悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
299 / 354
第四部

九話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 前②


 ルシアがサンドイッチを食べる間、俺はグウェンにさっき聞いた話を繰り返して説明した。
 闘技場でノアと入れ替わった、というところまで話したら、その続きをルシアが引き継いで口を開く。

「入れ替わったという事実を認識するまでに、私は手間取りました。その間にこの人、ノアという名前でしたね。ラムルで会ったはずなんですが、すっかり顔を忘れていました。私の身体に入った彼は、私が混乱している間に闘技場から消えました」
「ノアは何か言ってなかった? ルシアの身体を手に入れたかった理由とか、これからどうするとか」
「何も。でも、『やっぱり力は使えない』と呟いていました。入れ替わっても精霊力は使えなかったようです」
「そうか。なるほどな。それで、ライネルとクリスには何て説明したんだ?」

 はぐれたと言っていたが、二人はルシアが入れ替わった事実を知っているんだろうか?
 そう思って聞いたら、ルシアは暗い顔になった。

「二人を探して、闘技場の中を走り回りました。まず見つけたのはライネルです。あいつ……私を見た途端殴りかかってきました」
「……はーん」

 さすが、兄弟だな。
 俺は妙なところで感心して腕を組んだ。
 多分、グウェンも通常の状態でノアを見つけたら、問答無用で切りかかるだろう。躊躇いなく武力行使をキメてくるところが似ている。

 俺は頭の中でラムルでの出来事を思い返した。
 俺がノアに切られたとき、ルシアは気を失っていたが、ライネルは一緒にいた。あのときの光景を覚えているから、あいつはノアのことを瞬時に敵だと判断したんだろう。

 それにしてもライネルの奴、ルシアにあいつ、なんて呼ばれるようになったなんて気安い関係になったなぁ。一歩前進したんじゃないか?
 関係ないことまで考えていたら、ルシアが不機嫌そうな顔でため息を吐いた。

「私はルシアだって説明しても、『ルシアに何の用だ、何が目的だ』って聞く耳を持たなくて、私危うく刺し殺されるところでした」
「……えっと、ライネルはノアの中に入ってるのがルシアだって気づかなかったってこと?」
「はい。ダメですあいつは。私のこと何もわかってないです」
「あ……はは」

 ライネル……一歩前進したかと思ったけど、気のせいだった。むしろ百歩くらい後退してるかもしれない。
 ルシアの苦々しそうな顔を見て、心の中で哀れみを覚える。
 残念だな。ルシアは乙女ゲームの主人公なんだ。どんな見た目になっても君のことなら必ずわかるよって、攻略対象者なら愛の力を見せつけるところだったんだよライネル。そしたら好感度上がってたのに。

「話を聞いてって私しか知らない学園での思い出も話したのに、そんなことでは騙されないって余計に怒ってました。私も混乱してたしイラついたので、もう途中で諦めて逃げました」
「……それでライネルは」

 俺の横から、珍しくグウェンが発言した。
 ルシアは真顔で答える。

「追ってきませんでした。多分、私の身体の方を探しに行ったんだと思います」
「それは申し訳なかった」
「なんで団長が謝るんですか」
「ライネルは思い込んだら視野が狭くなるところがある。君に気がつかなかったのも、おそらくルシア嬢に何かされるのではないかと心配だったからだろう」
「……はい。え?」

 ルシアは瞬きした。
 俺もぽかんとして、ルシアと顔を見合わせる。
 ん?? グウェンの今のセリフ、なんだ?

