悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

十話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 前③

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 取り急ぎ、ルシアも関わってしまっているこちらの事件のことを説明しておかなければならない。

「俺もまだ詳しいことはわかってないんだけど、昨日王宮から宝剣が盗まれた」
「……宝剣、ですか?」
「後で詳しく説明するよ。その宝剣にはデルトフィアの王宮で眠ってたアシュタルトの意識が封印されてるんだ」
「え?」
「ちょっと色々あって、二ヶ月くらい前にたまたま封印した。それを皇族が管理してたんだけど、昨日王宮から盗まれたんだ。レオンハルト殿下がやらかしたらしい」

 情報量が多くて申し訳ないが端的に説明すると、ルシアはパチパチ瞬きしながら相槌を打ち、首を傾げた。

「レオンが?」
「殿下は宝剣をルシアに盗られたと証言している」
「えっ?!」

 ルシアが大声をあげて目を丸くする。

「私が、昨日王宮から宝剣を盗んだ……?」

 そう呟いてから、すぐにピンときたようだ。

「つまり、ノアはその宝剣を盗み出したくて、私と入れ替わったってことですか?」
「俺はそうじゃないかと思う」

 それしか考えられないだろう。この状況を説明しようとしたら。

「ということは、宝剣を盗み終わった今、私の身体は返してもらえるんでしょうか」
「うーん。どうだろう。ノアの身体がデルトフィアにあるうちは、返そうとしない可能性の方が高くない? 今ならルシアに盗難の罪を被せられるけど、入れ替わりを解いたら自分が犯人だってバレちゃうよね」
「確かに、そうですね……」
「ルシアの身体に入ったノアは、宝剣を盗んでからすぐに消えたらしいんだ。もしかしたら、もう他国に逃げてるかも」

 黒幕は魔石を数多く所持している。
 転移の術がかかった魔石を使って国境から他国に出ている可能性もあるし、ノアは禁術が使える。
 そういえば、ルシアの身体に入っても光の精霊力は使えなかったらしいけど、禁術ならどうだろうか。

「ふと思ったんだけど、禁術の場合、あれは人間の持って生まれた力じゃないから、魔法陣と生贄がいれば成立する術だよね」
「はい。自分の命を差し出さなくても、身代わりがいれば力を行使できます。ですから、私の身体であっても知識と媒体さえあれば使えるのではないかと」

 嫌そうな顔をしているルシアに同意した。
 おそらく、そうだろうな。
 魔導機関車のときも、ただの人間であるごろつきのおっさんが召喚陣を発動させていたし。
 そこまで考えて、俺は思い至ることがあった。
 俺の隣で黙って話を聞いているグウェンを見上げる。

「グウェン、禁域の森に行きたい」
「ダメだ」

 即答された。
 理由は問わない、という顔をしているグウェンを見返して苦笑する。
 
「蛇に確認したいことがあるんだ。この前の事件で不可解なまま残ってたことがわかった気がする」
「何故蛇神でなければならない」
「あいつが言ってたことを確かめるため。な? ちょっとだけだから、今夜一緒に行こう。ベルを連れてけば大丈夫だよ。あいつベルに弱いから」

 ベルの名前を出したとき、タイミングよくウィルとベルが庭から戻ってきた。
 たかっと部屋の中にジャンプして着地したベルがこてん、と首を傾げる。

 ──ママ、だれかに会いにいくの?

 俺の声が聞こえたようで、尋ねてくるベルに頷いた。

「うん。森の蛇主だよ」

 答えた途端、ベルはピンと耳を立てて後退りした。
 
 ──いや。おばあちゃん達がいないとこわい。

 ふるふると首を振るベルを見て、俺はすぐさま方針
転換する。

「そっか、そうだよな。うん、ベルは無理しなくていいよ。あいつ捻くれてるし、嫌なやつだからな。じゃあ俺とグウェンだけで……」

 ──だめ! ママとパパ、また意地悪される。

 ベルがキュンキュン鳴いて駆け寄ってきて、俺の膝に頭をすりつけてくる。かわいい。

 ──蛇様は意地悪。嫌い。

「……ふっ」

 ベルの頭を撫でながら、思わずほくそ笑んだ。
 ここまでベルに嫌われてる蛇神、いい気味だよな。
 禁域の森の主である蛇神は、動物には優しいし、チーリンのことは古からの友人とか言って大事にしている。ベルのことも気に入っているのに、当のベルから拒否られているからいつも悲しい目をするが、見ていて清々する。
 あの蛇には秋に散々な目に合わされたからな。
 俺とグウェンはあの蛇神に末長く嫌がらせをすることを決めているのだ。

