悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

十七話 どうもこうもない、絶望だ 前①

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 短い浮遊感の後、冷たい地面に尻餅をついた。

「うわっ……雪?!」

 付いた手が雪の中に沈み、ぎょっとする。周りを見回すと、どこかの森の中だった。
 地面は見えないくらい、一面雪が積もっている。晴れていて吹雪いてはいないが、立ち並ぶ木の上にも雪がこんもり被っていた。
 明らかに、デルトフィアではない。北部にあるフォンフリーゼ公爵領でも、まだ雪はそこまで降っていないはずだ。

「クソ……油断した」

 隣には俺と同じように座り込んでいるヒューイがいるだけで、グウェンもいないし、ルシアの姿もない。

「あああ……やりやがったな……」
「すいません、結晶石の操作を間違えたっぽくて」
「お前ぇえ……」

 こんなときにミスるなよぉ……
 頭を抱えた俺はヒューイを恨みがましく睨んだ。

「転移する寸前、俺の腕掴んだろ」
「だってどことも知れない未知の場所に俺だけ転移するなんて怖すぎじゃないすか。団長の弟さんのこと知りませんし」
「……まぁ、そうだな」

 完全に気を抜いてた俺も迂闊だった。色々言いたいことはあるけど、後輩の言い分ももっともだ。ヒューイだけ転移してしまわなかっただけまだよかったと思うべきか。
 それよりも、後が怖いのはグウェンだ。目の前で俺が消えたから今頃魔王になってるかもしれない。
 連絡を取ろうと素早く右耳の結晶石に触れたが、そこで俺は眉を潜めた。

「え……? 起動しない?」

 ピアスの結晶石が起動しない。……なんでだ?

「動かないんですか? それ」
「うん……なんでだろう。この結晶石の性能なら、たとえ帝国の外に飛ばされても通じると思ったのに」

 触った感じ、壊れた様子はない。でも何故か結晶石が起動しない。

「そうですね……。もしかして」

 顎に手をかけて考える素振りをしたヒューイが辺りを見回し、何かに気づいたように俺を見た。

「ナミアなのかもしれません。ここが」
「ナミア……さっき話してたナミア教皇国?」
「はい。ナミアはデルトフィアよりも北にあるじゃないですか。冬はかなり厳しいらしいです。それに、ナミアの中では強力な結界と女神の祝福により、いかなる魔道具も発動せず、魔物は現れず、ナミアの人間以外は魔法を使えないという制約があります」
「え? え? なんだって?」

 真面目な顔をした後輩の口から、流れるように出てきた説明に頭が追いつかずに困惑する。

「待った。それ初めて聞いた。え? 魔道具も魔法も使えないって言った?」
「はい。ナミアは女神から祝福された地なので、魔物は外から侵入できないそうです。加えて、ナミア教皇国出身の人間以外は魔法を使えません。魔石を使用した魔道具は使えませんし、この地で採れた結晶石以外を使用した魔道具も起動しません」
「は……? うそだろ」
「と、両親のメモに書いてありました。なんでも、女神の祝福と合わせて、代々の教皇が強力な結界を張っているとか」

 すらすらと説明してくれるヒューイをぽかんとした顔で見つめていたが、はっと我に返って魔法を使おうとした。

「……ほんとに使えないじゃないか」

 呆然として呟く。
 普段身体の中に溢れている精霊力は、何かの膜に隔たれているように自分の中から掬い出せない。ごく簡単な魔法も、グウェンの懐中時計の転移魔法も、どちらも使えなかった。

「ヒューイもダメなのか? 風魔法は使えない?」

 ヒューイは俺と同じで風の加護持ちだ。精霊力はそんなに強くないが、風魔法なら魔法陣がなくても使える。
 手のひらを伸ばして空中を見つめたヒューイは、やがて首を横に振った。

「んー……ダメみたいですね」
「マジかよ……」

 未知なる場所で魔法が使えないなんて不安すぎる。
 こんな過酷な状況に放り出されるなんて思わなかった。
 今までこんなピンチに陥ったことないよな、どうしよう。
 と狼狽えたが、すぐに思い直した。
 ……いや、あるな。
 そういえば、俺はラムルでも魔力封じの首輪のせいで魔法を使えなかったじゃないか。
 経験済みだった。よくあることだ。
 じゃあ大丈夫か……

 ──いやそんなわけねーな??!!

 セルフツッコミをして頭を抱えた。

「ああ……嫌な予感がする……あのときも俺は酷い目にあったんだ。うう、いやだ……」
「先輩、どうしたんですか。起きたままうなされてますけど」
「魔法が使えないなんて不安すぎるだろ。なんでお前は冷静なんだよ」
「えっと……現状についていけてないだけです」
「そうか。そうだよな」

 ヒューイと顔を見合わせて沈黙する。
 しかし、後輩の話ではナミアの中に魔物はでないと言うし、ここには皇帝に憑依したムカつく悪魔もいないし、魔法で戦うなんて状況にはならないはずだ。
 そう自分に言い聞かせて気持ちを持ち直した。

「で、結界って言ったか……? それってラムルでアシュラフがやってるのと似たようなやつ?」

 俺の質問に、ヒューイはこくりと頷いた。

「そうですね。あそこもアシュラフ皇帝のおかげで魔物が国内に入ってこられないようになっているんでしたっけ。ナミアも同じです。ただ、ナミアで魔物が入ってこられないのは女神の祝福によるもので、他国の人間が魔法を使えないのは教皇の結界によるものだそうです」
「そうなの……? すごすぎないか……?」

 そんなこと可能なのか? 人間に??

「でもそうすると、なんでライネルの笛は発動したんだ? あれも魔道具だろう」

 笛の転移魔法が起動したんだから、魔道具が使えないという話とは矛盾がある。
 俺が指摘するとヒューイは首を傾げ、手に持っている笛を見下ろした。

「多分ですけど……もしかしたら、埋め込んだ結晶石がたまたまナミアのものだったのかもです。これはもともと爺ちゃんの作ってた似たような魔道具を改造して作ったので、年代的にそうなのかもしれません。先代の教皇聖下の時代は、まだナミア産の結晶石が大陸に出回ってましたから」
「ナミア産の? そうか、初めて聞いたな」

 ナミア教皇国の結晶石なんて、聞いたことがない。産出国として有名なのはラムル神聖帝国だから、デルトフィアでは輸入するときはラムルから仕入れているはずだ。

「今はもう取引されていません。教皇聖下が変わってから方針転換したみたいなんで」

 意外に詳しいヒューイの話を感心して聞いていたが、そのうち大事なことを思い出した。

「そういや、ライネルはどこだ?」

 転移した驚きですっかり忘れていた。
 笛を持ってる相手の場所に移動するはずなのに、俺達の周りは森の木々があるだけで人の気配はない。
 笛が鳴ってから転移してくるまで少し時間がかかったから、どこかに移動してしまったのか?

「笛を鳴らしたってことは、何かあったはずなんだけど」
「もしかしたら、着地点が遠すぎて少しずれたかもしれないです。とりあえず森から出てみます?」
「うん。寒いし……行こう。ここにいたら風邪引きそう」

 さっきまでグウェンの屋敷の中にいたから、俺は普段着ている冬用の上着を着ているだけで、コートもローブもない。驚きが過ぎ去ったら急に身体が冷えてきた。
 近くに民家があるかもしれないし、ここから脱出するにはどうにかしてデルトフィアに連絡を取らないといけない。
 ライネルを探しながら今いる場所を確認しようと、俺達はその場から歩き出した。
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