紙蝶をもう一回飛ばしてみるつもりだ。
 ルシアも一緒に連れていったら、入れ替わりの術について何かわかるだろうか。
 そう考えた俺は、ふと秋にサエラ婆さんの家で占ってもらったことを思い出した。

「ルシア。そういえば、昨日話すの忘れてた。前にルシアのことも占ってもらったんだよ。お婆ちゃんによると、ルシアはライネルとクリスさんから離れなければ大丈夫って言ってた」
「お兄ちゃんとライネルから?」

 ルシアが目をぱちりとさせたので、俺は頷いた。

「二人の星は安定してるから、ルシアは一緒にいれば厄介事に巻き込まれる確率が減るって」
「……それ、もっと早く知りたかったですね」
「そうだよな」

 ノアの顔をしたルシアもまた、俺と同様に何かを達観した顔つきをしている。
 現に二人から離れた瞬間、トラブルに巻き込まれてるしな。

「二人から離れるなって、どうにかして伝えられればよかったよね。ごめん、その話をお婆ちゃんに聞いた直後にグウェンが記憶喪失になったから俺も動転してて」
「いえ、それを言うなら私もオズワルド殿下になかなか連絡できなかったので、仕方ないです」
「あ、そういえば笛は渡ったんだよね? 金色の笛」
「はい。ライネルがサラさんから受け取りました」
「サラさんって……?」

 誰だっけ?
 と思った俺は少し考えて、ラムルの王宮でルシアと一緒にいたオズの部下か、と思い出した。
 クールビューティーな侍女を演じていた彼女は、実はオズワルドの配下でルシア達とオズの間で情報のやり取りをしていたらしい。

「ああ、あの人か。サラさんが仲介してるんだ」
「はい。サラさんは大体ラムルにいます。殿下からの連絡を受け取るときとか、こちらから帝国の様子を知りたいときはサラさんに連絡を取っていました」
「なるほど、そういうこと」
「殿下は大陸のあちこちに諜報員を置いてるみたいで、他にもいるらしいです。お兄ちゃんもスカウトされてました」

 確かに、クリスなら柔和な人柄だし、腕も立つから向いてるかもな。
 俺はさりげなくオズが王子らしいことをしているのを知って感心しつつも、それならなおのこと言付けを渡しておくんだったと反省した。

「そういうことなんだったら、もっと早く占いの結果を託しておくんだったな」
「気にしないでください。私は無事にレイナルド様に合流できて安心してますから。大丈夫ですよ。すぐにノアを捕まえて、宝剣を取り戻しましょう」
「……うそ、前向き……」

 キリッとしたルシアの声を聞いて、俺は口を押さえて感嘆した。心の中の全俺が立ち上がり、拍手喝采しながら感動している。
 これだよ。主人公に必要なのは。
 これが世界を救う主人公だよ。
 世界とかいいから隙を見て結婚したいっていう俺の邪な願望が恥ずかしい。あんたも見習いなさい!っていう女神様の厳しい視線を感じる気がする。
 俺は恭しくルシアの左手をとって、両手で包んだ。

「ルシア、やっぱり君はデルトフィアに必要な人間だ。あのとき君を見送った俺はどうかしていた、ごめんな。今からでもいいから帰ってきてほしい」
「レイナルド様、何度も言いますけど、それはもう終わったことなんですから蒸し返さないでください」
「そんなことないよ。俺を哀れに思うなら帰ってきて。これからは俺と困難を分かち合おう」

 そして次から次に襲いかかってくる面倒事が俺に被弾する確率を、少しでも下げさせてください。
 そう思って訴える俺を、ヒューイが不審な目で見てきた。

「ちょっと先輩、何言ってるんです? まさか元聖女候補だった令嬢に不埒な真似をしてたんですか」
「は? そんなわけねーだろ」
「じゃあなんで捨てられた間男みたいな発言してるんですか」
「お前はトラブル体質の辛さをわかってないからだよ、ヒューイ。一回俺と入れ替わってみろ。お前もルシアに縋りつきたくなるから」
「それは遠慮しときます」

 薄情な後輩は即答し、わざとらしく目を逸らした。
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