悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

十八話 どうもこうもない、絶望だ 前②

 森から出ると、雪に埋もれるようにして小さな集落があった。

「廃村か……? 人がいる感じはしないな」
「そうですね。この寒さだったら暖炉を使ってるはずなのに、どの家も屋根の雪は溶けてないです」

 ヒューイも周りを見回して俺と同じ見解に至ったらしい。
 石造の小さな家も木でできた小屋も、雪で覆われていてほとんどの屋根が潰れている。寂れた村には蒸気の煙も見えないし、人が住んでいる雰囲気はなかった。

「こんなところにライネルが迷い込んでるのか?」
「少し探してみます?」

 ぼんやり眺めていても仕方がないので、俺とヒューイは集落の中を歩いてみた。
 朽ち果てて瓦礫になった家も含めると、どうやら二十世帯くらいが集まっていたようだ。畑や家畜小屋のような跡もあるし、実際に人が住んでいたのは間違いない。
 でも、集落の周りはぐるりと森に囲まれている。
 森の中にこんな村があって、生活するのはかなり不便だろう。

「なんか怪しいよな……見るからに……」

 俺の嫌な予感レーダーが反応している。もう転移してきたときから警告ランプがピッカンピッカンしている。
 こんな意味深な廃村、絶対何かあるだろう。ないなんてことはない。

 寒さに震えながら村の中を歩いていると、そのうち集落のちょうど真ん中あたりに館が現れた。
 館といっても貴族が住むような立派な建物ではなくて、木造の古めかしい二階建てだ。周りの家に比べたら明らかに上等な造りで、しかもこの建物は朽ちていない。しかし窓という窓に木の板が打ちつけられていて、見た目は完全に闇落ちしている。

「お化け屋敷みたいなのが出てきましたね……」

 どうします? という目でヒューイが俺を見てくるので、俺は周りを見回してからため息を吐いた。

「行くしかないだろう。行きたくなくても」
「寒いですしね。建物が丈夫そうだったら中で助けが来るのを待ってもいいかも」
「そうだな」

 ヒューイの言葉に頷いた。
 今頃、グウェンは俺を探してくれているだろう。
 あいつが来るまで安全な場所を見つけて待機するか、連絡を取ることを優先するなら自力でナミアから脱出する方法を見つけないといけない。
 館の玄関に近づき、扉のノブに手を伸ばす。
 思い切って押すと、軋んだ嫌な音を立てて扉が動いた。

「開きましたね」
「うん、かなり暗いな」

 中は黒い幕に覆われたように真っ暗で、何も見えないから怖い。ほんとにお化け屋敷に入る感覚だ。
 玄関に入ったものの立ち止まって怯んでいたが、周りを見回して床にランプが置いてあるのに気づいた。

「……最近誰か来てる」

 中のオイルは乾いていない。
 すぐ傍の棚の上にマッチがあるのを見つけた。魔法は使えないので、マッチに火をつけてランプを灯した。
 両手で持って奥にかざしてみるとぼんやりと明るくなり、狭い廊下にはいくつか扉があるのがわかる。

「誰もいないよな……?」

 静まり返った怪しい館。
 ヒューイと二人でじっと先をうかがうと、不意に微かな物音が聞こえた。

「ひっ」
「今、なにか音がしましたね」
「下から? 地下か……?」

 同じフロアから聞こえる音ではないように思う。少し篭もったような、下からの物音だ。
 気味が悪いので、今すぐ帰りたい。
 もし地下室が見つかったとして、そこで怪しい奴らが儀式とかしてたらどうする? そんな場面に遭遇したら失礼したくても失礼できないだろう。魔法も使えないし、捕まったら逃げられない。
 見るからに怪しい場所に自分から近づくのはよくないよ。俺の中のグウェンも首を横に振ってる。

「ちょっと……出直そうか」

 くるりとUターンして扉に戻ろうと思ったとき、キン、という金属音と人の声が微かに聞こえた。

「ん……?」

 一瞬聞こえた声に足を止める。

「先輩?」

 ヒューイが不思議そうな顔をしたので、ランプで照らされた後輩の顔を見つめながら耳を澄ませた。

「……――っそ! ……んな!」

 声が聞こえる。記憶にある怒鳴り声だ。
 まさかと思った俺は上着から懐中時計を取り出した。一応時計のライトがつくか確認したが、やはり上手くいかない。

「明かりはつかないか……」
「あそこのランプはどうですか?」

 ヒューイが廊下の隅を指さした。床にもう一つオイルランプがある。それにはランタンのように持ち手がついていた。

「うん、あれを持っていくか」

 玄関のランプは廊下を照らすために置いて、マッチを持って歩き出す。
 床板は朽ちておらず、踏んでもしなったりはしない。ランプに火を灯してそれを持ち、そろそろと慎重に廊下を進むと、聞こえてくる声はもっと大きくなった。

