悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
305 / 354
第四部

十五話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 後②


「で、一旦入れ替わりの件と宝剣の盗難については置いておこう。ヒューイの用事はなんだったんだ? 黒幕について何かわかった?」

 俺の愚痴をダラダラ話していても仕方がない。ルシアの手を離してソファに座り直した。
 本題に入ろう。
 ヒューイには、魔石の売人の屋敷に残されていた怪しい紋章と禁術の魔法円について調べてもらっていた。このタイミングで報告があるということは、きっとそれに関して何かわかったに違いない。

「はい。あの魔法円ですが、やっぱり爺ちゃんのノートじゃなくて、両親のメモの中にありました」
「ほんとか? あの廃屋の壁に描かれてた魔法陣?」

 身を乗り出すと、ヒューイは真面目な顔で頷いた。

 ヒューイは両親を早くに亡くしている。
 帝国の中では高名な医療魔法士だったらしい。医療魔法士というのは、治癒の精霊術を使う神官達とは違って研究者に近い。怪我や病気を治すとき、どんな治療を施す必要があるのか、医学の知識と魔法の観点から、新しい治療法を考案したり、病気の原因を特定したりする、ちょっと特殊な魔法士だ。
 六年前、大陸中に風土病が流行ったのは記憶に新しい。
 しかしそれより十年前、もっと致死率の高い病気が蔓延しかけたことがあったらしい。そのとき治療法を見つけて大流行を未然に防いだのはヒューイの両親だったそうだ。二人とも早くに亡くなってしまったが、今でも教会関係者や宮廷魔法士の中ではホフマンという名前は一目置かれている。
 
 今日も俺を訪ねてきたにも関わらず、ヒューイが着ているのはいつもの白衣で、外出着には似つかわしくない。でも両親が着ていたという白衣を常に羽織っているヒューイに脱げなんて無神経なことは言えないし、多分安心毛布みたいなもんなんだろう。後輩のファッションには突っ込まないことにしている。

「でも、なんでヒューイの両親が魔界の術なんて知ってたんだ?」
「一時期呪術とか、呪いについても研究してたみたいです。それが影響して健康を害されるってこともなくはないみたいで」
「ああ、そういうことか」

 アシュラフもつい最近まで悪魔に呪われてたし、ここは悪魔がいる世界だからな。不調の原因を探ろうとしたらそういうアプローチも必要なのかもしれない。

「それで、そのメモにはなんて?」
「あの魔法陣は、ヌイ・グノーシュのものだと」
「ヌイ……ん??」

 初めて聞く名前に瞬きした。
 横のルシアに目線で『知ってる?』と問いかけると、ルシアは首を横に振った。
 この反応、つまりゲームの中にも出てこない単語なんだな。
 俺達がぽかんとしているので、ヒューイは咳払いして話を続ける。

「その昔、まだ地上に悪魔が頻繁に現れていたとき、悪魔信仰を掲げて禁術を生み出した一族らしいです」
「禁術を生み出した……つまり、そのヌイなんとかっていう一族が召喚陣を作ったり、悪魔を使役する魔法陣を作ったりしたってこと?」
「おそらくそうです。一時はそれなりの勢力を誇る一族だったそうで。しかしながらデルトフィアに大聖女様が現れたり、ラムルに初代皇帝が現れたりと、英雄と呼ばれる方々の活躍が続き、大陸の国々は女神の光の力を支持し始めます。その流れでヌイ・グノーシュは散り散りになり、光に背く者として弾圧され、やがてその存在は消えていった。そう記された書をナミア教皇国を訪れたときに目にしたと、両親のメモには書いてありました」
「ナミアに……?」
「十六年前、デルトフィアで流行り始めた風土病を封じるために、すでに感染の波が収まっていたナミアまで治療法の調査に行ったときに見つけたそうです」
「ああ、なるほど」

 俺は当時をよく知らないけど、大陸全土に流行った病気だったと聞いたことがある。
 そのとき、ナミア教皇国で罹患者が大量に出て、当時の教皇が病を防ぐことができなかった責任を感じて退位したとか、歴史書に書いてあったような……

「ヒューイのご両親、わざわざナミアまで治療法を探しに行ったのか。それで帝国では犠牲者が少なかったんだな」

 亡くなったヒューイの両親に改めて感謝の念を抱いた。確か、俺は小さかったけど母さんがかかってたんだ。ちゃんと治って元気になった母さんを見てすごく安心したという記憶が残っている。
 ヒューイはなんとも言えないような微笑を浮かべて、小さく頷いた。
 今のは無神経だったな。

「ごめん。もしかしてヒューイのご両親はそのせいで罹患したのか」

 慌てて眉を下げたら、ヒューイはさっきよりも曖昧な笑みを浮かべた。

「多分、そうなのかもしれません。でも両親は正しいことをしたんだと思うので」
「うん。でもごめん。無神経だった」
「大丈夫ですよ。今更先輩にデリケートな気遣いとか求めてませんから」
「え?」
「それで、今は廃れたはずの禁術をそのノアという人物が使っているのだとすれば……」

