断罪される未来を知る悪役令嬢ですが、冷徹なはずの婚約者に勘違いされて溺愛ルートに入りました

六角

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第26話:時の牢獄と孤独な決意

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目が、覚める。

最初に感じたのは、完全な無だった。
匂いも、音も、温度もない。
上下左右の感覚さえ、曖昧な、白と黒だけで構成された、無限の空間。

『…ここは、どこ?』

身体を起こそうとして、自分の腕の中に、温かい重みがあることに気づく。
見ると、そこには、気を失ったゼノン様が、苦しそうな表情で倒れていた。
転送魔法陣が発動する瞬間、彼が、私を庇ってくれたのだ。

「ゼノン様…! しっかりしてくださいまし、ゼノン様!」

揺さぶっても、声をかけても、彼は目を開けない。
ただ、その整った眉間には、深い皺が刻まれている。
彼の銀色の髪が、この無機質な世界で、唯一の色を持っているように見えた。

リリアナの最後の言葉が、脳裏に蘇る。
『二度と、この世界には戻れない、時の狭間へ』

ここが、そうなのだろうか。
時間も、空間も、歪んでしまった、世界の牢獄。

途端に、どうしようもない恐怖が、足元から這い上がってきた。
一人だ。
こんな、何もない世界に、たった一人。
もし、ゼノン様が、このまま目覚めなかったら…?

『嫌…』

ぶるり、と身体が震える。
涙が、溢れそうになる。

でも、その時。
薄れゆく意識の中で聞いた、彼の最後の言葉を、思い出した。

『…心配するな、イザベラ。俺が、必ず、お前を守る』

そうだ。
彼は、私を守ると、約束してくれた。
今も、こうして、私を庇って、倒れている。

ならば、今度は、私が、彼を守る番だ。

「わたくしが、あなたを、お守りいたしますわ…ゼノン様」

私は、彼の頭を、そっと自分の膝の上に乗せた。
そして、彼の頬に触れてみる。
ひんやりと、冷たい。
彼の体温が、この無の世界に、奪われていっているような気がした。

何か、私にできることはないだろうか。
魔力…は、使えない。
この空間は、外部からの魔力の流れを、完全に遮断しているようだ。
ゼノン様ほどの魔導師が、気を失っているのも、それが原因かもしれない。

途方に暮れて、辺りを見回す。
どこまで行っても、白と黒の、地平線。
ここから、脱出する方法なんて、あるのだろうか。

『ううん、弱気になってはダメ』

私は、自分の頬を、パン、と両手で叩いた。
メソメソしている暇なんてない。
まずは、状況を把握して、活路を見出すんだ。

悪役令嬢イザベラ・フォン・ヴァレンシュタインは、こんなところで、くたばるような、安い女じゃない。

私は、彼の隣に、寄り添うように座った。
そして、彼が目覚めるまで、絶対に、その側を離れないと、固く、固く、心に誓う。

「大丈夫ですわ、ゼノン様」

私は、眠る彼に、語りかけた。

「わたくしが、ついておりますから。あなたが目覚めた時に、わたくしが泣きべそをかいていたら、あなた、きっと、笑いますものね」

返事はない。
ただ、静かな、静かな時間が、流れていくだけ。

この時の私は、まだ知らなかった。
この「時の狭間」が、ただの牢獄ではないことを。
それが、私たちの、心の奥底に眠る、記憶と真実を、容赦なく、暴き出す、残酷な舞台であることを。

孤独な決意を胸に、私は、ひたすら、彼の目覚めを待ち続けた。
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