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第四部
十一話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 中①
しおりを挟むそう言われて、俄然興味を引かれた。
俺が求めていたのはまさしくその情報なんじゃないのか。続きがある予定だったなら、舞台背景は俺達が想像していたより細かく設定されていた可能性がある。
「それだよ。今動いてるのは、その話なんじゃない? ルシアは続編までやれたの?」
俺が期待を込めて聞くと、ルシアは「残念ながら」と言って首を横に振った。
「制作会社から続きは出なかったんです」
「出なかった?」
「途中で制作中止になったって、ネットに流れてきた記事で読みました。一時期、公式からは制作中みたいな匂わせがあったので楽しみにしてたんですけど、何らかの事情で中止になったみたいなんです。結局出ませんでした」
そう言ってから、ルシアは顎に指をかけて「でも」と呟く。
「私とレイナルド様が事故で死んでから、もしかしたら出ていた、なんてことがないとは言い切れませんが……」
「そうか。出たのか出なかったのかはわからないけど、続きがあったかもしれない、というのは重要な情報だよね」
だからゲームのシナリオが終わって、バレンダール公爵も亡くなったのに、いまだに事件が起きるのかもしれない。
でも本当はどんなストーリーだったのかは、もう俺達には把握しようがない。悪魔の話は続編で明らかになる予定だったのかな、と推測するくらいはできるけど。
「そうすると、攻略対象者も増えてたりして。アシュラフやマスルールさんとか」
「あ、はい。そうですね。それは大いにあると思います。オズワルドの隠しルートでラムルには行きますし、そこで出てきたアシュラフ陛下はすごく人気があったので、もしかしたら続編では攻略対象者に加わっていたかもしれません」
悪魔に呪われてる皇族っていうのも、ありそうな設定だよな。夏のときはアシュラフが悪魔に乗っ取られたせいで妙なタイミングで嫁選びが始まってしまったけど、本来なら一年後とか、機を見てちゃんと六女典礼はやってたんだろうから、あの儀式が絡んでくるパターンもあるかも。
いやでも、妃の座を勝ち取る話だと、アシュラフのハーレムゲームだよな? まぁ、制作サイドの構想を俺達が考察しても仕方ないけど……
今までの出来事をなぞっていくと、この前の事件で関わったラケイン卿とアマデウス卿も怪しいな、なんて思ってしまう。よく考えたらちょっと特殊なイケメンが俺の周りにたくさんいたわ。
しかしそれも結局は推測の域を出ないので、俺はもう一つ思い出した重要なことをルシアに確認することにした。
「あのさ、オズワルドの事情って、ルシアはどの程度知ってる?」
思い出せてちょうどよかった。
オズの件をルシアに確認したいと思ってたんだ。
招魂祭の出来事を説明したときはオズのことが頭から消えていたけど、今名前を出されて思い出した。
あいつの忘却体質は強力だから、オズがいなくても話が通るように記憶が改変されてしまうのが厄介だ。
「オズワルド殿下ですか?」
「うん、あいつの忘れられるって体質は、蛇神の依り代だからだっていうことがわかった。そのうちオズは蛇に身体を乗っ取られて、自分の人格は消えるって言ってるんだけど、ゲームではそこってどういう扱いになってるの?」
オズは攻略対象者だから、主人公と結ばれたらハッピーエンドになるはずだ。あいつが蛇神の依り代にならない方法があるんだとしたら確認しておきたい。それをマスルールに教えてけしかければ、オズの根暗案件は万事解決だ。
俺が狭間の道で聞いた話を改めて伝えると、ルシアは少しぽかんとした後、眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「オズワルド殿下が、蛇神の依り代……?」
「その話、ゲームでは出てこない?」
「初耳です。彼自身ははっきりとは告げません。いずれ君も俺を忘れる、なんてことはよく言ってたと思いますが、それは自分の持って生まれた体質だという説明だったと思うんですが……」