 ヒューイは俺の呟きを無視して顎に指をかけ、ルシアを真っ直ぐに見つめた。

「この身体の持ち主は、もしかしたらヌイ・グノーシュの末裔なんじゃないですか」

 そう言われて、俺も隣に座るノアの身体をまじまじと見た。

 そうだな。
 ノアがその謎の一族の生き残りだというなら、失われたはずの禁術を何故使えるのかという疑問は解消する。

「その中に入れ替わりの術もあるってことか」
「聞くだけで怪しいですけど、現にルシア嬢が身体を盗られたと言うからには、あるんでしょうねぇ」
「一体そのために何人犠牲にしたのかは考えたくねーな」

 禁術は自分の魔力や精霊力ではなく、他人の命を使って発動する。それが非常に厄介な点だ。

「それから、壁に描いてあった魔法陣は、転移魔法陣と組み合わせてあったでしょう。五芒星のところと悪魔みたいな絵について言えば、あれはアシュタルトを表すみたいですね」
「あいつを? てことは、魔石の売人はやっぱりノアの仲間だったのか」
「根城にしてた空き家に描いてあったということは、そう考えるのが妥当かと」
「待てよ……あの魔法陣には五芒星があったか」

 幽霊屋敷の壁に隠されていた魔法陣を思い浮かべて、俺は上着の内ポケットからロケットペンダントを取り出した。
 昨日ルシアと確かめたバレンダール公爵のペンダントには、三角が二つ合わさったような図形が描かれていたが、三角を二つ組み合わせると星にもなる。
 もしかしてと思ったが、星の図形は形が違う。

「これは五芒星とは違うな……」
「何の話ですか?」

 ヒューイが不思議そうな顔をして俺の手元を覗いてきたので、ペンダントを開いて中を見せた。写真の部分は取り外したままにしてあって、内側の金属に浮かび上がった赤い図形だけが確認できる。

「ちょっと訳あって、黒幕の手がかりになるものを持ってるんだ。この図形、どっかで見覚えがあるんだけど、思い出せなくて」
「えっ、これって」

 ペンダントを覗いたヒューイが俺の顔を見た。

「知ってるのか?」

 思わず乗り出すと、後輩は難しそうな顔で頷いた。

「ナミアのマークです」
「え?」
「ナミア教皇国の、聖杯会議の徽章です。その簡略形に見えます」
「聖杯会議……?」

 また初めましての言葉が出てきたな。
 俺はきょとんとしたが、横にいるルシアがその単語に反応した。

「確かに、そう言われればあのマークに似てますね。昨日は思いつきませんでした」

 ぽん、と手を打ったルシアを見て俺は首を傾げる。

「ルシアも知ってるの?」
「はい。聖女修練宮にいたとき、ナミア教皇国の聖杯会議については簡単に教えてもらいました。正式な徽章は聖杯の絵ですが、簡略化したらこんな形です」

 ルシアが空中に指で三角を二つ、上下に描く。
 上の三角は頂点が下に向いていて、下の三角は上を向いていた。
 そう言われてみると、二つの頂点が繋がった三角形は、上は盃で、下は台座に見えないこともない。

「その聖杯会議っていうのは何なの?」

 聖杯といえば、前世だったら中世の物語にそんなアイテムが出てくるんじゃなかったか。ヨーロッパの王様の話とか、宗教関連の逸話とかで。
 この世界で聖杯って何を表すんだろう。
 俺が腕を組んで考え込んでいたら、ヒューイがルシアの後を繋いで続けた。

「ナミア教皇国の神殿に、女神の聖杯があるらしいんです。かつて女神がナミアの土地に祝福を与えた証の聖物だそうで。代々の教皇と、聖杯会議と呼ばれる組織のメンバーが守護しているとか」
「聖杯会議……っていうのは、どういう組織なんだ? 神官達がいっぱいいるのかな」

 純粋な疑問を口に出したらヒューイは視線を上に向けて数秒考え込んだ。
 それから首を捻りつつ、眉間に皺を寄せて答える。

「そうですねぇ。確か……構成員は枢機卿二名と大司教、司教から選ばれる代表者二十名ほどじゃなかったかな」
「へぇ」

 よくそんなことまで把握してるな。
 感心しながら相槌を打った。
 その聖杯会議ってやつのマークが、バレンダール公爵のロケットに記されている。
 つまり、公爵はそれを俺に託して、何か示唆したいことがあった。

「ナミア教皇国が怪しいってことか……?」
感想 541

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です! 表紙は、Pexelsさまより、Abdalrahman Zenoさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます! 文章にはAIを使用しておりません。校正も自力です!(笑)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? 表紙は自作です(笑) もっちもっちとセゥスです!(笑)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。