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第四部
十二話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 中②
◆
ルシアは夕方になってさすがに体力の限界が来たのか、ソファに倒れ込みそうになっていたので客間の一つに案内して寝てもらった。マーサが偶に泊まるときのために一部屋は綺麗にしてある。今はノアの身体だからこの屋敷に置いてある俺のシャツとズボンを貸した。
夕食の前にグウェンが戻ってきたので、まだ眠っているルシアは起こさずにみんなで夕食を食べ、完全に暗くなる前に禁域の森に行くことにした。
屋敷にはマーサに残ってもらい、人間が森に入ることを嫌う蛇が機嫌を損ねたら面倒なので、ウィルもお留守番してもらうことにした。
「お気をつけください」
「うん、ウィルも気をつけて。何かあったらマーサとルシアを連れてエリス公爵邸に逃げるんだよ」
「はい。わかりました」
「森には転移魔法陣で行けるから、確認したいことだけ聞いたらすぐ帰ってくるな」
秋の事件のとき、グウェンの屋敷の近くに禁域の森の傍まで転移できる魔法陣を作って、そのまま壊していない。
招魂祭の後グウェンは冷ややかな目でそれを見下ろし、焼き払って抹消しようとしていたが、俺が止めておいた。魔石の売人の事件が片付くまではもしかしたら蛇に事情聴取に行く可能性があるだろってことで。
不服そうな顔をしてたけど、今回役に立ったからよかったよな。
俺とグウェン、ベルで森まで移動した。
鬱蒼とした木々の中に分け入ると、そんなに時間を待たずに足元がぐにゃっと沈んだ感覚がして、次の瞬間見慣れた祠の前に立っている。
「何の用だ? 私は夜は眠ると言っているだろう。お前達の些事に付き合っているほど暇ではない」
不機嫌そうな声だけが響いた。グウェンが俺の前に出て剣の柄を握りしめている。
何か言おうとしたら、俺の後ろにいたベルが小さく「キュゥ……」と鳴いた。
──あの、ママが蛇様にお話があるって言ってるの。
ベルがそう言ったら、祠の中からすぅっと蛇神が現れた。人の形を取っている蛇は、秋の頃に着ていた白い着流しに、見慣れない白いもこもこしたマフラーを巻いていた。冬は寒いのか、やっぱり蛇だし。
相変わらず不遜な態度の蛇神は、俺を見てふん、と鼻を鳴らす。
「チーリンの子供で私の気を引こうなど、浅はかな」
「まんまと出てきてるだろうが。寝てるとこ邪魔して悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと? それだけのために私の森に気安く立ち入ったということか? 性懲りもなく前と同じ人間を連れて」
ギロリと蛇がグウェンに視線をずらす。
グウェンは剣の柄に手をかけたまま蛇神を睥睨していた。
「森に立ち入った以上、また記憶を抜かれても文句は言え」
──ダメなの!!
蛇のセリフの途中でベルが前に飛び出した。
たっとグウェンに駆け寄って、蛇の前に立ち塞がる。震える脚を踏ん張るように地面を踏みしめて、耳をピンと尖らせて「キュウ!」と高く鳴いた。
──パパにいじわるしないで!
オパール色の大きな目がうるうるしている。今にも泣き出しそうになりながら、ベルは頭をしっかり上げて蛇神を睨んだ。
「……しかしな、この森には人は立ち入ってはならぬと」
──僕のママとパパなの! 森のみんなにわるいことしない! だからいじわるしちゃダメなの!
「……」
蛇神が困った顔になって俺を見てくるが、俺はベルの第一声から号泣してハンカチで鼻をかんでいるのでそれどころではなかった。
聞きました? あれうちの子なんですよ。
なんて強く優しい子に育ったんだろう。感動で咽び泣いちゃう。
ベルのママ、見てますか。
ベルちゃんはこんなに立派に成長しましたよ。
……なんかもう細かいことはどうでもよくなってきたから、すぐにうちに帰ろう。そしてエリス公爵家お抱えの画家を呼び寄せて、このベルの勇姿を特大のキャンバスに描いて永久保存するんだ。
ベルがちらっとこっちを振り返り、俺が感涙しているのを見てぴゃっと飛び上がった。
──ママ泣いてる! 蛇様がママを泣かせた!
「いや、違うだろうこれは。私のせいではない。……お前はどさくさに剣を抜くな!」
珍しく蛇神がツッコミを入れてグウェンを一喝している。
俺はハンカチで目元をぬぐってからベルを呼び、駆け寄ってきたベルをしゃがんでぎゅうっと抱きしめた。
「ベル、ありがとう。怖かったのに俺達を守ってくれたんだな」
──ぼく、怖くないもん! ママとパパ、守るの!!