そう答えながら、ルシアは手のひらを開いて俺に向けた。
「ちょっと待ってくださいね。オズワルドのルートを思い出します。私、正直彼はタイプじゃなくて、あまりやりこんでないんです。ハッピーエンドとグッドエンドを一つずつ通っただけなので」
ルシアがぶつぶつ呟き、また考え始める。どうでもいいけど、あいつは今さりげなく主人公に振られたな。
「すみません。やっぱり、明確に蛇神の依り代だからという説明はなかったと思います。それが自分の宿命、ということと、皇族の中で一人だけ見た目が違うのは忘却体質のせい、と言っていたはずです」
ルシアが首を傾げたので、俺も天井を見上げて束の間思案した。
「ふうん。なんでだろう」
「オズワルドのルートは、あくまで隠しルートで本筋とは違うショートストーリーだったので、そこまで深く語りきることができなかったのかもしれません。でも、なんとなく匂わせはあったような」
「匂わせ?」
「はい。私は見ませんでしたが、SNSでは話題になっていました。オズワルドのバッドエンドは、彼がある日突然消えて、人々は彼のことを全く覚えていなかった、というエンディングになるそうです。そして最後に不死鳥が一羽、彼の後を追うように帝国にある深い森に消えた、とナレーションが入ります」
「なるほど」
不死鳥が消えた森は禁域の森のことだろう。
そうすると、オズの依り代という境遇は予め作られていた設定なのか……?
「主人公と結ばれれば、オズは失踪せずに幸せに暮らすってこと?」
「ハッピーエンドではそうです。ルシアはオズワルドのことを忘れません。君がいれば俺は一人じゃない。これからもずっと一緒にいてほしい、って告白されるんじゃなかったかと……」
言いそうだな。あのエセ王子の皮をかぶった根暗なら。
なんか言い方がちょっとヤンデレっぽく聞こえないこともないんだけど、可哀想な境遇の王子様に執着されるっていうのが、ある層にはウケるのかもしれないし。
まぁ俺のグウェンなら、「君がいないなら生きていても仕方ない。殺せ」くらいは言うだろうからな。オズとはレベルが違う。俺からしたらそういう極端なところも可愛いんだけどな、あいつは。
と、少し脱線したことを考えていると、ルシアが首を傾げたまま呟いた。
「もしかしたら続編ではもう少し深く掘り下げるつもりだったのかもしれませんが、それもわからないですね……とにかく、ルシアがオズワルドを選べば、少なくとも彼は王宮に留まるということだと思います」
「ふーん。それだと、オズが言ってたそのうち身体を開け渡すっていうのは、少しニュアンスが変わるな」
あいつのセリフでは、まるであと十年くらいしたら否応なく生贄になるんだ、というような言い方だったけど。
今夜、蛇に確認してみるか。
最近結婚式の準備でバタバタしていたし、マルスールと話すのは式のときでいいやと思って後回しにしていた。久しぶりに蛇神のところに行くから、オズの依り代案件も詳細を聞いて、全部マスルールにぶん投げよう。
「やっぱりルシアがいると違うなぁ」
目の前のことが片付いていく心地がして、俺は嘆息した。
「すみません、あやふやな情報しかお伝えできなくて」
「そんなことないよ。モヤモヤしていたゲームの背景がわかっただけで心強い」
俺一人じゃ考察するにも限界がある。
そろそろグウェンが帰ってくるかな、と懐中時計を開いて時間を確認し、最後に一つルシアに聞いてみることにした。
「ゲームの中には、ノアは出てこないんだよね?」
「ええ、いません。そもそも悪役はレイナルド様なので」
「うんうん、そこからなんだよな」
悪役だったレイナルドの背後にバレンダール公爵がいて、さらにその裏に黒幕がいるという今の状況。
これがもし想定されていた設定なら、ゲームのシナリオはめちゃくちゃになっているとしても、この世界がその結末に向かって進んでいるという可能性はある。
サエラ婆さんも、星が元に戻ろうとして因果律が乱れてるって言ってたしな。
それとも、俺がシナリオを引っ掻き回したから、この世界が新しいストーリーを生み出そうとしてるってことはあるだろうか……?