「……せ! ……れもいないのか!?」

 一際大きな声を捉えた瞬間、あ、と口を開ける。

「ライネルだ」
「え!?」

 もう一度耳を澄ませてみても、響いてくるのは確かにライネルの怒声である。
 声の方向に進んでいくと、廊下の突き当たりまで来た。ここかな、という扉を開けると、声はかなり鮮明に聞こえるようになった。
 ランプをかざし、部屋の中を注意深く観察する。だんだん目が慣れてくると、部屋の隅に階段があり、地下に続いているのがわかる。
 がらんとした部屋の中を見回して息を吸い込んだ。

「ライネルかー?」

 大声を出すのは気が引けたので普通の声で呼びかけた。
 すると階段の下は一瞬静かになり、次の瞬間がこっという音がして何かがぶつかったような気配がした。

「レイナルドか?! ここだ! 来てくれ!!」
「お前一人か?」
「そうだ! 早く!」

 すぐに俺の声だとわかったらしい。
 意識ははっきりしているようだと安心して、部屋の中に足を踏み入れた。
 しかし待てよ。
 これでこの声がライネルじゃなくて怨霊とかだったらどうしよう。

「ライネルー」
「なんだ?!」
「死んでないよな?」
「は?!」
「お前がライネルだって証明してくれる?」

 階段の下に呼びかけてみたら、束の間の沈黙の後、

「この状況でどうやって証明するんだよ?! いいから早く来い!!」

 と苛立った声が返ってきた。
 この生意気な感じ、ライネルで間違いなさそうだな。
 ちょっと安心して、ランプで照らしながら階段を下りた。そう時間はかからずに地下室の床に到達する。
 地下は倉庫だったのかそこそこ広い空間があり、真ん中にある大きな檻の中にライネルがいた。

「……なんで檻?」

 思わず呟きが漏れたが、よく見ると地下室の隅には白骨化した骨っぽいものが転がっている。

「ひぇ」

 数歩後退る。
 暗いからぼんやりとしか見えないからましだった。これではっきり人骨が見えてたら、俺はライネルを置いて逃げたかもしれない。

「よかった。もしかしてさっきの笛か? あれは使える魔道具なのか」

 ライネルが眉を寄せながらぶつぶつ呟いて、早く助けろと手招きしてくる。
 疲れた顔をしているが目には力があるし、俺達を見てほっとした様子だ。憔悴した感じではない。旅の装いで全身黒っぽい服を着ている。
 
「お前は何でこんなところにいるんだ?」

 聞きながら檻に近づいた。ライネルの手には短剣が握られている。さっきの金属音はそれを檻の鍵穴にガンガンやっていた音だったらしい。
 檻に付いた閂には錠が付いている。周りを見回して鍵を探すが、当たり前だが落ちているわけがない。

「昨日、ルシアに化けた奴に捕まった」

 ライネルが短剣をしまいながらぶすっとした顔で呟いた。

「ルシアに?」
「クレイドルでルシアとはぐれたから、追っていた。でもあれはルシアじゃない」
「先輩、俺が上の部屋を探してきます」
「うん、頼んだ」

 ヒューイが檻の鍵を探しに階段を上っていった。
 その間、俺はライネルに状況を説明する。

「それな、ノアだったんだよ」
「ノア……? 誰だ」
「覚えてるだろ。夏にラムルで俺を切った奴。そいつが禁術を使ってルシアと入れ替わって、デルトフィアから宝剣を盗みだした」
「は? ちょっと待て。入れ替わって? ルシアと? ……じゃあ、まさか闘技場で話しかけてきたあいつが……」

 ライネルが顔を強張らせたので、俺は頷いた。

「そういうこと。それがルシアだったんだ。ルシアは今グウェンの屋敷にいるから安心しろ。ちゃんとうちまで辿り着いたから」

 ライネルは目を見開いたまま固まっていた。暗くて顔色はよくわからないが、多分青ざめている。入れ替わっていたとは思わなかったんだろう。

「ライネルはルシアを追ってここに来たってこと?」
「……ああ、そうだ。ルシアがナミアにいることがわかったから、国境まで転移して追ってきた。そこから雪の上の足跡を辿ってこの村に辿り着いて、館を見つけた。中に入ったところでルシアのペンダントが落ちてたから、気を取られていたら後ろから殴られて気を失った。気づいたらこの檻の中にいたんだ」
「ノアと何か話した?」
「いや、何も。俺を殴ったのがルシアだったという記憶しかない。それから放置されてた。魔法は使えないし、時計の転移魔法陣も使えない。どうなってるんだ?」
「俺もさっき知ったんだけど、ナミア教皇国では他国の人間は魔法を使えないらしいよ」
「は?」