 俺が悪い笑みを浮かべていると、ベルがきっと顔を上げた。

 ──ママ。ぼく、行く。それでママとパパをいじめないでってお願いするの。

「ベル……。ありがとう。ベルは本当に優しいんだなぁ。ママはベルのその気持ちが嬉しいよ」

 立派に育ったうちの子を見てマジで泣きそうなくらい感動してる。
 キリッとした顔で俺を見上げたベルをぎゅっと抱きしめたら、ここ数日のストレスがジュワっと浄化されるのを感じた。

「ベルはいい子だなぁ。そういうことだからグウェン、今夜ちょっとだけ頼むよ」

 ベルを抱きしめながらグウェンを上目で見上げると、不機嫌そうな顔でグウェンはしばらく黙ってから「仕方ない」と呟いた。

「えっと……蛇神様って、なんのことですか?」

 ルシアがキョトンとした顔をしていたので、俺はその話も長くなりそうだと思い、その前に昼食をマーサに作ってもらうことにした。


 ◇


 そして昼食後、グウェンは一度王宮に戻って事情を説明しに行った。
 さすがに特警と近衛騎士団の団員達にルシアとノアが入れ替わっているという話は広めることができないので、まず皇太子殿下と総帥、神官長に話をすることにしたらしい。確かに、禁術の事がわかっていないとこの状況を理解してもらうのは難しいだろう。

 その間、俺は屋敷から一歩たりとも出るなとまた厳命され、大人しくルシアと待つことにした。
 積もる話もあるからちょうどいい。
 ルシアは少し眠そうだったけど、俺の話が気になるようで先にこの前の事件の話をしてしまうことにした。
 ルシアと話すと前世のネタが出てきてしまったりするので、ウィルとベルは夜に備えて二階の寝室でお昼寝していてもらう。

「……なんだか、レイナルド様の周りはますます盛り上がってるみたいですね」

 秋の招魂祭であった顛末を語ると、話が進むごとに表情が消えていったルシアは、最終的に感心と憐れみと恐れが入り混じった目で俺を見つめた。
 俺は肩を落として首を横に振る。

「いつも言ってるけど、俺は全然盛り上がりたくないんだよ。平和な隠居生活を望んでるの。なのに俺の周りが勝手に燃え上がって、俺を道連れにしてくるっていうか」
「でもレイナルド様が起爆剤になってるのは間違いないですよね」
「……そんな、人を揮発性の高い燃料みたいに」
「あの、でも、大丈夫。それがレイナルド様らしいっていうか。何も起こらないレイナルド様はレイナルド様じゃないっていうか」
「え?」
「何が起こっても最後には上手く決着がつくじゃないですか。今回は、どっちかというと巻き込まれてるのは私だし、案外簡単に片がつくかもしれませんよ」

 ルシアが慌てて笑顔になった。
 そういえば、昨日の騒動はまだ話してないな。
 俺に求婚状が届いてるって話、いつ披露すればいいんだろうな。
 一日も経たずに次の事件が舞い込んで来たけど、もうあれ有耶無耶にならないかな。シスト司教も、それどころじゃねーやって帰ってくれないかな。悪魔が封じられた宝剣がどこかに持ち去られてるんだし、ナミア教皇国が大陸をあげて大々的に捜索してくれると俺達も助かるんだけど。

 ため息を吐いて、俺は頭を切り替えた。

「俺も聞きたかったんだ。ルシアに、ゲームのシナリオのこと」
「ゲームのですか?」

 ルシアがパチリと瞬きする。
 再会したときのお馴染みになっている、ゲームのストーリーに関する情報収集の時間である。

「なんだか最近、悪魔が出てきたり黒幕が怪しい動きをしてたり、おかしいだろ。俺が知らない情報があるんじゃないかと思ってて。ゲームのシナリオでは、主人公が誰かと結ばれた後、エンディングまでに何か気になることとかなかった?」

 ラムルに行ってアシュラフの呪いを解いたところまでは、まぁ仕方ないかなと思っていた。
 俺がシナリオを変えてルシアを国外に出してしまったし、不死鳥の卵が盗まれる時期がずれてしまった。それにアシュタルトがアシュラフの中に逃れる原因を作ったのも俺だしな。
 でも前回、禁域の森でアシュタルトを召喚したのは明らかにノアと黒幕の仕業だろう。何か目的があるとしか思えない。
 ルシアは紅茶のカップを持った手をじっと見つめ、思案する顔になった。

「そうですね……以前も言ったかもしれませんが、ゲームの主人公は攻略対象者と結ばれてハッピーエンドになるか、誰とも結ばれずに聖女になるか、の二択なんです。聖女になったら、就任式で教皇様からの任命状をもらって、みんなから祝福されます。王宮に実は悪魔が眠ってました、なんてストーリーはないです」
「そうか……。攻略対象者とのその後とか、帝国のその後は明かされないってこと?」
「はい。誰と結ばれても、これからも二人で帝国を守っていきましょう、みたいな感じで終わります。あ、でも……」

 そこでルシアは顔を上げて俺を見た。

「実は、続編の噂があったんです。このゲーム」
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