「結局、バレンダール公爵のロケットも、見返したけど何もわからなかったしな……」
「ロケットですか?」
「うん。最後に公爵が俺に託したんだ。何か伝えたいことがあったんじゃないかと思ったんだけど」
「今もレイナルド様が持っているんですか?」
そういえば、ルシアは魔の虚では昏倒していたから、俺が公爵からロケットをもらった件は知らなかったっけ。
ルシアが見たいと言うので、少し待っていてもらって、一度エリス公爵邸に戻って自室から取ってきた。グウェンの屋敷から出るなと言われたが、俺の家は庭と書庫で繋がってるし、外ではないってことでセーフだ。
ルシアにバレンダール公爵のロケットペンダントを渡すと、彼女は興味深げな顔をしてそれを開いた。
中には、公爵の義理のお姉さんだったセレナさんと、お兄さんの絵が嵌め込まれている。
「そのロケットの意匠も当時では貴族の間でよく知られた工芸師のものだし、念のため絵を外して中も確かめたんだけど、何もなかった」
「なるほど……」
ルシアがペンダントを観察しながらつぶやく。
黄泉の川で公爵に会ったとき、おじさんは確かにロケットをよく見ろと言っていた。だから絶対に何かあると思っていたけど、俺もグウェンも手がかりになるようなものは見つけられなかった。
「これ、絵を取り外した内側の金属は調べましたか?」
「え? うん。特に何も挟まったりしてなかったし、書いてなかったよ」
「光魔法は試しました?」
「……ん?」
ルシアが何か考えるような顔をして絵を見ている。
「この女性の方、聖女になるほどの力をお持ちだったんですよね。だったら、バレンダール公爵が小さな頃に血文字で遊んでいたとしてもおかしくありません」
「血文字?」
単語がちょっとおどろおどろしい。
俺が怪訝な顔をすると、ルシアはぱちっと瞬きして俺を見上げた。
「先ほどのように、魔の存在を感知して燃える術がありますが、あれは実体としての魔に反応する術です。もっと繊細に調節すると、別の形に応用できます。魔物の血に反応して光ったり、一見して拭き取ったものでも微量の血を浮かび上がらせることができたり」
「へぇ。すごいな。科捜研みたいだ」
俺がぽろっと前世でお馴染みの単語を口に出すと、ルシアがうんうんと頷いた。
「まさしく、そんな感じですね。だから魔物の血で文字を書いてから消して、光魔法で読み解くっていう暗号みたいな遊びができるんです。もしかしたら、お姉さんから教えてもらって、公爵もそれを知っていたかも」
「うん、あるかもしれない。試してみよう」
バレンダール公爵が何もないまま俺にあんなことを言うとは思えない。
道具を使ってロケットペンダントから慎重に絵を外した。
「私は今光魔法は使えないので、レイナルド様が試してください」
ルシアに教えてもらってその場で覚える。
本当は複雑な術らしいが、俺はベルの光の力を身体の中に溜め込んでいるので、しっかりイメージさえできれば理論は多少曖昧でも大丈夫らしい。
俺はロケットペンダントを片手に乗せて、もう片方の手のひらをその上にかざした。
光が出るイメージを思い浮かべたら、ふわっと白い光が手から溢れ、ペンダントを包みこんだ。
パチっと何かが弾けるような音がする。開いたペンダントの内側に微かに赤い光が浮かび上がる。
「なんか出た」
「出ましたね」
ルシアが身を乗り出してくる。じわじわと金属部に浮かぶ模様を二人で見つめた。
燻んだ金色のペンダントに浮かぶ、赤い直線。
「これは……?」
残念ながら黒幕の名前が直接出てくるなんてことはなかった。その代わり、図形が重なり合ったような模様がそこに現れた。小さな三角が二つくっついたような。
「ん?」
見覚えがある気がする。
俺はどこかで、この模様を見なかっただろうか。
「何かの印章でしょうか。それとも暗号?」
ルシアも首を捻ってペンダントに隠されていた模様を見つめている。
公爵がここに記し、それを俺に託したということは何らかの意図があるはずだ。
二人でそれぞれ考えたけど、結局その日はこの模様について答えを見つけることはできなかった。
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