「グウェン、もしかしてだけど、ライネルをフォローしてるってことで合ってる?」

 驚きながら聞いてみたら、彼はこくりと頷いた。

「ライネルは思い込みが激しいが、嘘をついたり自分の気持ちを誤魔化したりはしない。おそらくルシア嬢を案じていたのだ」
「ああ、うん。そうだな」

 なおもライネルのフォローを続けるグウェンに呆気に取られたが、急にどうしたんだ? と思う俺の頭の中に、そのとき閃くものがあった。
 そういえば黄泉の川でレティシアさんと別れる間際、ライネルのことをよろしく頼むって言われてたな。グウェンは頷いていたし、兄として律儀にそれを遂行しようとしてるのか。
 だとしても、グウェンが他人にこんなこと言うようになるなんて俺も驚きだ。
 固まっていたルシアは、グウェンの真面目な顔をまじまじと見つめてから、ふっと破顔した。

「まさかグウェンドルフ団長にフォローされるなんて、思ってなかったです」
「……」
「すみません、弟さんの文句ばっかり言っちゃって」
「いや、ライネルが短気なのは確かだ」

 淡々と答えるグウェンを眺めて目を細めたルシアは、横に並んだ俺に目配せした。

「少しお会いしないうちに、なんだかレイナルド様とグウェンドルフ様はすごく落ち着いた感じがします。後で何があったか教えてくださいね」
「うん。長くなるけど話すよ」

 苦笑いしながら頷いた。
 ほんとは明後日結婚する予定だったんだって、ぶっちゃけてもいいかな。もう挙式できる未来は見えてこないんだけど。
 いやまだ諦めるな、俺。あと二日で全部片付ければ結婚できる。
 どうせ無理なんだろ、とか思い始めてる自分を奮い立たせよう。俺達は結婚する。これから何が起ころうとな。

 心の中で明日からのシミュレーションを始めている俺を見ながら、ルシアがため息をついた。

「お兄ちゃんに会えたらよかったんですけど、見つかりませんでした」
「試合には出てたんだよね?」
「はい。勝ち進んでいたはずなんですが、ライネルから逃げるために少しの間闘技場から離れていたので……その後戻って探したんですけど、会えませんでした。もしかしたら、ライネルの話を聞いて一緒に私の身体を追いかけたのかもしれません」

 疲れを滲ませたルシアを労わるために、俺は自分の前に置かれていたクッキーの皿を彼女の方に滑らせた。
 するとグウェンが自分の皿を俺の方に滑らせてくるので、テーブルの上を見たルシアが小さく噴き出す。
 今日のクッキーはチョコチップだから、グウェンは苦手なやつだ。ルシアがいるからマーサは気を遣って甘いものを出してくれたんだろう。いつもはウィルにあげるけど傍にいないから、俺に譲ってくれるらしい。
 一枚摘んで口に入れ、美味しい紅茶を飲んで、一度思考をすっきりさせた。

「ルシアは前みたいに、二人を呼び寄せるための簡易魔法陣は持ってなかったの?」

 ルシアもクッキーをさくさく食べてから首を縦に振る。

「ありましたが、私の鞄の中に入っていました。なのでそれも一緒に盗られてしまって」
「そうか、それでルシアは一人でここまできたんだな」
「はい。私には、もうどうすることもできなくて。幸い、クレイドルならデルトフィアの隣だし、レイナルド様に助けを求めようと、一人で移動してきました」
「よく辿り着けたねぇ。ほんと頑張ったよ」
「幸い旅の装いの男の子だったので、怪しまれずに移動できたんです」

 ノアの見た目は少年だし、着ているものも平民のような生成りのシャツと灰色のローブだから地味で目立たない。可憐な女の子の姿で一人取り残されなかっただけ幸運だったかもしれない。
 また半泣きになっているルシアにうんうんと頷きながら、俺は腕組みをして時計を見た。

「とにかく今日はここで休んで。部屋は空いてるからゆっくり寝てくれていいから。でもその前に、こっちの状況を知らせておくね」
感想 541

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です! 表紙は、Pexelsさまより、Abdalrahman Zenoさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます! 文章にはAIを使用しておりません。校正も自力です!(笑)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? 表紙は自作です(笑) もっちもっちとセゥスです!(笑)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。