 ヒューイに聞いたことと、俺達だけ転移してしまった事情をかいつまんで伝えると、ライネルは絶句していた。
 
「マジかよ……この檻に特殊な術がかかってるせいで魔法が使えないんじゃないのか」
「そうらしい。厄介な国だよな。早くデルトフィアに戻ろう。そういえばクリスさんは? 一緒じゃないのか?」
義兄上あにうえならクレイドルの王宮だ」
「あ、そう……ん?」

 俺が頷きかけて顔を上げると、目が合ったライネルは腕を組んでもう一度繰り返す。

「義兄上はクレイドルの王宮にいた。でも今頃はラムルに向かってるはずだ」
「ちがう。そこじゃない」

 言ってる内容も気になるんだけど、それ以前のところで突っ込まずにはいられないワードが聞こえた。

「あの、義兄上って?」
「……? クリスのことだ」
「いやまあ、話の流れではそうなんだろうよ。でも待って。いつの間にそんな間柄になったんだ? え? 付き合ってないよな? もしやルシアとの仲を認められたってこと?」
「まだだ。でも勝手に呼んでいる」

 ……勝手に。
 俺は真顔のライネルをじっと見つめた。

「あの、どういうことなんだろう。暗闇の中にずっといたから、やっぱりちょっと混乱してないか」
「? 何言ってるんだ? 別に普通だろう。将来の義兄を兄と呼ぶのは」
「あ……そう」

 ルシアと結婚することを微塵も疑わない謎の自信。
 お前は何を言っているんだ、はこっちの台詞だが、俺の脳裏にはライネルの兄の顔が浮かんだ。

 あ~そうか……うん。

 兄弟だもんな。これあれか、習性だ。外堀から埋めようとする。
 よく考えたら、グウェンも俺の兄さんのこと気づいたら勝手に義兄上って呼んでたわ。
 いつだったかグウェンがライネルは自分に似てるって言ってたけど、こういうところ? フォンフリーゼ公爵家の男はみんな執着心強めだよっていう。
 そういう解釈でいいんだろうかと思いつつ、俺はこの件を雑にスルーすることに決めた。

「それで、クリスさんがクレイドル王国の王宮にいるっていうのはなんで? どういう状況?」
「闘技大会で王族の目に留まって、王宮に招待されて猛烈な勧誘を受けてた。デルトフィアの剣士が今フリーの傭兵っていうのが爆ウケだったらしい」
「爆ウケ」
「俺はルシアを追うために途中で別れた。ルシアの向かう先がデルトフィアだったから、義兄上は何か事件が起きたんじゃないかと心配して、自分はラムルに向かってサラと合流すると言っていた」
「ああ、なるほど。クリスさんはデルトフィアに入国できないから……。でもなんでルシアが帝国に向かったってわかったんだ? しかもナミアまで追ってついてきたんだよな」
「それは……」

 そこでライネルが急に言葉を濁したので、俺は首を傾げた。

「一度クレイドルの闘技場で見失ったんだよな。デルトフィアでも宝剣を盗んですぐに転移して消えたって聞いたけど、よくここまで追ってこれたな」
「まあ……なんというか、目印的な……」
「目印?」
「ルシアの鞄に、見守り石を入れてある」
「なんだそれ」

 きょとんした俺が再び首を捻ったら、後ろから「追跡のための魔道具ですよ」という声が聞こえた。
 振り返ると、ヒューイが戻ってきていて手を差し出してくる。受け取ると、鉄でできた小さな鍵だった。

「隣の部屋を見たら、机の上にありました。多分そうかなと。床に近衛騎士団の剣も転がってましたよ」
「ありがとう、見つかってよかった。他に人がいる気配はしないよな?」
「大丈夫だと思います」

 鍵を錠に差し込んでみると、ガチリという音がして錠が外れた。少し拍子抜けだが正解だ。
 胸なで下ろして閂を引き、檻の扉を開ける。すぐにライネルが出てきた。

「あんた、偶にはまともなことするんだな」
「どういう意味だよ」
「礼を言うってことだ。助かった」

 素直に御礼を言われたので、俺はちょっと面食らった。
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