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第四部
九話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 前②
ルシアがサンドイッチを食べる間、俺はグウェンにさっき聞いた話を繰り返して説明した。
闘技場でノアと入れ替わった、というところまで話したら、その続きをルシアが引き継いで口を開く。
「入れ替わったという事実を認識するまでに、私は手間取りました。その間にこの人、ノアという名前でしたね。ラムルで会ったはずなんですが、すっかり顔を忘れていました。私の身体に入った彼は、私が混乱している間に闘技場から消えました」
「ノアは何か言ってなかった? ルシアの身体を手に入れたかった理由とか、これからどうするとか」
「何も。でも、『やっぱり力は使えない』と呟いていました。入れ替わっても精霊力は使えなかったようです」
「そうか。なるほどな。それで、ライネルとクリスには何て説明したんだ?」
はぐれたと言っていたが、二人はルシアが入れ替わった事実を知っているんだろうか?
そう思って聞いたら、ルシアは暗い顔になった。
「二人を探して、闘技場の中を走り回りました。まず見つけたのはライネルです。あいつ……私を見た途端殴りかかってきました」
「……はーん」
さすが、兄弟だな。
俺は妙なところで感心して腕を組んだ。
多分、グウェンも通常の状態でノアを見つけたら、問答無用で切りかかるだろう。躊躇いなく武力行使をキメてくるところが似ている。
俺は頭の中でラムルでの出来事を思い返した。
俺がノアに切られたとき、ルシアは気を失っていたが、ライネルは一緒にいた。あのときの光景を覚えているから、あいつはノアのことを瞬時に敵だと判断したんだろう。
それにしてもライネルの奴、ルシアにあいつ、なんて呼ばれるようになったなんて気安い関係になったなぁ。一歩前進したんじゃないか?
関係ないことまで考えていたら、ルシアが不機嫌そうな顔でため息を吐いた。
「私はルシアだって説明しても、『ルシアに何の用だ、何が目的だ』って聞く耳を持たなくて、私危うく刺し殺されるところでした」
「……えっと、ライネルはノアの中に入ってるのがルシアだって気づかなかったってこと?」
「はい。ダメですあいつは。私のこと何もわかってないです」
「あ……はは」
ライネル……一歩前進したかと思ったけど、気のせいだった。むしろ百歩くらい後退してるかもしれない。
ルシアの苦々しそうな顔を見て、心の中で哀れみを覚える。
残念だな。ルシアは乙女ゲームの主人公なんだ。どんな見た目になっても君のことなら必ずわかるよって、攻略対象者なら愛の力を見せつけるところだったんだよライネル。そしたら好感度上がってたのに。
「話を聞いてって私しか知らない学園での思い出も話したのに、そんなことでは騙されないって余計に怒ってました。私も混乱してたしイラついたので、もう途中で諦めて逃げました」
「……それでライネルは」
俺の横から、珍しくグウェンが発言した。
ルシアは真顔で答える。
「追ってきませんでした。多分、私の身体の方を探しに行ったんだと思います」
「それは申し訳なかった」
「なんで団長が謝るんですか」
「ライネルは思い込んだら視野が狭くなるところがある。君に気がつかなかったのも、おそらくルシア嬢に何かされるのではないかと心配だったからだろう」
「……はい。え?」
ルシアは瞬きした。
俺もぽかんとして、ルシアと顔を見合わせる。
ん?? グウェンの今のセリフ、なんだ?
「グウェン、もしかしてだけど、ライネルをフォローしてるってことで合ってる?」
驚きながら聞いてみたら、彼はこくりと頷いた。
「ライネルは思い込みが激しいが、嘘をついたり自分の気持ちを誤魔化したりはしない。おそらくルシア嬢を案じていたのだ」
「ああ、うん。そうだな」
なおもライネルのフォローを続けるグウェンに呆気に取られたが、急にどうしたんだ? と思う俺の頭の中に、そのとき閃くものがあった。
そういえば黄泉の川でレティシアさんと別れる間際、ライネルのことをよろしく頼むって言われてたな。グウェンは頷いていたし、兄として律儀にそれを遂行しようとしてるのか。
だとしても、グウェンが他人にこんなこと言うようになるなんて俺も驚きだ。
固まっていたルシアは、グウェンの真面目な顔をまじまじと見つめてから、ふっと破顔した。
「まさかグウェンドルフ団長にフォローされるなんて、思ってなかったです」
「……」
「すみません、弟さんの文句ばっかり言っちゃって」
「いや、ライネルが短気なのは確かだ」
淡々と答えるグウェンを眺めて目を細めたルシアは、横に並んだ俺に目配せした。
「少しお会いしないうちに、なんだかレイナルド様とグウェンドルフ様はすごく落ち着いた感じがします。後で何があったか教えてくださいね」
「うん。長くなるけど話すよ」
苦笑いしながら頷いた。
ほんとは明後日結婚する予定だったんだって、ぶっちゃけてもいいかな。もう挙式できる未来は見えてこないんだけど。
いやまだ諦めるな、俺。あと二日で全部片付ければ結婚できる。
どうせ無理なんだろ、とか思い始めてる自分を奮い立たせよう。俺達は結婚する。これから何が起ころうとな。
心の中で明日からのシミュレーションを始めている俺を見ながら、ルシアがため息をついた。
「お兄ちゃんに会えたらよかったんですけど、見つかりませんでした」
「試合には出てたんだよね?」
「はい。勝ち進んでいたはずなんですが、ライネルから逃げるために少しの間闘技場から離れていたので……その後戻って探したんですけど、会えませんでした。もしかしたら、ライネルの話を聞いて一緒に私の身体を追いかけたのかもしれません」
疲れを滲ませたルシアを労わるために、俺は自分の前に置かれていたクッキーの皿を彼女の方に滑らせた。
するとグウェンが自分の皿を俺の方に滑らせてくるので、テーブルの上を見たルシアが小さく噴き出す。
今日のクッキーはチョコチップだから、グウェンは苦手なやつだ。ルシアがいるからマーサは気を遣って甘いものを出してくれたんだろう。いつもはウィルにあげるけど傍にいないから、俺に譲ってくれるらしい。
一枚摘んで口に入れ、美味しい紅茶を飲んで、一度思考をすっきりさせた。
「ルシアは前みたいに、二人を呼び寄せるための簡易魔法陣は持ってなかったの?」
ルシアもクッキーをさくさく食べてから首を縦に振る。
「ありましたが、私の鞄の中に入っていました。なのでそれも一緒に盗られてしまって」
「そうか、それでルシアは一人でここまできたんだな」
「はい。私には、もうどうすることもできなくて。幸い、クレイドルならデルトフィアの隣だし、レイナルド様に助けを求めようと、一人で移動してきました」
「よく辿り着けたねぇ。ほんと頑張ったよ」
「幸い旅の装いの男の子だったので、怪しまれずに移動できたんです」
ノアの見た目は少年だし、着ているものも平民のような生成りのシャツと灰色のローブだから地味で目立たない。可憐な女の子の姿で一人取り残されなかっただけ幸運だったかもしれない。
また半泣きになっているルシアにうんうんと頷きながら、俺は腕組みをして時計を見た。
「とにかく今日はここで休んで。部屋は空いてるからゆっくり寝てくれていいから。でもその前に、こっちの状況を知らせておくね」
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