「ベルゥゥ」
また感涙しちゃう。
グウェンが剣を収めて俺達に歩み寄ってきた。手を伸ばしてベルの頭を優しく撫でる。
「ベル、ありがとう」
ベルの言葉はわからないけど、蛇に立ち向かってくれたことは明らかだったから、グウェンも労ってくれる。
険しい雰囲気が柔らかくなったグウェンに褒められて、ベルは嬉しそうに尾を振った。
「ベル、おうちに帰ったら、今のもう一回やってくれる? ウィルに見せたいし、絵に残したいから」
なんでこの世界には動画がないんだ。
音声と共に記録して後から百万回再生したい。
──おうちに帰るの? 蛇様へのご用事おわり?
こてん、と首を傾げるベルを見て、そういえば何か忘れてないかという心地になった。
「えっと、俺達何しに来たんだっけ? 内容としては最終回並みの撮れ高だったと思うけど」
「確か、君が蛇神に確認したいことがあると言っていたが……まぁいい。帰ろう」
こだわりなく頷いたグウェンの言葉を聞いて、俺も思わず「そうだな」と答えたが、そのとき、聞き慣れた声が遠くから響いてきた。
夜の空気によく通る澄んだ高い鳴き声と、木々の間を凪ぐような風の音。
「ピィ~!」
ほどなくして、森の中を高速で飛んできた赤い鳥が、俺めがけてまっすぐに向かってくるのを見つけた。
「メル!」
「ぴっぴぃ!」
ほとんど羽ばたかずに軽々と風に乗るメルが俺達の周りを一周してから、立ち上がった俺の肩に止まった。
ちゃこっと両脚を揃えて肩に乗り、俺の頬にすりすりと顔を擦り寄せてくる。
「メル、久しぶり。ちょっと見ない間に大きくなったなぁ」
びっくりしてメルの嘴の下を指でくすぐりながら感嘆した。
招魂祭のときには、まだまん丸としたフォルムで俺の頭に乗ってたのに、今のメルは急にシュッとして翼の大きなツグミのような見た目になっている。
「ちちち。ぴぃ」
えっへん、と胸を張るように身体をそらしたメルは不死鳥の子供だ。鮮やかな赤い羽は夜の中でもキラキラと輝いている。羽毛に金色が少し混じっているから、翼を動かす角度によって砂金が流れるような煌めきが出て綺麗だ。そして急成長。メルがいつの間にか立派な不死鳥に近づいている。
「すごいじゃないか。もうメルだけで飛んでこれるようになったの?」
「ぴぴぃ」
メルが片方の翼を上げて、人でいうところの前髪をかきあげるような仕草で流し目を送ってきた。
見た目は変わったけど、得意げな声はいつも通りだな。かわいい。
──メルも一緒におうちかえる?
「ぴ?」
ベルの声にメルが俺の下を覗き込んだ。
──ウィルが会いたいって言ってた。
「ぴぴ!」
「そうだな、メルに会えるならウィルも連れてくればよかったね」
メルの言ってることは俺にはわからないけど、ベルはだんだん意味がわかるようになってきたらしい。時々メルの通訳をしてくれるから助かっている。さすが聖獣。
「それで、聞きたいこととは何だ」
痺れを切らした顔で蛇神が腕組みをしている。
そう言われて思い出した。この前の招魂祭の事件について、確認しようと思っていたんだった。
「えっと、確かめたいことがあるんだけど、答えてもらっていい? そしたらすぐに帰るから」
「対価は」
「え? 金とんの?」
「そうではない。私は神だ。無償で人助けなどしない」
「神のくせにケチくさい奴だな。いいから答えろよ」
「……この私にそんな口を聞くのはお前だけだぞ」
「知らねーよ。じゃあ教えてくれたらベルを連れて日中遊びにきてやるよ」
「毎日か」
「んなわけねーだろ。一回だ」
「十回」
「月一で五回まで」
「……まぁ、いいだろう」
いいのか。安い神だな。
いや、安くはないんだけど。うちのベルちゃんに面会させてやるんだからな。リビエール上級神官だったら家にベルを五回連れていくから俺の代わりに光の誓約してって言ったら秒でするだろうし。
──ウィルも一緒?
「誰だそれは」
「うちにいる子供。子供ならいいよな」
渋い顔をする蛇神に、ベルがしょんぼりと頭を下げた。
──ぼく、ウィルと一緒に来たい。
「まぁ、よい。うるさくしないなら連れてくるといい」
──ほんと? じゃあママとパパとウィルと一緒にくる。
「待て。そこの男もまた来るのか」
「当然だ」
「俺の夫なんだからそりゃそうだろ」
「しかしそやつはただの人間だ。人がこの森に入ることは許さぬ」
もう入ってるし、このやりとり何回するんだよ。
──蛇様は、パパにだけいじわるする……
じわっと目を潤ませたベルに、俺の肩の上でメルも「ぴぴぃぃ」と鳴いて蛇神をじっと見つめている。
「……わ、わかった。お前達に免じて特別に容赦しよう」
咳払いしながら渋々折れる蛇。
結局丸め込まれるんじゃねーか。
俺は正面から頼んでみようと思った己の真面目さを反省した。
今後は始めからベルとメルに演技指導して、蛇を籠絡するのを手伝ってもらおう。
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